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第11章

第285話

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「ここは俺1人で良い。あちらの方角に集まっている魔人たちの相手をしろ!」

「了解しました。ハシント様!」

 魔人のバレリオとエべラルドと対峙したまま、ハシントは遅れてついてきた部下たちに指示を出す。
 最初姿が見えない所から飛んで来る魔法に人族軍は苦労していたようだが、集団で固まって対処をするようにしたからか、魔人たちの魔法攻撃にも対応できるようになってきた。
 後は敵の居場所さえ分かれば、彼らも攻撃に移れるだろう。
 この2人は一般の兵に任せる訳にはいかないため自分が請け負い、探知に反応した魔人たちの位置を指さし、ハシントはそちらへ部下たちに行かせることにした。

「行かせ……」

「待て!!」

 的確に位置を把握しているハシントの指示に従い、人族の兵たちが仲間の所へ向かおうとしているのを黙っていかせるわけにはいかない。
 そのため、エべラルドは人族の兵を追おうとした。
 しかし、それをバレリオが制止する。

「隊長?」

「動けばこいつに斬られるぞ!」

 何故止めるのか分からず、エべラルドは不思議そうにバレリオを見つめる。
 それに対し、バレリオは冷静に理由を述べた。

「……そっちの若いのと違って、あんたは良い判断してるな」

 バレリオが言った通り、ハシントはエべラルドが動いた時の隙を狙っていたらしく、剣に魔力を集めていた。
 いつでも魔法を放って、攻撃をしかけることができる体勢だ。
 もしも、バレリオが止めていなければ、エべラルドは大怪我を負っていただろう。

「しかし……」

「あっちはあっちの人間に任せればいい。仲間を信用するんだ」

 自分が危険な状態だったことに気付いたエべラルドは、顔を青ざめる。
 しかし、このままでは人族の兵に仲間がやられてしまうかもしれない。
 それを黙って見過ごすわけにはいかない。
 エべラルドのその気持ちもわかるが、今目の前の男から目を離すわけにはいかない。
 仲間の方へ向かって行った人族の兵よりも、この男を放っておくほうが仲間にとっては危険極まりないからだ。
 そのため、バレリオはエベラルドをこちらの方に集中させようとした。

「……分かりました」

 たしかに、あっちへ向かえばこの危険な人族の男をバレリオ1人では止め切れない。
 そのため、この状況では仲間を信用するしかないため、エべラルドは頷きを返したのだった。

「1つ聞きたいのだが……、どうやって魔闘術を使えるようになったんだ?」

「「………………」」

 半年という短期間で、ゼロから魔法を使いこなせるようになった魔人たちには脅威すら感じる。
 しかも、2人も魔闘術まで使いこなせるようになっている。
 エヌーノ王国には、ハシントしか魔闘術を使える者はいない。
 小国とは言っても魔闘術の使い手が大勢いれば、大国を相手にしても勝利を治めることができる。
 そうなるためには、魔人たちがここまで成長する理由に興味が湧いた。
 そのため、ハシントはバレリオに剣を向けて問いかけた。
 しかし、当然のようにバレリオとエべラルドはその質問に答えない。
 それもそのはず、ケイというエルフのお陰だなどと答えたら、人族がケイに迷惑をかけることが目に見えているからだ。
 ドワーフ同様、ケイもエナグア王国にとって恩人となっている。
 そんなことになると分かっていて、答える訳がない。

「そりゃ答えないか……だが、所詮はにわか仕込み、そう長い時間の使用はできないだろう?」

「………………」「っ!?」

 半年で魔闘術を使えるようになったこの2人は天才と言ってもいい。
 しかし、いくら天才とは言っても、半年で自由に使いこなせるようになる訳がない。
 ハッタリ代わりにハシントが問いかけた。

「ハハ、そっちの奴は読みやすいな。顔に出ているぞ」

 経験の差だろうか、バレリオはその問いに反応することはない。
 しかし、エべラルドはそうはいかず、僅かに表情に出てしまった。
 予想通り、この2人は完全に魔闘術を使いこなせるわけではない。
 このまま、睨み合っているだけでも自分の方が勝てる可能性が高い。
 エべラルドの反応だけで、ハシントは勝利を確信し笑みを浮かべた。

「このっ!!」

 自分のせいで、不利の状況を悪化させてしまった。
 そのことで焦ってしまったのか、エべラルドはハシントへ襲い掛かった。

「青いな……。むっ!?」

 エべラルドの槍による突きを読んでいたかのように、ハシントは回避する。
 そして、回避と同時にすぐさま剣で斬りかかった。
 その剣がエべラルドを斬り裂く前に、バレリオがハシントへと攻撃を放ってきた。
 仕方がないため、ハシントはエべラルドへの攻撃を中断して、バレリオの攻撃を防ぐことにした。

「あまりうかつに攻め込むな! エべラルド」

「すいません! 隊長……」

 もしもバレリオがハシントへ攻撃をしていなかったら、剣で斬られて致命傷をっていたかもしれない。
 先程と合わせて2度目の危機に、エべラルドはバレリオに申し訳なさそうに謝る。

「2対1で互角……といったところか?」

「………………」

 先程の攻防で、ハシントはお互いの戦力を分析した結果を呟く。
 それを聞いたバレリオは、声と表情に出さずに内心でそれを否定する。
 たしかに、バレリオの経験値でエべラルドの未熟な部分を補えば、ハシントともいい勝負ができるかもしれない。
 しかし、ハシントと違い、こちらは魔闘術を維持できる時間が限られている。
 とても互角といえる状況ではない。

「……エべラルド。もしもの時は俺ごとあいつを仕留めろ!」

「っ!? なっ、何を!?」

 戦いはどのようなことが状況を変えるか分からない。
 しかし、それでこちらが有利になる機会が来るのを期待するのは虫が良すぎる。
 そうなると、最終手段は刺し違えるということ。
 そのことも覚悟しておかないと、とてもではないがこちらが勝つことはできない。
 そのため、バレリオはエべラルドに近付き小声で呟いたのだが、経験不足からそこまでの覚悟がなかったのか、その言葉に慌てたような声をあげる。

「それなら、俺が……」

「馬鹿言うな! 年功序列で俺が犠牲になるべきだ!」

 目の前の敵を倒しても、他にも人族を大量に相手にしなければならない。
 そうなったら、自分より指揮をとれるバレリオが生き残った方が良い。
 それを提案しようとしたエべラルドの言葉を遮るように、バレリオが強めに声を出す。

「それ程の相手だ! 分かったな?」

「……わ、分かりました」

 自分1人で戦っていたら、もうやられていたかもしれないような人間が相手だ。
 何かを犠牲にするくらいの覚悟は必要かもしれない。
 自分とバレリオのどちらが生き残る方が良いのか、エべラルドには吹っ切れない部分があるが、今はバレリオの指示に従うことにしたのだった。

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