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第10章

第226話

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 まだケイが美花と暮らし始めたころ、美花は色々話してくれた。
 その時のアンヘル島には、ケイと美花以外の人間が存在しないと分かったからだろう。
 追っ手の恐怖から逃れたことで、安心感から話したのだと思う。

「織牙?」

「そう! それが父の家名」

「母は大陸で言う所の大貴族。それが下級貴族と駆け落ちしちゃったの」

「へ~……」

 軽い口調で言うが、両親を思いだしたのか美花は少し悲しげな表情になった。


 その時はそれ以上踏み込めなかったが、夫婦になったら時折酔った美花から両親のことは聞いていた。
 まさか、美花の両親の駆け落ちが今も尾を引きずっているとは思わなかった。

 続柄的に、善貞は美花の従甥に当たる。
 善貞も、まさか、大叔父の子がエルフ一族の一員になっているとは思わないだろう。
 美花がケイと結婚したことで、織牙家の直系は善貞のみとなる。
 ケイとしては美花に出会え、結婚するきっかけを作ってくれた義父母の駆け落ちに感謝していたが、善貞からしたら迷惑な存在なのかもしれない。
 会った事もない、義理の父と母がかけた迷惑だ。
 ケイとしては、息子の自分がその償いをするべきだろう。
 せめて、善貞を死なせないようにしたいと決めた。

「お前魔闘術覚えたいんだったよな?」

「あぁ……」

 善貞が織牙の人間だと確定していなかったので、ケイも本気で魔闘術を教えるつもりはなかった。
 しかし、確定した今では、身を守るために教え込まなければと思っている。

「とりあえず使えるように指導しよう」

「俺としてはありがたいが、どうして教えてくれる気になったんだ?」

 八坂と上重の争いが武力による衝突になるのかは分からないが、とりあえず魔闘術を教えることにした。
 しかし、ケイの態度が変わったことに、善貞の方は首を傾げる。
 最初に言っていたように、ケイがわざわざ教える義理などなかったはずだ。

「……なんとなくだ」

「…………まぁ、良いか」

 善貞の質問に、ケイは本当のことが言えず、適当に答えることになった。
 その答えに善貞は訝しむが、魔闘術を教えてもらえるのだから良しとすることにした。

「じゃあ、明朝近くの森に行こうか」

「あぁ」

 美稲の町の近くには森があり、動き回ったりするのにはちょうどいいと思ったケイは、善貞を連れてそこへ向かうことにした。
 そして、もう夜も遅いことだし、ケイは寝ることにした。
 身元がバレてしまったので、善貞も今更逃げることは意味がないと思ったのか、布団に入って眠りについた。





「さてと、まずは魔力のコントロールがどれほどか見せてくれ」

「分かった」

 翌朝森に付いたケイたちは、早速訓練を開始した。
 魔闘術を使いこなすのは、何といっても魔力のコントロールがものを言う。
 ケイが猪の群れと戦う時に見ていたので、善貞もそのことは分かっている。
 それからそんなに経ってはいないが、密かに練習しているのは何度か見ていた。
 なので、それがどれだけできるようになっているのか見てみることにした。

「ぬんっ!」

『…………まあまあかな?』

 善貞が言われた通りに体内の魔力を動かしているのを、キュウとクウを撫でながら見ていたケイは、内心では及第点を付けていた。
 ケイの戦う姿を見るまでどういう指導を受けて来たのか、善貞は魔力のコントロールは結構出来ていた方だった。
 この数日の練習も合わせて考えると、短時間なら魔闘術を使えるかもしれない土台ができていた。

「お前、武術の訓練は誰に教わったんだ?」

「えっ? 親父に基本だけ教わったくらいかな?」

 刀は使わないと言っても、美花を見てきたケイとしては、ある程度実力の程は分かるつもりだ。
 魔闘術なしで猪を倒した実力からいって、善貞の剣の実力はある方だと思う。

「そうか……」

 質問の答えを聞いたケイは、顎に指を当てて考え込み始めた。

『……美花も島に着いた時はこんな感じだったし、日向の人間はレベルが高いのか?』

 亡くなった善貞の親父さんの教え方が美味かったのか、それとも実力が高かったのか、今でも十分な実力だと思う。
 ケイの友人である獣人王国のリカルドのような化け物と戦うのでなければ、そう簡単に後れを取ることはないだろう。
 しかし、念には念を入れておいた方が良い。

