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7.きっとまたチャンスはある
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「……!」
「君の仮説によれば、俺たちの『ちから』は相乗効果があるというか、中和するということだったな? だから今まで君自身については視ることができなかったらしいが、少なくとも試してみる価値はあるだろう?」
ごくりとフィオナは唾を呑み込む。
アッシュが言っていることは、一理ある。
フィオナはゆっくりと手の中に戻ってきた指輪を見下ろした。
(もし、本当にお父さんの顔と名前を知ることが出来たら――…私はどうしたらいい? 視たくないものだったら……)
一番恐れているのは、父と母が道ならぬ恋をしているということだ。
身分違いというだけでなく、例えば父に婚約者や家庭がある、というような。
それがまたありえない話ではないから怖い。
今までリアリティがなかった父という存在に思いを馳せ、彼女はぎゅっと指輪を握りしめる。
そんな彼女に、アッシュの声の調子が和らげられた。
「もちろん無理にとは言わない。……それもいいかな、と思っただけだ」
フィオナはぐっとお腹に力をこめると、毅然と顔を上げる。
「いえ、やらせてください」
「本当に、大丈夫かい?」
「はい。……もとより、何があろうとも覚悟はしています」
(それに……私、ママを信じてる。ママが私に嘘をつくはずがないもの――お父さんは私が生まれたことを喜んでくれたはず。それだけでも分かれば……!)
フィオナは指輪を左手で握りしめ、右手を彼に差し出した。
席を立ったアッシュが彼女の隣に座り直し、右手を掴むまでの間、フィオナの脳裏には母親の笑顔があった。
ざあっと風が吹き抜ける。
青みがかった景色の中、そこは見たこともない大きな屋敷の庭園らしき場所だ。あまりにも風が強く、落ち葉が舞っている。
フィオナの視線の先に、 庭園の真ん中に若いとおぼしき男女がいる。男性はいかにも貴族といったジャケット姿だが、女性は使用人のようだ。二人ともどうしてか後ろ姿で顔を確認することができない。
『来てくれてありがとう』
穏やかな口調で男性が女性をねぎらう。
『いえ』
女性の声を聞いた瞬間、フィオナの全身を稲妻が走ったような感覚が走る。
(ママ!)
間違いない。この声は、フィオナの母親で――。
では隣に立っている男性は、きっと父だ――!
(もしかして、この指輪を渡した日……!?)
『今日ここに来てもらったのは他でもない。私の――……』
若き父が話し出した次の瞬間、目の前の映像が大聖堂のフィオナに与えられていた部屋に切り替わった。狭い部屋の粗末な寝台に座り込んだフィオナが、指輪を握り締めながら、うつむいている。その両手は真っ赤に腫れ上がり、その日も折檻があったのは容易に伝わってきた。
『ママ、私……、頑張るからね。絶対に負けない。あんなやつらのせいで……泣くもんか』
フィオナの独り言が響いた瞬間、映像は突然終わってしまった。
見れば、アッシュの手が彼女から離れている。
(なんで、なんで……、どうして……? あとちょっと……、もうちょっと二人の様子を見ていたかったのに……!)
フィオナの心を占めていたのは、両親の会話を聞いていられなかった悔しさだった。
彼女はゆっくりと指輪を握り締めていた手を開く。
(きっと……きっと、指輪にとって……私の念の方が強いんだわ)
ずっとこの指輪をよりどころに生きてきた。
辛かった日も、悲しい時も、嬉しい時も……、どんな時でもフィオナは指輪を握り締めていた。そうして心の中の両親に話しかけていたから。
落胆のあまり肩を落とすフィオナに、アッシュの呟きは届かなかった。
「君は……、一体どんな目にあってきたんだい?」
「なんですか?」
フィオナが顔をあげると、アッシュの耳は赤くなっているし、表情はどこか憮然としているように思えた。
(どうしたのかしら……?)
