悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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覚悟

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「女性とダンスをしたくないと思っているのにパーティにわざわざ出たら、周りに勘づかれて貴方の評価が落ちるんじゃない?」


「それは心配ない。俺は元々色んな人と話す予定だからさ。なるべく避けるつもりでいたんだ。...えっ、もしかして、心配してくれてるのか?」


 し、しまった。アレクシスを心配する気持ちが現れてしまっていたみたい...。


 どうしよう、ピンチだわ。何を返すべき?何が正解なの?お願いだからゲームみたいに選択肢を出して...。アレクシスを幸せにする為ならなんでもするから...。


 当たり前だが私がいる世界はゲームでも、小説の世界でもない。


 正確に言えば小説の世界ではあるが、私が読んでいる本の中ではなく、私自身が登場人物の一人になっているのだから何か話さなければ話は進まない。


 何かすれば物語は変わるし、何もしなければ悪役である私に待っているのは破滅エンドだ。


 なんとか私も生きつつ、アレクシスの明るい未来も約束させてあげたい。悪役...悪役の台詞...こんなことなら前世でもっと色んな悪役を学んでおくんだった!...なにかないか...そうだ。


「いいえ。私の心配をしているの。知らない女性とダンスをする勇気もない小心者の王子と私が婚約者だなんて私の恥じゃないの」


 小説で読んだリティシアの台詞...隅っこにしか残ってないけどなんとなく覚えてる。と言っても、コイツあり得ない!と思った酷い台詞くらいなんだけど...。


「小心者」は確かリティシアが使ってたはず。しかも自分の心配をしてくれてる王子に向かって言ってた台詞だし、正しくこの状況で言えばリティシアそのもの!我ながら素晴らしい判断力ね!


「...?」


 あら?何かしらこの微妙な表情...。ちょっと待って、私めっちゃ矛盾すること言ってない...?


「...リティシア嬢、お前さっき俺の婚約者だって自分で明言してたのに今はそれが恥なのか?」


 やってしまった...恥ではありませんとても嬉しいです...なんて言えるわけもなく。


 まさかの凡ミスに私がどうしようかと頭を抱えていると誰かが部屋の扉をノックした。


 はぁ、助かった。…そうか。リティシアって…矛盾することばっかり言ってたように思えたけど、婚約者であることを明言したことはほとんどなかったかもしれない。そりゃ不思議に思われるわよね。


「お話の途中失礼致します。アレクシス殿下、陛下がお呼びでございます。今すぐ帰ってくるようにとのことです。」


「あぁ分かった。今行くよ」


 アレクシスの侍従は深く頭を下げると部屋を出ていく。


 再び彼は視線を私に戻し、あの悪役令嬢には勿体ない優しい笑顔をこちらに向ける。


 その笑顔は、誰にでも振りまくものではないわよ、アレクシス。


「とりあえず、パーティに行くか行かないかは早めに教えてくれ。...それと、お前にその気はないのかもしれないけど...心配してくれたのは嬉しかった。ありがとうな。」


「誰が貴方の心配をしたですって?おバカな王子様の…ただの勘違いよ」


「そうか。勘違いさせてくれて、ありがとな」


「…!何言って…」


「じゃぁ、またな。」


 アレクシスはそのまま嬉しそうに部屋の外に出ていき、私はその場でへたり込む。


 悪役令嬢になると言うのは、思った以上に難しい。


 何しろ相手は大好きなキャラクターであり、心配する気持ちがどうしても先に来てしまう。


 …彼が極端に酷い男だったなら、私は悪役になれたのだろうか?…いいえ、あの優しいアレクシスが酷い男になるなんて、ありえないわね。


 誰彼構わず悪役として振る舞った小説のリティシアは、逆に尊敬できる。彼女はなぜ悪役にならざるを得なかったのだろう…。まぁ、今となっては知る由もないんだけど。


 綺麗に食べてくれたため、空になったお皿を私は呆然と見つめながら考えを巡らせる。


 リティシアみたいなただの悪役ではダメ。大好きなキャラクターに殺されることになるわ。婚約破棄だけに留まるような適度な悪役…それを目指していこう。


「私にはまだまだリティシアの覚悟が足りないのね...。」


 誰もいない部屋でポツリと呟いた言葉は、空気中にそのまま溶けていく。そう、誰もいない…はずだった。


「リティシアの覚悟?なんの話だ...?」


 アレクシスがまだ扉の向こう側にいることに全く気づかない私なのであった。
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