「じゃあ、魔闘術を使って見よう」

「えっ? 俺もう出来るのか?」

 いきなりの魔闘術使用発言に、善貞は驚きを隠せない。
 ケイには助言を少しされたりしていたが、ほとんど一人で練習していただけだったからだ。

「親父さんに感謝しろよ。基本を叩きこまれていたのが功を奏したのか、短時間ならお前も魔闘術を使えるかもしれない」

「本当か?」

「あぁ」

 自分が魔闘術を使える可能性があると聞いて、善貞は喜ぶ。
 そして、早速体内の魔力を全身に纏うようにコントロールしていく。

「ぐっ!? ハァ、ハァ、ハァ……」

『遅いし短かいな……』

 たしかに、魔力のコントロールによって、善貞の全身に薄い膜のような魔力を纏うことができた。
 拡大解釈すれば、善貞は一応魔闘術を使えたということにはなる。
 しかし、ケイの内心からすると、実戦では使えるレベルではなかった。
 魔力が全身を覆うまでの速度が数秒かかっているうえに、それを維持するのが1分ほどしかできなかった。
 これでは魔闘術を使う前に敵に襲い掛かられるし、1分以内に敵を倒さなければならないことになる。
 使えるとは言っても、それでは話にならない。
 しかも、それは止まった状態での速度と時間だ。
 敵が向かって来るのを数秒待ってもらえるわけもないし、動きながら維持するのはかなり難しいため、1分も維持できないだろう。

「まだまだだな……」

「……これ以上はどうしたらいいんだ?」

 切れた息を整え、ようやく口が利けるようになった善貞も、ケイの言っていた意味が分かり、まがりなりにも魔闘術を使えたことを喜びはしなかった。
 実戦で使える程でなければ、自信を持って使えると口にはできないと思っているのだろう。

「う~ん、ちょっと無茶するか……」

「えっ?」

 ケイの口から出た不穏な言葉に、善貞はわずかにたじろぐ。

「これから俺がお前の魔力をコントロールする。その感覚を覚えろ!」

「分かった! ……けど、そんなことできるのか?」

 魔闘術が早く上達するのなら、善貞からしたら断わる理由はない。
 しかし、自分の魔力をコントロールするのも難しいのに、他人の魔力をコントロールするなんて、そんなことができるのか信じられない。
 そのため、思わずケイに問いかけてしまった。

「俺を舐めんなよ。そんなの朝飯前だ」

「そ、そうか……」

 朝飯前は言い過ぎだが、魔力のコントロールの才はエルフは全人種の中で一番だ。
 つまり、ケイほどの才能の持ち主なら、この程度できないことはない。

「言っておくけど、これやった後だと、さっきよりもひどい疲労が襲って来ると思うから、気をしっかり持てよ」

「えっ? あ、あぁ……」

 自分の実力以上に魔力を動かすとなると、血管のように体中を流れる魔力の通り道に、かなりの負荷をかけるということになる。
 体内の魔力を自分でコントロールしようとすると、無意識にブレーキをかけてしまって速度が出なくなる。
 これは反復練習によって次第に速度を上げていけばいいことなのだが、八坂と上重の争いが武力衝突になるか分からない。
 間に合いませんでしたでは話にならない。
 なので、体で覚えてもらうことにした。

「行くぞ!? ハッ!」

 正面に立ち、ケイは善貞の胸に手を当てると、一気に体内の魔力を掌握する。
 そして、強制的に魔闘術の状態へと持って行った。

「ぐあっ!?」

 ケイが自分で魔闘術をかける速度よりかは遅いが、それでも実戦で使えるレベルの速度で発動したことで、善貞の体内にはかなりの負荷がかかったのだろう。
 その不可に思わず善貞は呻き声をもらす。

「これが実戦で使える速度だ。これをまずは止まった状態で出来るようにならないとな……って、聞こえてないか?」

 ケイが善貞の魔力への干渉をやめると、善貞はゆっくりと地面に座り込み、そのまま俯いて動かなくなっていた。
 恐らく気を失ってしまったのだろう。
 説明をしていたケイだったが、それに気付いたため、話すのを中断したのだった。


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