12 / 30
3
12
しおりを挟む
数日後。
孤児院へ向かう馬車の中、ジェームズは目の前に座るエラの顔を飽きることなく眺めていた。
今日も彼女は綺麗だーーとてつもなく。
世の女性たちの流行とは違い、彼女はあまり着飾ることをしないがこの美貌があればそんな必要はないだろう。
少しだけ赤みがかった茶色の柔らかそうな髪も、憂いを帯びた琥珀色の瞳も、涼やかな印象を与える鼻すじ、少しだけルージュを塗っている薄ピンクに輝く唇も、どこもかしこもエラは美しい。彼女さえ許してくれれば、いつまでも側で見続けていたい。
彼女の美しさは外見だけではない。
彼女は優しい慈悲の心を持ち合わせている。
ジェームズがかつてエラに一方的にし続けた仕打ちを考えれば、彼女から完璧に拒絶されてもおかしくなかったのに、彼女は戦場にいるジェームズに手紙の返事を書いてくれた。髪の房を欲しいと願えば、躊躇っていただろうが、送ってきてくれた。返事はいつも短かったが、それがどれだけ荒んでいた自分の心を癒やしてくれただろう。
今も、一度でいいから、やり直すチャンスを与えてくれと懇願すれば、彼女は自分の心にいくら沿わないことでも、人を拒絶することを躊躇う。心優しい彼女の隙間につけこむのは気はひけるが、彼はどうしても彼女に赦して欲しい。
馬車の中では沈黙が支配していたが、エラは気にしないふりをして外を眺めていた。ジェームズが自分の顔をじっと見つめていることは視線で感じていた。以前は彼と一切視線は合わなかったが、最近は彼がエラを見ていることが多いので、彼女がジェームズを見ると、自然と視線が合うのだ。そして、かつては絶対になかったことだが、彼は視線に何がしかの熱い想いを込めて、エラを見つめている。
(どうしてこの人は、変わったのだろう)
既に何度となく、胸に浮かび上がった問いかけ。勿論エラには答えは分からない。
(もし、最初から彼がこうして少しでも私に対して誠意を見せてくれていたら…)
家族の中でも孤立し、父親からは政略結婚の駒だとはっきり示されたエラはずっと自分の居場所を探していた。だから婚約の顔合わせの時から彼が自分をこうやって求めていてくれたら、きっとその想いに応えようと努力をしたに違いない。結果として数年後に彼が愛人を持ったとしても、変わらず支えようと思ったかも知れない。
けれど、現実は違った。
ジェームズによって遭わされた、不愉快な思い出が次々と襲ってくる。彼女はため息をついて、脳裏からその記憶を強いて消し去ることに努めた。
貴方の本当の目的は何、と問いかけそうになって、直前で口をつぐむ。
彼はきっと言うだろう、俺は君に赦しを乞いたいだけ、そして君とやり直したいだけだ、と。
エラは、今の彼には以前ほど嫌悪感を抱くことはないが、いつ、愛人の方がいいと手のひらを返して、蔑むような瞳でこちらを睨みつけてくるのだろうか、と心のどこかで疑っている男を信じる、というのは、やはり出来そうにない。
孤児院へ向かう馬車の中、ジェームズは目の前に座るエラの顔を飽きることなく眺めていた。
今日も彼女は綺麗だーーとてつもなく。
世の女性たちの流行とは違い、彼女はあまり着飾ることをしないがこの美貌があればそんな必要はないだろう。
少しだけ赤みがかった茶色の柔らかそうな髪も、憂いを帯びた琥珀色の瞳も、涼やかな印象を与える鼻すじ、少しだけルージュを塗っている薄ピンクに輝く唇も、どこもかしこもエラは美しい。彼女さえ許してくれれば、いつまでも側で見続けていたい。
彼女の美しさは外見だけではない。
彼女は優しい慈悲の心を持ち合わせている。
ジェームズがかつてエラに一方的にし続けた仕打ちを考えれば、彼女から完璧に拒絶されてもおかしくなかったのに、彼女は戦場にいるジェームズに手紙の返事を書いてくれた。髪の房を欲しいと願えば、躊躇っていただろうが、送ってきてくれた。返事はいつも短かったが、それがどれだけ荒んでいた自分の心を癒やしてくれただろう。
今も、一度でいいから、やり直すチャンスを与えてくれと懇願すれば、彼女は自分の心にいくら沿わないことでも、人を拒絶することを躊躇う。心優しい彼女の隙間につけこむのは気はひけるが、彼はどうしても彼女に赦して欲しい。
馬車の中では沈黙が支配していたが、エラは気にしないふりをして外を眺めていた。ジェームズが自分の顔をじっと見つめていることは視線で感じていた。以前は彼と一切視線は合わなかったが、最近は彼がエラを見ていることが多いので、彼女がジェームズを見ると、自然と視線が合うのだ。そして、かつては絶対になかったことだが、彼は視線に何がしかの熱い想いを込めて、エラを見つめている。
(どうしてこの人は、変わったのだろう)
既に何度となく、胸に浮かび上がった問いかけ。勿論エラには答えは分からない。
(もし、最初から彼がこうして少しでも私に対して誠意を見せてくれていたら…)
家族の中でも孤立し、父親からは政略結婚の駒だとはっきり示されたエラはずっと自分の居場所を探していた。だから婚約の顔合わせの時から彼が自分をこうやって求めていてくれたら、きっとその想いに応えようと努力をしたに違いない。結果として数年後に彼が愛人を持ったとしても、変わらず支えようと思ったかも知れない。
けれど、現実は違った。
ジェームズによって遭わされた、不愉快な思い出が次々と襲ってくる。彼女はため息をついて、脳裏からその記憶を強いて消し去ることに努めた。
貴方の本当の目的は何、と問いかけそうになって、直前で口をつぐむ。
彼はきっと言うだろう、俺は君に赦しを乞いたいだけ、そして君とやり直したいだけだ、と。
エラは、今の彼には以前ほど嫌悪感を抱くことはないが、いつ、愛人の方がいいと手のひらを返して、蔑むような瞳でこちらを睨みつけてくるのだろうか、と心のどこかで疑っている男を信じる、というのは、やはり出来そうにない。
48
お気に入りに追加
3,735
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
今夜で忘れる。
豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」
そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。
黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。
今はお互いに別の方と婚約しています。
「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」
なろう様でも公開中です。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる