上 下
279 / 375
第11章

第279話

しおりを挟む
「斥候が戻ってこない?」

「はい」

 ケイが侵入者を捕まえて数日が経つ頃、その侵入者を送りこんだエヌーノ王国の王城では、宰相の男が送り込んだ斥候部隊が戻らないという報告を受けていた。
 元々、小国なゆえに少数しか送ることができず、段階的に人を送り込むつもりだったが、まずは拠点となる場所の捜索を指示して送り込んだ者たちとの連絡が完全に途絶えた状態らしい。

「生存も確認できない状況です」

「チッ! 魔物か魔人にやられたか……」

 せめて生存さえ確認出来れば、予定通りことを進めることができるのだが、その可能性も厳しいようだ。
 この国の中で手練れの者たちを用意したはずなのだが、このような結果になってしまい、宰相の男は思わず舌打が出てしまう。
 こうなることも視野には入れていたが、最悪でも何人かは逃げ戻って来れると思っていた。
 完全に予想が外れてしまった。

「可能性としては、魔物の方が高いかと……」

「確かにあそこの魔物は調査されていないからな」

 生存も確認できないということは、殺されたか捕まったということになる。
 それができる存在となると、大陸に住む魔人族、もしくは魔物の2択だ。
 しかし、報告に来た男の言う通り、どちらかというと魔物の可能性が高い気がする。
 魔人大陸の魔物はまだ完全には調査されていないため、どのような種類がどれだけいるのか分からない。
 そこに住む魔人の者たちを攫い、奴隷化して色々な情報を得てはいるが、人の住む周辺の魔物の情報ぐらいしか手に入らない。
 だが、その得た情報からでも、言われているように強力な魔物が蔓延っていることは分かる。
 出現する魔物は、人族の大陸では上位に来る危険なものばかり、よくそんな場所で生きているものだと言いたくなる。
 しかし、自分たちも領土の拡大のためにそんな土地でも手に入れたいため、人のことは言えないといったところだ。

「どういたしましょうか?」

「予定していた第2陣の人数を増やすしかないな……」

 魔人大陸とは言っても、魔人の住んでいる地域は分散している。
 しかも、毎年多くの人間が魔物に殺されることから、どこの国も微弱にしか住人が増えていかない。
 気を付けるべきは魔物で、それさえクリアできれば住み着くことも難しくないはずだ。
 魔人に比べて、人族は数が多い。
 ある程度の場所が決まれば、後は多くの兵を送り込んで領土を拡大して行けるはず。
 何段階かに分けて人を増やしていくつもりだったが、最初に送り込んだ者たちがどうなったか分からないとなると、策を少し変える必要が出てきた。
 言われている通り魔物が強力なら、人数を増やして対処すれば成功の可能性が上がる。
 そのため、宰相の男は第2陣の増員を決めたのだった。

「数を増やして、魔人たちに気付かれたりしませんか?」

 人数を増やせば、たしかに魔物への対処は楽になるし、拠点の捜索も容易になるはずだ。
 しかしそうなると、魔物だけでなく魔人たちにも気付かれるかもしれない。
 そのため、そちらへの対処も考えなければならなくなる。

「調査の結果、魔人はドワーフの武器に頼った者しかいない。バレた所で大丈夫だ」

 魔人大陸の南に住む住人の集落の中で一番警戒するべきは、エナグアと呼ばれる国だけだ。
 場所柄ドワーフ族との関係が深いらしいが、その戦闘力は大したことがない。
 人族よりも魔力を多く有しているにもかかわらず、魔力を使うのは武器に流すだけで、性能が良すぎる武器を持ったが故の弊害が魔人たちには蔓延しているのが現状で、それがそう簡単に改善されるわけがない。
 だからこそエヌーノ国王は領土拡大に動くことを決断したのだ。
 魔人たちに気付かれるとしても、その時には対応できるだけの人員を送り込んだ状態だ。
 臆する程の相手ではない。
 問いかけてきた男に対し、宰相の男は自信ありげに答えた。

「そのためにも、増員用の選別を急げ」

「了解しました」

 宰相の指示を受け、報告に来た男はすぐさま行動に移った。
 もうこの侵攻には多くの人と資金を投入しているため、今更引き返すことはできない。

「成功する以外この国に道はない……」

 山に囲まれた小国。
 何の資源もなく、領土拡大のために山を切り崩せば、他国が侵入するのを助けることになるだけ。
 八方ふさがりの状態で、唯一生き残る可能性があるとしたら他大陸への侵攻。
 その目標が魔人大陸。
 成功すれば、領土拡大を図り、人族大陸の大国に並べるほどの領土を得られるはず。
 そんな期待を持ちながら、宰相の男は大陸へと攻む込算段を再検討し始めたのだった。






「という訳で、第2陣が来る可能性があります」

 いつもの訓練の休憩中、ケイはバレリオから再度報告を受けていた。
 ケイが捕まえた斥候部隊の者から、更なる情報を得ることができたとのことだ。
 エヌーノ王国の宰相は、魔人たちが捕まえたという可能性を排除していたが、そう考えるのも仕方がない。
 斥候の者たちが上陸した場所は、エナグア王国からは離れている。
 ケイさえいなければ、発見される可能性は極めて低かったからだ。

「どうしましょうか?」

「そのまま放置で良いんじゃないか?」

 どうやら続々と人を送り込み、気付いた時には魔人ではどうにもできない状況に持ち込もうという作戦らしい。
 バレリオたちからすれば、来るたび倒せば被害も少なくできるかもしれないと思っているようだが、ケイは少し考えが違う。