彼は何かを言いかけたが、諦めたように口を閉じる。
次に口を開いた時、アッシュは平静そのもの、といった様子だった。
「顔は、見られなかったね?」
「あ、はい。……すごく残念です」
無念さが声ににじみ出る。
「女性の方は、お母様だった?」
「声がそうだと思いました。きっと多分……、母は、使用人だったんですね。そういえば父とどこで出会ったのかも聞いたことがなかった」
物心ついた頃には貧民街にいて、母は近所の食料品店で働いたり、内職をしたりしていた。
それも病に倒れるまでだったから短い間に過ぎない。
「そうか。君のお母様はずいぶん昔に亡くなったと言っていたね?」
「はい」
「まだ子供だったのだろう? ではそこまで考えたりはしないものだ――きっとまたチャンスはある」
「え?」
アッシュは口角をくっとあげる。
「今日うまく視れなかったからといって、明日視れないわけではないんだろう? また日を改めて、視てみよう」
あっさりと言われ、フィオナはぽかんとした。
「え……、また、付き合ってくださるんですか?」
「当たり前だろう?」
アッシュは眉間に皺を寄せ、さも心外だと言わんばかりだ。
フィオナの胸の内がぽっと温かくなった気がして、そのまま微笑む。
「ありがとう、ございます」
「うん」
さっと頬を朱で染めたアッシュが、ばっとソファから勢いよく立ち上がる。
「俺には本当に『ちから』があるんだろうか」
「……と、思います」
「でも君にも、俺がどんな類の『ちから』かあるまでは分からない、よな?」
「それは、そうですね」
ふう、と彼が息をつく。
「だよな……。君はどうやって自分に『ちから』があるか気づいたんだ?」
「私、ですか?」
「うん。差し支えなければ、教えて欲しい」
それは突然だった。
初潮を迎えてしばらくして、フィオナが自室においてあった教科書を手に取ったときのこと。
突然脳裏に青みがかった映像が浮かび、他の聖女候補たちがフィオナのことを嘲笑している映像が浮かんだのだ。しかもすぐに切り替わり、彼女たちがフィオナの悪口を神官に言いつけている画面が浮かぶ。最後はこの教科書を手に取り、何ページか破るという映像が流れて、消えた。
(今の、何……?)
寝台に座り込み、震える手で教科書をめくる。すると映像通りのページが、寸分たがわず破られていたのである。
それから似たようなことが続いた。
聖女候補の一人にぶつかられて転ばされた時も、事前に突き飛ばしてやろうと相談をしている映像が浮かんだ。
それでフィオナはようやく、これが自分に備わっている不思議な『ちから』だと確信をした。
触れた物や人の、残っている記憶や思念を読み取ることができるのだと。
最初の頃は触るだけで映像が浮かぶことが続き、体力気力ともに消耗が激しかったが、しばらくするとコントロールする術を学んだ。
それからは、大司祭や司祭、聖女候補たちに自分が『ちから』持ちであることを悟られないようにするのに必死で、『ちから』を使わないようにしてきた――なぜなら聖女候補たちはそれぞれ『ちから』持ちだったから。幸い、彼らは『未来』を視る『ちから』を持つ者ばかりで、フィオナのように『過去』を視る『ちから』の持ち主はいなかった。それもまだ聖女ではないため、近い未来を視る能力しかなかったのは幸いした。とにかく『ちから』をひた隠しにし、おくびにもださなかった。
フィオナはそうやって息を潜めて生き延びてきた。
そこまで考えたフィオナは、アッシュが答えを待っていることに気づいた。
「すみません、ぼんやりしていて――……あの、ある日突然気づいたんです。部屋に置いてある本を手にとった時に、他の人が触ったときの映像が過って」
簡単にまとめることにした。
「ふむ」
「何度か『ちから』を使って、こういうものかと知っていったという感じです」
「そうか……。あれから物を触って、映像が浮かばないかと念じてみたが駄目だった。俺は君と手を繋いだ時だけみたいだ――まぁ、君と出会うまで気づかなかったくらいだから当然か。俺の『ちから』は弱いんだろうな」
「そうかもしれないですね。それに伯爵の周りに『ちから』がある方はいらっしゃらなかったんでしょう? でしたら、気づかれなくて当然ですよ」
そこでどうしてかアッシュの顔が微かに歪んだ。
(――?)
しかし次の瞬間、彼は元通りの表情だったので、きっと見間違えたのだろう。
「『ちから』に関しては正直私もわからないことだらけですが……、もしかしたら今後何か変化があるかもしれません」
アッシュがその切れ長の瞳で彼女を眺める。
「しかし君と手を繋いで『ちから』を感じると、本当に身体が楽になる」
それはフィオナもそうだ。
やはり頭痛は起こらないし、身体の疲労感もほとんどない。
彼女は微笑む。
「それはよかった。今夜も眠れると良いですね」
「うん――それで、今後はどうするんだ? 夜会に行く?」
こちらを見下ろしたアッシュに、フィオナは頷く。
「はい。招待していただける夜会にうかがって、【占い】をしていこうと思います。万が一、父とのつながりが見つからないとも限りませんから。もちろん可能性は低いですけれど」
「そうか」
「低いですが……、可能性がゼロではないなら諦めたくない」
しばらくアッシュは何も言わなかった。
やがて彼が呟く。
「夜会に行くときは送り迎えをさせてくれ」
「え……? でも……」
「そして君の手を握るチャンスをくれ。そうしたら俺は夜、眠れる」
これは人助けだよ、と念押しをされる。
「……わ、かりました。では、お言葉に甘えてお願いさせていただこうかと思います」
おずおずと了承すると、アッシュは嬉しそうに頷く。
「約束だ。それはそれとして、狭い屋敷だが、ここで【占い】をしてもらっていいんだよ?」
「いえ、さすがにそれは……」
改めてもう一度申し出をされたが、フィオナは固辞した。
「構わないのに。賃料代わりに手を握ってくれたらいいだけなんだけどな」
「手を握るくらい、いつでもします」
アッシュは残念そうだが、迷惑はかからないのだろうか。
もちろんフィオナは平民だし貴族ではないので、アッシュがどうこう言われることはないかもしれないが、若い女性占い師を侍らせてと噂にならないだろうか?
(……って伯爵ってことは、そろそろ結婚しないといけないのでは!?)
「すみません!」
「なんだ?」
「ロイド伯爵には婚約者はいらっしゃらないんですか? 私なんかを送り迎えしていていいのですか?」
「いないよ、そんなもの。こんな貧乏貴族……それにロイド家に嫁ぎたい奇特な令嬢がいるわけない」
手を振ってアッシュが返事をするが、フィオナは内心首を傾げる。
(ロイド家に……? でも、まぁそこまで裕福じゃないかもしれないけど、家はちゃんとしてるし、何よりイケメンなのにな? 婚約者はいないかもだけど、恋人はいたりするのかな? ――うん断ってよかった)
「ではとりあえず、次の夜会から俺が同行するよ」
彼はそう言うと、もう一度ソファに腰かけ、そのまま彼女に右手を差し出す。
フィオナは今度こそ首を傾げた。
「なんですか?」
「これからよろしく、の握手だ。その……友人として、という意味もこめて」
まるで同性同士の、また貴族であるかのようだ。
それでも彼の気持ちが嬉しかったフィオナはそっと彼の手を握る。
(一応、『ちから』が発動しないように……)
ふわりと柔らかい風が過ぎたような気がしたが、映像は何も浮かばなかった。
「はい、よろしくお願いします」
こうしてフィオナはアッシュ=ロイドという友人を得たのだった。
「君の仮説によれば、俺たちの『ちから』は相乗効果があるというか、中和するということだったな? だから今まで君自身については視ることができなかったらしいが、少なくとも試してみる価値はあるだろう?」
ごくりとフィオナは唾を呑み込む。
アッシュが言っていることは、一理ある。
フィオナはゆっくりと手の中に戻ってきた指輪を見下ろした。
(もし、本当にお父さんの顔と名前を知ることが出来たら――…私はどうしたらいい? 視たくないものだったら……)
一番恐れているのは、父と母が道ならぬ恋をしているということだ。
身分違いというだけでなく、例えば父に婚約者や家庭がある、というような。
それがまたありえない話ではないから怖い。
今までリアリティがなかった父という存在に思いを馳せ、彼女はぎゅっと指輪を握りしめる。
そんな彼女に、アッシュの声の調子が和らげられた。
「もちろん無理にとは言わない。……それもいいかな、と思っただけだ」
フィオナはぐっとお腹に力をこめると、毅然と顔を上げる。
「いえ、やらせてください」
「本当に、大丈夫かい?」
「はい。……もとより、何があろうとも覚悟はしています」
(それに……私、ママを信じてる。ママが私に嘘をつくはずがないもの――お父さんは私が生まれたことを喜んでくれたはず。それだけでも分かれば……!)
フィオナは指輪を左手で握りしめ、右手を彼に差し出した。
席を立ったアッシュが彼女の隣に座り直し、右手を掴むまでの間、フィオナの脳裏には母親の笑顔があった。
ざあっと風が吹き抜ける。
青みがかった景色の中、そこは見たこともない大きな屋敷の庭園らしき場所だ。あまりにも風が強く、落ち葉が舞っている。
フィオナの視線の先に、 庭園の真ん中に若いとおぼしき男女がいる。男性はいかにも貴族といったジャケット姿だが、女性は使用人のようだ。二人ともどうしてか後ろ姿で顔を確認することができない。
『来てくれてありがとう』
穏やかな口調で男性が女性をねぎらう。
『いえ』
女性の声を聞いた瞬間、フィオナの全身を稲妻が走ったような感覚が走る。
(ママ!)
間違いない。この声は、フィオナの母親で――。
では隣に立っている男性は、きっと父だ――!
