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第10章

第248話

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 西の領地を任されている綱泉家。
 その有名な大名家が住んでいるのが、奧電の町の北にある同竜城と呼ばれる城だ。
 その周囲を、奥の兵が囲っている。
 しかし、どこの兵も出世目当てで我先にと城へ攻め込もうとしたのだが、城から解き放たらえた魔物に多くの兵が散っていっていった。
 招集された八坂が死招集した兵と共に戦場へ向かうと、日向の兵たちが城の周りにいる数体の魔物と戦っていた。

「……アスプか?」

 連合軍の兵が戦う姿を、離れた場所からケイは見つめた。
 ケイが呟いたように、兵たちが戦っているのはアスピといわれているコブラに似た蛇だ。

「このっ!!」「おりゃー!!」

 数人の兵士が、魔力を纏って魔物へと斬りかかる。

「クッ!!」「速いっ!!」

 兵たちが刀で斬りかかるが、その攻撃は空を斬る。
 その魔物は俊敏で、跳ぶように戦場を動き回っている。
 その動きに付いて行けない兵たちは、必死に魔物の姿を追いかける。

「シャッ!!」

“カッ!!”

 動き回っていた魔物は、一旦止まると兵たちに視線を向ける。
 そして、その魔物は気合のような声と共に、兵士たちへ向けた眼が一瞬光る。

「くっ!?」「何……を……」

 魔物が動きを止めたのを好機と思い、距離を一気に詰めていたのだが、その眼を見てしまった兵たちは何故か動きが鈍っていく。
 そして、そのまま兵たちはバタバタと倒れ、そのまま眠りについてしまった。

「睡眠眼か!?」

 仲間が急に眠りについてしまったことで、蛇が何かしたことに気付いた。
 魔物の中には特殊な眼を持つ者がいて、その中には視線だけで眠らせてしまう場合がある。
 この魔物は、その特殊な眼を持っているようだ。

「この野郎!!」

「あっ!?」「おいっ!!」

 魔物のすぐ側で眠りについてしまった仲間を救い出そうと、血気に逸った者がいる。
 それを止めようと、数人が続くように追いかける。

“ボカンッ!!”

「「「「「っ!?」」」」」

 アスプは、尻尾を振って眠りについた兵を、駆け寄る集団に向かって吹き飛ばす。
 飛んで来る仲間をそのまま避ける訳にはいかないため、兵たちは受け止めようと試みる。
 しかし、人間ほどの物体が高速で飛んで来た時の衝撃はとんでもなく、受け止めた者たちもそのまま吹き飛ばされる。
 そして、飛んできた者が救おうとした兵たちを巻き沿いにして、2、3人下敷きにした。
 全員が衝撃によって気を失ってしまい、そのまま動かなくなった。

「くそっ!!」

“ボワッ!!”

「ぐあっ!?」「なっ!?」「毒……!?」

 戦っているアスプは一匹ではない。
 基本アスプは、番で行動する魔物だ。
 つまり、もう一匹が近くで他の兵と戦っている。
 どっちが雄だか雌だか分からないが、それは別に関係ない。
 睡眠眼を使った方とは別のアスプが、口から緑色した息を吐きだす。
 至近距離で戦うしかない日向の兵たちは、危険を感じたのかそれを躱そうとするが僅かに吸ってしまう。
 そして、それを吸ってしまった者たちは、血を吐き出して崩れ落ちて行った。
 その結果から分かるように、緑色の息は毒の息だった。






「あれの相手はきついな……」

 日向の兵士たちが戦っているのを遠くから眺めていたケイは、独り言のように呟く。
 斬りかかっている兵の実力は低くない。
 それは魔闘術を使える時点で分かっていることだが、やはり遠距離攻撃をできる者がいないようだ。
 出来ないというより、やらないの方が近いのかもしれないが、睡眠眼なんてものがあるのでは戦う上ではかなりきつい。

「ケイ殿ならどう戦いますか?」

 ケイが呟いたのを隣で聞いていた八坂は、アスプと戦うための方法をご教授願おうとした。
 自分たちも、今戦っている兵士と大差がない実力の持ち主たちだ。
 同じような末路になる映像が頭をよぎった。

「睡眠眼と毒の息は危険ですね。しかし、魔闘術を使える日向の剣士たちなら、対処法はあります」

「左様ですか!?」

 至近距離で戦うしかない日向の兵では、死地へ飛び込まなくてはならないことになる。
 息を止めて一瞬だけ迫り、攻撃をして退くという戦法もあるが、あのアスプの俊敏性では捕まえきれないだろう。
 そうなると、誰かを犠牲にして他の者が攻撃をするという手段しかない。
 八坂も恐らくそのような方法を考えたのだが、実行に移すには非情にならなければならない。
 その決断ができるか悩ましく感じた所に、対処法があると言ったケイに強く反応した。

「顔を布一枚纏うようにして魔力の壁を作ります。そうすればあの程度の睡眠眼と毒は防げるでしょう」

「それはかなり難しいのでは?」

 もっと言えば、魔力を眼鏡とマスクのようにして毒と睡眠を防ぐのだが、イメージが重要なので、ケイは顔全体を覆うことを勧めた。
 しかし、どちらにしてもかなりの魔力コントロールが必要になって来る。
 魔闘術の上に、更にもう一枚魔力を覆うとなると慣れていないと言われてすぐにという訳にはいかない。
 そのため、八坂は全員がそれをやるのは難しいと判断した。

「かなりの練度が必要かもしれませんね。しかし、練習している時間はありません」

 魔闘術を使えるということは、魔力コントロールがかなりのものということ。
 それでも難しいのは、言っているケイも承知の上だ。
 だが、魔力を体から離すことは練習不足、というか全然していない日向の兵たちでももう一枚自分の身に纏うということはできるはずだ。

「ゆっくりでも魔力膜を覆ってから戦うのが最適でしょう」

 魔闘術が使えるとは言っても難しいかもしれないが、多少の時間をかければ恐らく日向の人間は使える。
 体から離す訳ではないので、維持することの方は難しくはないはずだ。
 数人が遠くからアスプの気を引いているうちに、顔に魔力を覆い。
 それができた者から攻めかかっていけば、なんとかできるかもしれない。

「それも、アスプに追いつける者を優先した方が良いでしょう」

「なるほど……」

 年齢的には近いが、八坂とケイでは魔物と戦っている経験が確実に違う。
 ケイの魔物を見抜く目と、その対策方法を聞いて、八坂は理解と感心ように頷いた。

「ケイ殿の策を他に伝えてきてもよろしいでしょうか?」

「いいですけど……どちらへ?」

「兵を指揮している者の所へ」

 自分の所の兵を減らさないようにしたいのは、他の領地の者たちも一緒だろう。
 だから、きっとこの方法を聞けば喜ぶはず。
 他領の兵だからといって、黙っていて犠牲者を量産する訳にはいかない。
 八坂はケイから了承を得て、そのまま指揮をとっている者がいると思わしい集団の方へと向かって行ったのだった。

「甘いな……」

 ケイは、策を教えずにいても犠牲になるのは他領の兵なのだから、放って置いて手柄を横取りできる機会を窺うのも有りだという思いがあった。
 他領の者よりも、ケイとしては妻とのつながりのある西の領地。
 そこを重視した戦いを考えてしまうが、八坂はそうではないようだ。
 ここの領地のことも気になるが、他領の兵でも命は大切だという思いが強いのかもしれない。
 そんな八坂が、自分には利がないことをしに行ったのを見て、ケイは仕方がないと言ったように笑みを浮かべながら呟いたのだった。

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