「どうしてですか?」

「奴らがある程度作り上げた時に崩した方がダメージは大きいだろ?」

 意図が分からずバレリオが問いかけると、ケイはこともなげに答えた。
 折角積み上げたものをあっという間に壊されれば、相手にとっての精神的ダメージは大きい。
 小国が侵攻を計るということは、何かしら切羽詰まった状態なのだろう。
 計画の後戻りができない状態まで資金と労力を使わせ、破れかぶれの状態にすれば、訓練した魔人たちの相手ではなくなるだろう。
 魔人たちが勝利すれば、エヌーノ王国なんて小国が生き残っていけるはずがない。
 小国とはいえ国が潰れれば、魔人たちを脅威に思う人族の国が増えるはず。
 恐らくドワーフ王国の王太子のセベリノは、そこまで企んでいるのではないだろうか。
 何気に腹黒な気がするが、セベリノの思いも分からなくはない。
 いつまでもドワーフの保護を受けている状況では、魔人たちの未来は今と変わらない。
 無人島を、たった1人で国と認められるまでところまでにしたエルフ。
 彼のように自分たちで繁栄を勝ち取ってほしいという思いから、今回ケイに協力を求めたのだろう。

「さぁ、訓練を続けようか?」

「はい!」

 魔力には色々な利用法があると知ったからか、ケイが指導している魔人たちは魔力操作の楽しみを知ったようだ。
 今までも努力をしていたが、懸命なだけで楽しみなんてものはなかったのだろう。
 それが今では生き生きとしているように見える。
 それを感じ、ケイは自信を深めている。
 この戦いはきっと勝てると。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

【R18】World after 1 minute 1分後の先読み能力で金貨100万枚稼いだ僕は異世界で奴隷ハーレムを築きます

ロータス
ファンタジー
死んだでもなく、女神に誘われたでもなく、気づいたときには異世界へと転移された僕こと小川 秀作。 鑑定もなければ、ステータスも開かない、魔法も使えなければ、女神のサポートもない。 何もない、現代でも異世界でもダメダメな僕が唯一使えるスキル。 World after 1 minute。 1分後の未来をシミュレーションできるスキルだった。 そして目の前にはギャンブルが出来るコロセウムとなぜか握られている1枚の金貨。 運命というにはあまりにあからさまなそこに僕は足を踏み入れる。 そして僕の名は、コロセウムに轟くことになる。 コロセウム史上最大の勝ち金を手に入れた人間として。

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

強引に婚約破棄された最強聖女は愚かな王国に復讐をする!

悠月 風華
ファンタジー
〖神の意思〗により選ばれた聖女、ルミエール・オプスキュリテは 婚約者であったデルソーレ王国第一王子、クシオンに 『真実の愛に目覚めたから』と言われ、 強引に婚約破棄&国外追放を命じられる。 大切な母の形見を売り払い、6年間散々虐げておいて、 幸せになれるとは思うなよ……? *ゆるゆるの設定なので、どこか辻褄が 合わないところがあると思います。 ✣ノベルアップ+にて投稿しているオリジナル小説です。 ✣表紙は柚唄ソラ様のpixivよりお借りしました。 https://www.pixiv.net/artworks/90902111

私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。 クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。 アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。 ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。 クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。 *恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。 *めずらしく全編通してシリアスです。 *今後ほかのサイトにも投稿する予定です。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

ミュージカル小説 ~踊る公園~

右京之介
現代文学
集英社ライトノベル新人賞1次選考通過作品。 その街に広い空き地があった。 暴力団砂猫組は、地元の皆さんに喜んでもらおうと、そこへ公園を作った。 一方、宗教団体神々教は対抗して、神々公園を作り上げた。 ここに熾烈な公園戦争が勃発した。 ミュージカル小説という美しいタイトルとは名ばかり。 戦いはエスカレートし、お互いが殺し屋を雇い、果てしなき公園戦争へと突入して行く。

清純Domの献身~純潔は狂犬Subに貪られて~

天岸 あおい
BL
※多忙につき休載中。再開は三月以降になりそうです。 Dom/Subユニバースでガラの悪い人狼Sub×清純な童顔の人間Dom。 子供の頃から人に尽くしたがりだった古矢守流。 ある日、公園の藪で行き倒れている青年を保護する。 人狼の青年、アグーガル。 Sub持ちだったアグーガルはDomたちから逃れ、異世界からこっちの世界へ落ちてきた。 アグーガルはすぐに守流からDomの気配を感じるが本人は無自覚。しかし本能に突き動かされて尽くそうとする守流に、アグーガルは契約を持ちかける。 自分を追い詰めたDomへ復讐するかのように、何も知らない守流を淫らに仕込み、Subに乱れるDomを穿って優越感と多幸感を味わうアグーガル。 そんな思いを肌で感じ取りながらも、彼の幸せを心から望み、彼の喜びを自分の悦びに変え、淫らに堕ちていく守流。 本来の支配する側/される側が逆転しつつも、本能と復讐から始まった関係は次第に深い絆を生んでいく――。 ※Dom受け。逆転することはなく固定です。 ※R18パートは話タイトルの前に『●』が付きます。なお付いていない話でも、キスや愛撫などは隙あらば挟まります。SM色は弱く、羞恥プレイ・快楽責めメイン。

処理中です...