悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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皇后

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私が焦ったような声を上げると彼女は頷く代わりに口元に笑みを浮かべてみせる。


 私はドレスの裾を持ち上げ、「皇后陛下にお会いできて光栄でございます」と挨拶をする。


 アルターニャと既に険悪になりかけている中、皇后陛下まで敵に回すわけにはいかないわ。…処刑されたくないもの。ここは普通の令嬢を演じましょう。


「パーティでの事、聞いたわよ。アレクシスと仲良くやっているみたいね」


 彼女はこちらを観察するかのような鋭い眼差しを向けてくる。その真っ赤な瞳に今にも心臓を撃ち抜かれてしまいそうだ。


 …恋じゃないわよ。


「はい。私には大変勿体ない事でございますが、殿下とは仲良くさせて頂いております」


 お願いだから早く行って…!皇后陛下にまで目をつけられたら本当に処刑されちゃうわ。


 私は貴女の息子の幸せを誰よりも祈ってる自信がある。だから、お願いしますどうか見逃して…。


「評判が悪い悪女はアレクシスに相応しくない」なら良いけど「評判が悪い悪女は殺してしまおう」になったら本当に終わりなのよ…!


 不安が跡を絶たず、更に恐怖と緊張によって私の心臓は強く波打っている。


 …何度も言うが、恋じゃない。


「やっぱりそうなのね。アレクシスと仲良くやっているのなら、私としても嬉しい限りだわ。」


 …あれ?


 皇后陛下の意外な言葉に驚き、思わずじっと彼女の顔を見つめてしまう。


 今私を肯定的に言ったって事だよね?お前みたいな悪女と息子が仲良くするなみたいな皮肉じゃなければ普通に仲良くしてほしいって事だと…思うんだけど。


 でもそれはそれでおかしい。私のパーティの事も知っているみたいだし、リティシアの以前の悪行も知っているはずなんだけど…?


 アレクシスとよく似た優しい笑顔のはずなのに、不思議と不気味な感じを覚える。背筋に言い様の無い悪寒が走る。


 皇后は一体何を企んでいるの…?


「…リティシア嬢?顔色が悪いけれど…どうかしたの?」


「…ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません。皇后陛下を前にして少し緊張してしまいました。どうかお気になさらないでください」


 私は貴女の事をめちゃめちゃ気にするけど、貴女は私を気にしなくていいのよ。そっと婚約破棄を後押しするだけでいいからね。本当に余計な事はしないで欲しいわ…。


「ねぇ、提案なんだけど。良いかしら」


「…?はい。どの様なご提案でしょうか?」


「折角外に出たなら城に戻る前に庭園のお花を見に行ってみたらどうかなって思ったの。どの道アレクシスがいないと帰るのは辛いでしょう?そこで時間を潰してみたらどうかしら。庭園のお花は凄く素敵よ。特に赤い花なんかはリティシア嬢の髪色によく似ているの」


 そう笑顔で呟く彼女からは悪意が感じ取れない。感じ取れないのだが、相手が皇后である為に無条件で信用していいものか迷う。


 皇后はリティシアを良く思っていないと思ってたんだけど…もしかしてアレクシスと同じで誰に対しても優しい人なのかな…。でもその可能性はあるよね。小説では容姿くらいしか出てこなかったし…なによりアレクシスを育てた人だから、とっても優しい人なのかもしれない。


 というか適当に断ったら難癖つけられて処刑されるかな…?皇后がどう考えているか全く分からないけど…仕方ない、ここは素直に受け入れるべきね。


「わざわざご提案有難うございます。ではお言葉に甘えて庭園の方へ向かわせていただきます。」


「えぇ。綺麗な花が沢山よ。是非赤い花を探してみてね」


 私は皇后の言葉にふと疑問を感じる。何故そこまで赤い花を主張するのだろうか。なんとなく言外に必ず見ろという意味を含んでいる気がするのである。


 …そんなに私の髪に似てる色なのかしら?


 でも悩んでいても他に行く宛もないし行くしかないか…。さっきアレクと騎士に冗談で言った様に訓練場で暴れる訳にもいかないしね。行き先が出来ただけ幸運だわ。


 …それにしても皇后陛下はここまで自分の竜で来たのかな?ここからお城は結構離れてるし、何のために来たんだろう。騎士の様子をよく見に来る人なのかしら…?


 あっ、いけないまた考え込んでたわね。どんなに考えても答えなんて出ないのに私は考えてばかりだわ。


「分かりました。赤い花ですね。探してみます。改めまして、皇后陛下にお会い出来て光栄でございました。貴重なお時間を割いて頂き、有難うございます。」


 頭を下げる私を見て、「リティシア嬢、本当に礼儀正しくなったのね。以前とは見違えたようだわ」と口元に笑みを浮かべてみせる。…やはり以前の事はちゃんと知っていたらしい。


「勿体ないお言葉有難うございます。」


「折角来たんだもの。色々見て楽しんでいってね。」


 皇后は目元を細め、優しく微笑んでくれる。


 …本当にリティシアへの敵意がないのかしら?だとしたら疑ってて申し訳ないけど…でも疑わないより疑った方が良いわよね。何を隠そう私は嫌われ者の悪役令嬢なんだから。


「はい。有難うございます」


 赤い花、ねぇ…皇后陛下が何度も言うから私も気になってきたわ。そんなに綺麗な花なのかな。
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