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第10章

第238話

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「この、蛇野郎が……」

「グルル……」

 なんとか立っている状態のケイは、フラフラしながらファーブニルに悪態を吐く。
 ケイの言葉を理解しているのか、もしくは悪口を言われていることに気付いているのか、ファーブニルはケイを睨みつける。
 
「ガァッ!!」

 動きが緩慢になっているケイ相手に、ファーブニルは野性の勘でも働いたのか近付こうとしない。
 そして、ケイから少し離れた場所から、またも水弾を放とうと口を大きく開いた。

「フゥ~……」

 ファーブニルの様子を見て、何を思ったのかケイは目を瞑る。
 立っているのがやっとで、逃げ回ることも出来ないことから、もしかしたら戦う事を諦めたのだろうか。

「ガァッ!!」

“ボッ!!”

 ケイが動かないことに勝利を確認したのか、ファーブニルは余裕を持って水弾を発射した。

「っ!!」

“フッ!!”

 水弾が迫り来るのを感じ取ったのか、ケイは瞑っていた目を開く。
 そして、その次の瞬間、転移の扉を出現させ、すぐさまその扉の中へと飛び込んだ。

「っ!?」

 今しがた水弾を放った事で勝利を確信したのに、そのケイが目の前に現れたことにファーブニルは目を見開く。
 ケイが転移した先は、水弾を放ったばかりで口を開いたままの状態でいるファーブニルのやや上空だ。
 左手は折れているので、片腕だけだが仕方がない。
 ケイは残った右手に持った銃に、魔力を集める。

「食らえや!!」

「っ!?」

“ドンッ!!”

 ファーブニルが口を閉じる前に、ケイは溜めた魔力で魔弾を放つ。
 その魔弾はファーブニルの口の中へと侵入し、そのまま喉の奥を突き破って風穴を開けた。
 それによって大量の血を巻き散らし、ファーブニルの目から光が失われる。
 糸が切れた人形のように、ファーブニルは地面に崩れ落ちた。

「ヤバッ!! いでっ!!」

 怪我と疲労で、着地のことを考えていなかったケイは、地面ギリギリで風魔法を使い体を浮かせようとする。
 しかし、落下速度を抑えることに成功はしたが、着地をするのことには失敗し、ケイは地面に体を打ちつけた。

「イテテテ……」

 着地に失敗し、特に尻を強かに打ちつけたケイは、尻をさすりながら体を起こす。
 そして、回復薬を飲んで一息ついた後立ち上がる。
 戦闘で転移を使うのは、結構賭けに近かった。
 集中力が必要な転移を、攻撃が迫る中発動するのは、一歩間違えれば失敗して発動せず、先程の場合だとファーブニルの水弾が直撃していたかもしれない。
 しかも、出した転移扉は転移中には消すことができない。
 つまり、転移中に水弾が転移扉を破壊したら、ケイは異次元空間に入ったままになり、元の世界に出て来れるか分からないことになったかもしれなかった。
 成功する自信はあったが、賭けには勝てた。

「……追わないと」

 ファーブニルとの戦いで、魔力を相当に消費してしまったが、回復するのを待っている時間はない。
 坂岡源次郎が、八坂を逃がすまいと追いかけて行っていた。
 もしかしたら、町に着く前に追いつかれてしまう可能性がある。
 そうなった場合、八坂を守るのにキュウだけでは対応しきれないかもしれない。
 そのため、ケイは美稲の町へ向かうことにしたのだった。



 
◆◆◆◆◆

「っ!? 坂岡!」

 ケイがファーブニルと戦っている時、美稲の町へと逃げる美稲たちの前に、源次郎たちが回り込んで来た。
 背後からは、ケイにだいぶ減らされたとは言っても結構な人数いる、剣術部隊の者たちが追って来ている。

「ハァ、ハァ……、何とか追いついた」

「くっ!! あと少しだというのに……」

 息を切らす源次郎とその側近たち30人程は、ここまでの猛ダッシュで息を切らしている。
 美稲の町へはあと少しで着くというのに、このままでは八坂たちは挟み撃ちにされてしまう。
 キュウが殿を務め、背後からくる敵を遅らせているとは言っても、ケイがいない状況で挟まれたら、もう成す術がない。

「ハァ、ハァ、ここならまだ我々が殺ったとは思わないだろう。お前たち、殺れ!」

「「「「「はっ!!」」」」」

 巨大蛇の出現によって、避難した町人たちは東門の方へと集まっていることだろう。
 そのため、こちらの西門の方に人はそれ程残っていないだろう。
 残っていたとしても、街道沿いの樹々によってここにいる人間たちを見ることは難しい。
 つまり、源次郎にとってここが最終ラインだった。
 間に合ったことに安堵しつつ、源次郎は部下たちに八坂の殺害の指示を出す。
 それを受け、部下たちは抜刀して八坂たちへ斬りかかる構えを取った。

“バッ!!”

「っ!? お前たち!?」

 敵が構えを取ったのと同時に、八坂の部下たちが八坂の前へと立ち塞がる。
 みんな所々怪我をしていて、とてもではないが目の前の源次郎の剣士たちには勝てるとは思えない。
 そのため、八坂は彼らが何をするつもりなのか考えあぐねた。

「八坂様、我々が血路を開きます! そのうちに町へお逃げください!」

「なっ!? しかし……」

 どうやら彼らは、命と引き換えに八坂を逃がすつもりのようだ。
 そのことに、八坂は驚き戸惑う。

「チッ!! お前ら! やらせるな!!」

「「「「「はっ!!」」」」」

 彼らの狙いを察した源次郎は、早々に八坂の始末を指示する。

「くっ!! お早く!!」

「く……っ!! すまん!!」

 刀を構えた源次郎の部下たちが、こちらへ向かって斬りかかってきた。
 それを、八坂の部下である比佐丸たちは、残りの魔力を駆使して鍔迫り合いの状態に持ち込み、どうにか敵を抑え込む。
 そして、明らかに比佐丸たちの方が余裕がないのを見て、考えている時間がないと判断した八坂は、彼らが作り上げた道を走り出した。

「っ!! 逃がすか!!」

 街道のすぐ側の樹々の中へ入り、源次郎を避けるように遠回りして美稲の町へと向かおうとした八坂だが、源次郎が刀を抜きつつ追いかけ斬りかかった。

「くそっ!! どけっ!!」

 源次郎の方が足が速く、斬りかかられた八坂は攻撃を躱すために足を止めざるを得なかった。
 折角部下たちが開いた道だというのに、これでは部下たちに申し訳が立たない。
 八坂は何としてでも美稲の町へと向かうべく、源次郎と戦うことを選択する。

「おっと! 残念だが諦めな! おまえじゃ俺には勝てない!」

 源次郎に言われなくても、そのことは八坂も理解している。
 剣術部隊という優秀な集団を束ねる源次郎に、八坂が今この状況で勝てると言ったら、年齢くらいの者ではないだろうか。
 しかし、部下たちのためにも、日向西地区のためにも、このまま上重の好きにさせる訳にはいかない。
 美稲の町に逃げられさえすれば、今回の悪事が知れ渡り、将軍家による沙汰が下るはずだ。
 そのために、何としても源次郎から逃げ切らなくてはならない。
 別に斬り勝たなくても、逃げることを重視すれば可能性があるはずだ。
 そう思い、八坂は源次郎へと斬りかかる。

「……なるほど、勝つことより逃げを選ぶか?」

「くっ!!」

 八坂の攻撃を躱した源次郎は、たった一回の攻撃で八坂の狙いに気が付いた。
 とても自分に怪我を負わせられると思っているような攻撃ではない。
 ジワジワと源次郎と対峙する距離を開けている様にも見える。
 それでは、さすがに気づかれるのも仕方がない。

「逃げの一択とは……、貴様それでも日向の剣士か!?」

 日向の剣士は近接戦闘のみを鍛える。
 それは遠距離攻撃が苦手だというのもあるが、それよりも、どんな敵にも向かって行くことが勇者だとされているからだ。
 その考えを源次郎は利用する。
 逃げることは剣士として恥以外何物でもない。
 年を取ると頑固になるのは、この国でも同じだ。
 年下の源次郎にこのようなことを言われて、八坂は逃げることができにくくなったはずだ。

「……おのれ!!」

 案の定、煽りに乗ってしまった八坂は、源次郎へと斬りかかってしまう。

「馬鹿が!!」

“ドカッ!!”

 思った通りの行動に出た八坂に、源次郎は余裕を持って対応する。
 逃げるか、戦うか迷った剣だからか、源次郎は八坂の剣を簡単そうに受け止める。
 そして、がら空きの八坂の胴に向かって回し蹴りを叩きこんだ。

「ぐあっ!!」

「終わりだ!!」

 蹴られて少しの距離を飛ばされた八坂は、腹を抑えながらう蹲る。
 その状態の八坂に向かって、源次郎は右手片手突きを放つべく、地を蹴ったのだった。

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