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14 そして花開く※

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優実にはまだ雄大に話していないことがあった。

玄関先で、彼に立ったまま抱き寄せられ、翻弄されて既に考えがまとまらない状態になりつつあるが、これだけは言わないと。

「あのさ、井上くん…」



少しでも離れていられないとばかりに、優実の頬にキスを落とした雄大が自身の名前を呼べとせっつく。

「ゆ…雄大」

多少つっかえながらも名前を呼ぶと、それはもう嬉しそうににこりと微笑む雄大の笑顔が目に飛び込んでくる。

(可愛い……)

「なに、

答えながらも、ちゅっちゅっと優実の顔中にキスを落とす雄大はすっかり行為に没頭し始めている。

「私ね…その、確かに彼氏はいたことあるんだけど…あの…その…」

「なに」

彼氏がいたという話を眉をひそめて、不愉快そうに雄大が先を促す。今や彼は優実の髪に指を絡めながら、首筋にキスを落とし始めている。この手慣れ感は本当に初めてなのだろうか――でも先程のキスからすると、嘘はついてないのだろうけれど。

「したことない、っていうか…その…」

ぴた、と彼の動きがとまった。

「え?」

「だからその…と、途中まではあるんだけど、結局最後までしたことないっていうか…あの…」

(…恥ずかしい…!!!)

実は佳高とは、どうしても身体を繋げることが出来なかった。

佳高は優実が初めての彼女ではなかったこともあって既に経験があり、そういう行為を望んでいたのだが、優実の身体が受け付けなかった。キスやハグは気持ちよく感じたし、身体を愛撫されるとそれなりに反応はするのだが、十分なほど濡れなかった。

身体を繋げようと、潤滑剤も用いて数回は試みたのだが、痛みしか感じなくて、途中でやめてもらうことが続き、優実は徐々に行為に及び腰になっていった。そうこうしているうちに就職活動が本格化し忙しくなり、そしてあの日、佳高の家で女性のパンプスをみる、という出来事につながった。

あの日、女性のパンプスをみたときに逃げるように帰宅してしまったのは、自分が彼をそういった風に受け入れられないから他の女性に走ったのかも、と佳高を疑ってしまったのも理由の一つだった。

そして、佳高はいい友達ではあったが、それ以上ではないのかもしれない、自分には彼を受け入れることが出来ないのかも、と身体は素直に示しているのかもしれない、と考えてしまったから。

そして翌日にはひとりで結論を出してしまった。本当はどれだけ辛かったとしても、彼に向き合って話し合うべきだったとわかっている。だけれども優実は、『できないからいらない』と言われるのがただただ怖かった。卑怯だったし、独りよがりな残酷な方法で優しい佳高を傷つけた。

自分はそんな勝手な女なのだ、愛するには値しないかもしれない。雄大にそう告げると、彼はしばらくじっと優実の顔を見つめていたが、そっと髪の毛を彼女の耳にかけると、また唇にキスを落とした。彼はどれだけキスが好きなんだろう。

「途中までってのがどこまでかっていうのが気になるけど…それに、彼氏だったのって、あいつだろ?」

暗に昨日会った佳高のことを指しているのは分かったので頷く。

「じゃあそんな悪い関係には見えなかったな、あいつは優実に会えて嬉しそうだった」

「―――でも」

「それに、優実はきっとずっと後悔してたんだろ、誰にも言わないで、自分で自分を責めてさ。だからもう十分だよ」

「―――ッ」

どうして雄大は優実がずっと欲しかった言葉が分かるのだろうか。
彼はその出来事についてはそれ以上触れず、話題を変えた。

「そんなことよりさ、優美が初めてだって聞いて、俺がどれだけ嬉しいか、分かる?」

「…それは、分かる、と思う」

自分も雄大が初めてと聞いて、心が震えるほど嬉しいのだからきっと同じくらい嬉しい、はず。

「もうあいつのことは忘れて。俺を待っててくれてありがとう」

「でも、私、雄大とも、出来ないかもしれない…」

本音がこぼれると、雄大がそれでもいい、と言い切った。

「別にできなくても、俺は優実の一番近くにいれたらそれでいい」

こつんと額に額をくっつけられ、でももし嫌じゃないなら今からベッドルームに行きたい、と低い声で懇願された。


躊躇いはなかった。

こじんまりしたシングルベッドの上で彼に服を脱がされると、いつも冷たく他人を拒絶していると思っていた瞳は雄弁に称賛の輝きを浮かべ、その熱い視線に狂わされるように体の奥から濡れた。それでもふと、今回もできないかもしれない、と優実の身体が固くなると、大丈夫だと言わんばかりに雄大が抱きしめる。大柄な彼から優しい手つきで身体中を探られると、大事にされているという実感がわいてきて、身体から力が抜ける。この人が好きだ、この人と繋がりたいと思う。

彼は優しく、そして辛抱強かった。
ほとんど自慰もしなかったという彼が、こんなに昂ぶるのは初めてだ、と囁く。

優実だけだ、優実にしかこんな風にならない、と耳元で囁かれると、彼女の身体が蕩けた。

それでもお互い初めてだったから、ぎこちない部分もあったが、じっくりゆっくりと時間をかけてやっと繋がれたときに、2人とも感極まって涙を流してキスを交わしたことは、もちろん大切な2人だけの思い出だ。





カーテンからさしこむ朝日がまぶしくて、目を覚ました。軽く身じろぎすると、優実を後ろから抱きかかえるように眠っていた雄大も起きて、ぎゅっと腕に力をこめた。このベッドは優実が一人寝する分には十分なサイズだが、身長が高い雄大には小さすぎて、足がベッドの外につき出てしまっている。それでも2人でくっついて眠るのは暖かく、そしてとても安心できた。このベッドで一緒に佳高と寝たことがないと聞いて雄大が大喜びしていたのが可愛かった。

「おはよう」

寝起きの掠れた声で雄大が呟いた。彼の腕の中で姿勢をかえて、真正面から向き合う。

「おはよう」

「身体、大丈夫か?」

「うん、大丈夫そう」

昨夜は血やらなにやらで汚れてしまったシーツを洗い、シャワーで身体を綺麗にした後、お腹がすいたと簡単な夜食を食べてから寝たので正直いつもより睡眠時間は足りていないし、初めて男を受け入れた身体は重く感じてはいるが、恋が叶った高揚感からかとてつもなく快調である。そして起きてすぐに体調を確認してくれる彼の優しさが嬉しい。

雄大がおはようのキスをしようとして、はっと動きを止めて自分の顎をさすった。

「いけね、髭痛いよな」

一晩経ってそれなりに生えてきた髭を気にして身をひいたようだ。髭剃りないし、と少し落ち込んでいる。

雄大は本当にすべてが初めてらしく、寝る段になってお泊りグッズを何も持ってきていない自分に呆れて笑っていた。今までも修学旅行とか友達の家に泊まったことはあるだろうけれど、全てが頭の中から抜け落ちていたのか。

歯ブラシは優美の買い置きのピンクのを使い、しかしさすがに身体のサイズが違いすぎるから、パジャマになるような服はこの家にはない。結局下着姿でベッドにもぐりこみ、抱きしめて寝たら暖かいからいいやと優実を傍に引き寄せたのだった。そんな記憶を優美はきっと何年後でも鮮明に思い出すだろう、暖かい気持ちと共に。

「大丈夫」

笑って、優実からキスをする。途端に雄大が破顔して、ちゅっちゅと軽いキスを返してくる。

(私たち…バカップルだ…)

でもいい、人生で一度くらい、こんな朝があっても。

優実はそう思って、目の前の雄大の身体を強く抱きしめたのだった。
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