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その日は突然やってきた。



昼食の後、義母とそのままダイニングルームでお茶を飲んでいたエラは、廊下を誰かが慌ただしく歩く音とちょっとした叫び声がしたような気がして、彼女と視線を合わせていたら、ドアが突然開いた。

「エラ、母さん!」

そこにいたのはーーージェームズ。義母は淑女らしからぬ、けたたましい声を上げて立ち上がり、彼の元へと走って思いきり抱きついている。

エラはゆっくりとその場で立ち上がるも、今までとは全く違う様子のジェームズに目を瞠った。

(なんだろう、すごい違和感がある…)

以前より引き締まった体躯に、真っ黒に日焼けしているせいかも知れないが、なんともいえない違和感にエラは彼のもとへ行くのを躊躇った。しかし義母が少し落ち着くと、ジェームズは真っ直ぐにエラの元へ歩いてきた。

(嫌だ…怖い…)

彼女の心に去来したのは、恐怖だった。

近づいてくると、確かにジェームスなのだが。

ジェームズの瞳はこんなに澄んだ蒼色だったろうか。ここまで精悍な顔立ちだっただろうか。こんなに身長は高かっただろうか。

「エラ」

彼は彼女の右手をうやうやしく握ると、手紙の返事を書いてくれてありがとう、と囁いた。義母がこちらの様子を注意深く窺っているのを思い出し、彼の手を振り払いたい衝動を抑えて、エラは声を絞り出した。

「…お帰りなさい、ジェームズ」

彼女の言葉に彼がこんな風に大切そうに耳を澄ませたことは、今まであっただろうか。




狂乱の1日が終わり、夕食後にジェームズはエラについて、まっすぐに2人の寝室へとやってきた。ジェームズの両親は勿論、アンドレイですらジェームズのことを疑う様子は全く無かった。エラだけが彼にずっとそこはかとない違和感を抱いていた。

「やっと此処に戻ってこれた」

ジェームズがしみじみ呟くのに、返す言葉がない。

「君が先に風呂をつかうかい?それとも俺が入ってきても?」

そう彼が聞くので仰天する。今まで一度としてこの部屋で眠ったことのないジェームズは勿論ここで風呂も入ったことはないのだ。もしかして、とエラは思う。今夜はここで過ごすつもりなのだろうか。

「…長旅でお疲れでしょうから、どうぞお先に」

彼は頷くと、ありがとうと言ってから隣接している浴室へと消えていった。

ジェームズが、お礼を…?)

今やエラは完全に混乱している。どうして誰も違和感を感じないのだろうか?そうやって感じる私がおかしいのか?しかし、そもそもエラは夫であるジェームズのことをよく知らない。

ルーリアなら分かるかも知れないが、彼女はジェームズを見限って若き富豪と付き合っているともっぱらの噂だ。勿論、エラが街で見かけた若い男とは別の男である。街の誰しもがルーリアとジェームズの情事を知っているのだが、大地主であるブラウン家に睨まれたくないからおおっぴらには噂にはしないものの、エラから離縁を切り出せない身の上だと知っているので、自分が余計に皆に憐れまれているのを知っている。
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