(もしかして、この指輪を渡した日……!?)
『今日ここに来てもらったのは他でもない。私の――……』
若き父が話し出した次の瞬間、目の前の映像が大聖堂のフィオナに与えられていた部屋に切り替わった。狭い部屋の粗末な寝台に座り込んだフィオナが、指輪を握り締めながら、うつむいている。その両手は真っ赤に腫れ上がり、その日も折檻があったのは容易に伝わってきた。
『ママ、私……、頑張るからね。絶対に負けない。あんなやつらのせいで……泣くもんか』
フィオナの独り言が響いた瞬間、映像は突然終わってしまった。
見れば、アッシュの手が彼女から離れている。
(なんで、なんで……、どうして……? あとちょっと……、もうちょっと二人の様子を見ていたかったのに……!)
フィオナの心を占めていたのは、両親の会話を聞いていられなかった悔しさだった。
彼女はゆっくりと指輪を握り締めていた手を開く。
(きっと……きっと、指輪にとって……私の念の方が強いんだわ)
ずっとこの指輪をよりどころに生きてきた。
辛かった日も、悲しい時も、嬉しい時も……、どんな時でもフィオナは指輪を握り締めていた。そうして心の中の両親に話しかけていたから。
落胆のあまり肩を落とすフィオナに、アッシュの呟きは届かなかった。
「君は……、一体どんな目にあってきたんだい?」
「なんですか?」
フィオナが顔をあげると、アッシュの耳は赤くなっているし、表情はどこか憮然としているように思えた。
(どうしたのかしら……?)
彼は何かを言いかけたが、諦めたように口を閉じる。
次に口を開いた時、アッシュは平静そのもの、といった様子だった。
「顔は、見られなかったね?」
「あ、はい。……すごく残念です」
無念さが声ににじみ出る。
「女性の方は、お母様だった?」
「声がそうだと思いました。きっと多分……、母は、使用人だったんですね。そういえば父とどこで出会ったのかも聞いたことがなかった」
物心ついた頃には貧民街にいて、母は近所の食料品店で働いたり、内職をしたりしていた。
それも病に倒れるまでだったから短い間に過ぎない。
「そうか。君のお母様はずいぶん昔に亡くなったと言っていたね?」
「はい」
「まだ子供だったのだろう? ではそこまで考えたりはしないものだ――きっとまたチャンスはある」
「え?」
アッシュは口角をくっとあげる。
「今日うまく視れなかったからといって、明日視れないわけではないんだろう? また日を改めて、視てみよう」
あっさりと言われ、フィオナはぽかんとした。
「え……、また、付き合ってくださるんですか?」
「当たり前だろう?」
アッシュは眉間に皺を寄せ、さも心外だと言わんばかりだ。
フィオナの胸の内がぽっと温かくなった気がして、そのまま微笑む。
「ありがとう、ございます」
「うん」
さっと頬を朱で染めたアッシュが、ばっとソファから勢いよく立ち上がる。
「俺には本当に『ちから』があるんだろうか」
「……と、思います」
「でも君にも、俺がどんな類の『ちから』かあるまでは分からない、よな?」
「それは、そうですね」
ふう、と彼が息をつく。
「だよな……。君はどうやって自分に『ちから』があるか気づいたんだ?」
「私、ですか?」
「うん。差し支えなければ、教えて欲しい」
それは突然だった。
初潮を迎えてしばらくして、フィオナが自室においてあった教科書を手に取ったときのこと。
突然脳裏に青みがかった映像が浮かび、他の聖女候補たちがフィオナのことを嘲笑している映像が浮かんだのだ。しかもすぐに切り替わり、彼女たちがフィオナの悪口を神官に言いつけている画面が浮かぶ。最後はこの教科書を手に取り、何ページか破るという映像が流れて、消えた。
(今の、何……?)
寝台に座り込み、震える手で教科書をめくる。すると映像通りのページが、寸分たがわず破られていたのである。
それから似たようなことが続いた。
聖女候補の一人にぶつかられて転ばされた時も、事前に突き飛ばしてやろうと相談をしている映像が浮かんだ。
それでフィオナはようやく、これが自分に備わっている不思議な『ちから』だと確信をした。
触れた物や人の、残っている記憶や思念を読み取ることができるのだと。
最初の頃は触るだけで映像が浮かぶことが続き、体力気力ともに消耗が激しかったが、しばらくするとコントロールする術を学んだ。
それからは、大司祭や司祭、聖女候補たちに自分が『ちから』持ちであることを悟られないようにするのに必死で、『ちから』を使わないようにしてきた――なぜなら聖女候補たちはそれぞれ『ちから』持ちだったから。幸い、彼らは『未来』を視る『ちから』を持つ者ばかりで、フィオナのように『過去』を視る『ちから』の持ち主はいなかった。それもまだ聖女ではないため、近い未来を視る能力しかなかったのは幸いした。とにかく『ちから』をひた隠しにし、おくびにもださなかった。
フィオナはそうやって息を潜めて生き延びてきた。
そこまで考えたフィオナは、アッシュが答えを待っていることに気づいた。
「すみません、ぼんやりしていて――……あの、ある日突然気づいたんです。部屋に置いてある本を手にとった時に、他の人が触ったときの映像が過って」
簡単にまとめることにした。
「ふむ」
「何度か『ちから』を使って、こういうものかと知っていったという感じです」
「そうか……。あれから物を触って、映像が浮かばないかと念じてみたが駄目だった。俺は君と手を繋いだ時だけみたいだ――まぁ、君と出会うまで気づかなかったくらいだから当然か。俺の『ちから』は弱いんだろうな」
「そうかもしれないですね。それに伯爵の周りに『ちから』がある方はいらっしゃらなかったんでしょう? でしたら、気づかれなくて当然ですよ」
そこでどうしてかアッシュの顔が微かに歪んだ。
(――?)
しかし次の瞬間、彼は元通りの表情だったので、きっと見間違えたのだろう。
「『ちから』に関しては正直私もわからないことだらけですが……、もしかしたら今後何か変化があるかもしれません」
アッシュがその切れ長の瞳で彼女を眺める。
「しかし君と手を繋いで『ちから』を感じると、本当に身体が楽になる」
それはフィオナもそうだ。
やはり頭痛は起こらないし、身体の疲労感もほとんどない。
彼女は微笑む。
「それはよかった。今夜も眠れると良いですね」
「うん――それで、今後はどうするんだ? 夜会に行く?」
こちらを見下ろしたアッシュに、フィオナは頷く。
「はい。招待していただける夜会にうかがって、【占い】をしていこうと思います。万が一、父とのつながりが見つからないとも限りませんから。もちろん可能性は低いですけれど」
「そうか」
「低いですが……、可能性がゼロではないなら諦めたくない」
しばらくアッシュは何も言わなかった。
やがて彼が呟く。
「夜会に行くときは送り迎えをさせてくれ」
「え……? でも……」
「そして君の手を握るチャンスをくれ。そうしたら俺は夜、眠れる」
これは人助けだよ、と念押しをされる。
「……わ、かりました。では、お言葉に甘えてお願いさせていただこうかと思います」
おずおずと了承すると、アッシュは嬉しそうに頷く。
「約束だ。それはそれとして、狭い屋敷だが、ここで【占い】をしてもらっていいんだよ?」
「いえ、さすがにそれは……」
改めてもう一度申し出をされたが、フィオナは固辞した。
「構わないのに。賃料代わりに手を握ってくれたらいいだけなんだけどな」
「手を握るくらい、いつでもします」
アッシュは残念そうだが、迷惑はかからないのだろうか。
もちろんフィオナは平民だし貴族ではないので、アッシュがどうこう言われることはないかもしれないが、若い女性占い師を侍らせてと噂にならないだろうか?
(……って伯爵ってことは、そろそろ結婚しないといけないのでは!?)
「すみません!」
「なんだ?」
「ロイド伯爵には婚約者はいらっしゃらないんですか? 私なんかを送り迎えしていていいのですか?」
「いないよ、そんなもの。こんな貧乏貴族……それにロイド家に嫁ぎたい奇特な令嬢がいるわけない」
手を振ってアッシュが返事をするが、フィオナは内心首を傾げる。
(ロイド家に……? でも、まぁそこまで裕福じゃないかもしれないけど、家はちゃんとしてるし、何よりイケメンなのにな? 婚約者はいないかもだけど、恋人はいたりするのかな? ――うん断ってよかった)
「ではとりあえず、次の夜会から俺が同行するよ」
彼はそう言うと、もう一度ソファに腰かけ、そのまま彼女に右手を差し出す。
フィオナは今度こそ首を傾げた。
「なんですか?」
「これからよろしく、の握手だ。その……友人として、という意味もこめて」
まるで同性同士の、また貴族であるかのようだ。
それでも彼の気持ちが嬉しかったフィオナはそっと彼の手を握る。
(一応、『ちから』が発動しないように……)
ふわりと柔らかい風が過ぎたような気がしたが、映像は何も浮かばなかった。
「はい、よろしくお願いします」
こうしてフィオナはアッシュ=ロイドという友人を得たのだった。
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