241 / 281
3学年 後期
第240話
しおりを挟む
「……やれやれ、どうやら潜り込ませたスパイを逆に利用されてしまったようだな」
柊家や鷹藤家のみならず、他の名家の魔闘師たちまで会場近くに配備されているとは分からなかった。
もしも、会場近くに配備されていることが分かっていれば、やり方を変更していただろう。
分からなかった理由。
それは、人間に化けて名家に潜り込ませていた魔人たちが、看破されたか捕縛され、なおかつ利用された可能性が高い。
でなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
予想外の状況に、バルタサールは溜め息交じりに愚痴をこぼした。
「……どうする?」
「んっ? 何が?」
予想外だったのは、バルタサールだけでなく伸も同じだ。
しかし、伸の場合は嬉しい誤算だ。
多くの魔闘師が集まってくれたおかげで、自分はバルタサールにだけ集中すれば良くなったからだ。
少し余裕ができた伸は、バルタサールに問いかける。
その問いの意味が分からないバルタサールは、伸の質問に問い返した。
「作戦失敗したんだ。逃げかえるなら今のうちだぞ?」
多くの魔人たちをこの場に出現させることに成功したオレガリオの転移魔法陣は、まだ消えずに上空に存在している。
それなら、逆に転移魔法陣を使用して逃げることも不可能ではない。
こちらの被害を少しでも減らすために、伸はバルタサールにこのまま帰ってくれることを期待して問いかける。
「ハハッ! 面白い冗談だ! 魔王の僕がわざわざ出てきたというのに逃げるわけないだろ?」
「そうかよ……」
大して期待していなかったが、やはりバルタサールは帰る気はないようだ。
予想していた反応なだけに、伸は仕方ないかとしか思わなかった。
「それにしても……」
「……?」
周囲を見渡し、途中で言葉を止めるバルタサール。
何を言いたいのか分からない伸は、続きの言葉を待った。
「敵、味方がこれだけいると狭く感じるな」
「……あぁ、そうだな……」
かなりの数の魔人たちを倒すために、多くの魔闘師たちが集まっている。
そのため、伸とバルタサールが戦うとなると、どちらも味方を巻き添えにしてしまう可能性がある。
そのため、伸はバルタサールの言葉に同意した。
「隣の会場に移ろうか?」
「そうだね」
ここで戦うのは、お互いにとって都合が悪い。
ならば、別の場所で戦えばいい。
この競技場は、ここ以外にもいくつかの武舞台が存在しているため、伸は移動することをバルタサールに提案する。
それを、バルタサールはあっさりと受け入れた。
「おっと!」
「んっ?」
意見が合ったところで、伸とバルタサールは移動を開始しようとした。
だがそこで、バルタサールが待ったをかける。
「君の武器がそれじゃあつまらない。ちゃんとした武器を取って来たら良い」
試合途中であったこともあり、伸が持っている武器は木刀だ。
バルタサールはそれを指摘し、武器を取ってくることを勧めてきた。
「ずいぶん余裕だな……」
「まあね」
魔王と呼ばれるだけあり、相当自分の実力に自信があるのだろう。
その余裕の態度が気に入らないが、たしかに木刀で戦うのは不利でしかない。
そのため、伸はバルタサールの提案を受け入れることにした。
「俺がこのまま逃げるって考えはないのか?」
はっきり言って、自分がバルタサールと戦わないといけない理由なんてない。
この国で一番強いと思っているが、自分はまだ高校生だ。
国を背負って魔王と戦わなければならないなんて、超危険な罰ゲームでしかない。
そのため、伸は自分がこのまま逃げた時のことを尋ねた。
「……なるほど、それは考えなかったな。しかし、君が逃げて困るのはそっち側だけだ。僕は一向に構わないよ」
たしかに、強いと言ってもまだ魔闘師になっていない伸が国を背負って戦ういわれはない。
伸が逃げるなんて考えもしなかった。もしそうしたとしたとしても、彼を責めるような人間は、数少ない彼の実力を知っている者だけだろう。
その者たちのことを無視すれば、逃げたとしても伸が気にする必要はないかもしれない。
ただ、伸が逃げたらこの国は自分によって壊滅的なダメージを受けることになり、世界を魔人が牛耳る足掛かりの場となるだけだ。
そのため、バルタサールは本気で伸が逃げても構わないと考えた。
むしろ、逃げてくれた方が無駄な労力を消費しなくて済むだけに、勧めたいくらいだ。
「……そりゃそうか」
戦う前なので全てを理解しているわけではないが、自分を除いたこの国の魔闘師たちでバルタサールを倒すとなると、ここに集まった魔闘師だけでは全然足りない。
それならば、可能性がある自分が戦うしかないだろう。
元々逃げる気なんてなかったが、伸はその考えを完全に頭から消し去ることにした。
「新田君っ!!」
「っ!? ……悪いな! すぐに逃げろよ!」
名前を呼ばれた方向に目を向けると、伸に向かって刀が飛んできた。
控室に置いてあった刀を、持ってきてくれたようだ。
鞘に入った刀を受け取った伸は、腰に差して奈津希に感謝の言葉と退避の指示を出した。
「あいつ危ない真似しやがって……」
恐らく綾愛の刀を取りに行ったついでなのだろうが、多くの魔人がいる場所に戻ってくるなんて危険すぎる。
何にしても、欲しかった武器が手に入り、伸はこれで全力を出せると安堵した。
「じゃあ、行こうか?」
「あぁっ!」
武器が手に入れば、後はこの場から移動するだけだ。
そう考えた伸が促すと、バルタサールは嬉しそうに頷き返事をしたのだった。
