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本編

1. 出逢い

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 その日はとても良く晴れていた。


 長く続いた嵐が過ぎ去り、街に出てみると相当鬱屈が溜まっていたのだろう。人々は皆外に出てお祭り騒ぎだった。露店や大道芸人まで出ていてむしろ五月蝿いほどだ。

 久しぶりに晴れているから薬の材料を買いに来たのだが、やめておけばよかった。

 買い物は諦めて踵を返した。街を離れれば喧噪は遠ざかる。街道には爽やかな風が吹き抜けていて何とも日差しが目に痛い。

 だが足早に森に入ってしまえば楽になる。細かい木漏れ日を避けていれば段々楽しくなってきた。

 ぴょん、ぴょん、と跳ぶように歩く。

 私も久しぶりの晴れに浮かれているんだろうか。そう考えると気持ち悪くて思わず真顔になる。そこでやはり浮かれて口が吊り上がっていたことに気がついた。

 すん、と冷静になり普通に歩き直す。うん普通に帰ろう。普通に。

 普通に歩いて進んでいると、獣の唸り声が聞こえた。

 ――?

 声がした方を見る。野生の狼が数匹、集まって何かを囲んでいた。

 目を凝らしてじーっと見てみれば、囲まれているのは人だった。黒い髪に黒い装束。肌は、多分わりと白い。なんか咬みごたえありそう。

 ……面倒臭いな。

 視線を外し、家の方にまた歩き出す。狼がこっちに気づかないうちに帰ろう。あの人には悪いがどうか貴重な生命の糧となってほしい。

 そう思ったのだが、狼の咆哮と肉が裂ける音がして不快な気分になった。

「ぐっ……」

 低い呻き声もする。獣が肉を食む。ガツガツと。犬食いの音だ。

「……」

 嫌だなあ。うるさいなあ。

 いつの間にか立ち止まっていた。大きく深くため息をつく。

 ……。

「……ああもう」

 苛立ちを吹っ切って、振り向きざまに懐から出した薬玉を投げた。

 狼の集団のすぐ近くに落ちたそれはボンッと爆ぜて、辺りに強烈な臭いを撒き散らす。

「ギャウッ!?」

 狼は口周りについた血を撒き散らしながら、ちりぢりに逃げていった。

 自分で撒いておいてなんだが臭いなと思いつつ血まみれの人間に近づく。肉の断面がちらちら見えていてそれなりに吐き気を催しかけるがまあ調薬のために解体する動物だと思えば触れるか。助けた手前ここで放置していくのは違うと思う。

「動ける?」

 反応は無い。

 仕方ないので腕を掴み引っ張り上げた。左腕は付け根から千切れかけていたので右腕を。そのまま担いでみるがどうやらこいつは男だった。

 私よりずっと身長が高いようで、下半身をほぼ地面に引きずる形で歩いていく。まったくもって重すぎる。十三だか十四だか自分の年齢もちゃんと覚えていないが、とにかく私は平均よりもかなりか弱い少女なのだ。

 臭い玉の効果が全身に纏わり付いているので、道中他の獣や魔物に襲われることはなかった。無事森の中に隠れた家に辿り着き、戸口の外に一度男を置いた。

 少し考えて調薬の工房に入り、材料を広げるための大きな布を床に敷いた。うんこれくらいなら足りそう。

 外に出てもう一度男を担いで工房の布に寝かせ、よしと気合いを入れて髪を結んだ。

 ここまで死にそうな生き物を手当てするのは初めてだ。頑張ろう。
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