柊家や鷹藤家のみならず、他の名家の魔闘師たちまで会場近くに配備されているとは分からなかった。
もしも、会場近くに配備されていることが分かっていれば、やり方を変更していただろう。
分からなかった理由。
それは、人間に化けて名家に潜り込ませていた魔人たちが、看破されたか捕縛され、なおかつ利用された可能性が高い。
でなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
予想外の状況に、バルタサールは溜め息交じりに愚痴をこぼした。
「……どうする?」
「んっ? 何が?」
予想外だったのは、バルタサールだけでなく伸も同じだ。
しかし、伸の場合は嬉しい誤算だ。
多くの魔闘師が集まってくれたおかげで、自分はバルタサールにだけ集中すれば良くなったからだ。
少し余裕ができた伸は、バルタサールに問いかける。
その問いの意味が分からないバルタサールは、伸の質問に問い返した。
「作戦失敗したんだ。逃げかえるなら今のうちだぞ?」
多くの魔人たちをこの場に出現させることに成功したオレガリオの転移魔法陣は、まだ消えずに上空に存在している。
それなら、逆に転移魔法陣を使用して逃げることも不可能ではない。
こちらの被害を少しでも減らすために、伸はバルタサールにこのまま帰ってくれることを期待して問いかける。
「ハハッ! 面白い冗談だ! 魔王の僕がわざわざ出てきたというのに逃げるわけないだろ?」
「そうかよ……」
大して期待していなかったが、やはりバルタサールは帰る気はないようだ。
予想していた反応なだけに、伸は仕方ないかとしか思わなかった。
「それにしても……」
「……?」
周囲を見渡し、途中で言葉を止めるバルタサール。
何を言いたいのか分からない伸は、続きの言葉を待った。
「敵、味方がこれだけいると狭く感じるな」
「……あぁ、そうだな……」
かなりの数の魔人たちを倒すために、多くの魔闘師たちが集まっている。
そのため、伸とバルタサールが戦うとなると、どちらも味方を巻き添えにしてしまう可能性がある。
そのため、伸はバルタサールの言葉に同意した。
「隣の会場に移ろうか?」
「そうだね」
ここで戦うのは、お互いにとって都合が悪い。
ならば、別の場所で戦えばいい。
この競技場は、ここ以外にもいくつかの武舞台が存在しているため、伸は移動することをバルタサールに提案する。
それを、バルタサールはあっさりと受け入れた。
「おっと!」
「んっ?」
意見が合ったところで、伸とバルタサールは移動を開始しようとした。
だがそこで、バルタサールが待ったをかける。
「君の武器がそれじゃあつまらない。ちゃんとした武器を取って来たら良い」
試合途中であったこともあり、伸が持っている武器は木刀だ。
バルタサールはそれを指摘し、武器を取ってくることを勧めてきた。
「ずいぶん余裕だな……」
「まあね」
魔王と呼ばれるだけあり、相当自分の実力に自信があるのだろう。
その余裕の態度が気に入らないが、たしかに木刀で戦うのは不利でしかない。
そのため、伸はバルタサールの提案を受け入れることにした。
「俺がこのまま逃げるって考えはないのか?」
はっきり言って、自分がバルタサールと戦わないといけない理由なんてない。
この国で一番強いと思っているが、自分はまだ高校生だ。
国を背負って魔王と戦わなければならないなんて、超危険な罰ゲームでしかない。
そのため、伸は自分がこのまま逃げた時のことを尋ねた。
「……なるほど、それは考えなかったな。しかし、君が逃げて困るのはそっち側だけだ。僕は一向に構わないよ」
たしかに、強いと言ってもまだ魔闘師になっていない伸が国を背負って戦ういわれはない。
伸が逃げるなんて考えもしなかった。もしそうしたとしたとしても、彼を責めるような人間は、数少ない彼の実力を知っている者だけだろう。
その者たちのことを無視すれば、逃げたとしても伸が気にする必要はないかもしれない。
ただ、伸が逃げたらこの国は自分によって壊滅的なダメージを受けることになり、世界を魔人が牛耳る足掛かりの場となるだけだ。
そのため、バルタサールは本気で伸が逃げても構わないと考えた。
むしろ、逃げてくれた方が無駄な労力を消費しなくて済むだけに、勧めたいくらいだ。
「……そりゃそうか」
戦う前なので全てを理解しているわけではないが、自分を除いたこの国の魔闘師たちでバルタサールを倒すとなると、ここに集まった魔闘師だけでは全然足りない。
それならば、可能性がある自分が戦うしかないだろう。
元々逃げる気なんてなかったが、伸はその考えを完全に頭から消し去ることにした。
「新田君っ!!」
「っ!? ……悪いな! すぐに逃げろよ!」
名前を呼ばれた方向に目を向けると、伸に向かって刀が飛んできた。
控室に置いてあった刀を、持ってきてくれたようだ。
鞘に入った刀を受け取った伸は、腰に差して奈津希に感謝の言葉と退避の指示を出した。
「あいつ危ない真似しやがって……」
恐らく綾愛の刀を取りに行ったついでなのだろうが、多くの魔人がいる場所に戻ってくるなんて危険すぎる。
何にしても、欲しかった武器が手に入り、伸はこれで全力を出せると安堵した。
「じゃあ、行こうか?」
「あぁっ!」
武器が手に入れば、後はこの場から移動するだけだ。
そう考えた伸が促すと、バルタサールは嬉しそうに頷き返事をしたのだった。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる