上 下
147 / 375
第7章

第147話

しおりを挟む
「フッ……、馬鹿で助かった」

 時間は遡り、父であるベルトランを城から出ないように仕向けたサンダリオは、王族用の脱出路から何の妨害もなく城の外へと抜け出した。
 そして、自分の嘘をまんまと信じたベルトランのことを、蔑むように呟いた。
 サンダリオが出た場所は、城のすぐ近くにある墓地。
 その中でも、端の方にある古びた墓の下が通路に繋がっていたのだ。

「これで完璧だな」

 外に出たばかりのサンダリオは、すぐにその墓を破壊し、その瓦礫で通路の出口を塞ぐ。
 地下へと向かった父はともかく、城内に入った敵もこの通路のことをすぐに発見するだろう。
 追いかけて来られたら迷惑なので、とりあえず破壊しておいた。
 もしかしたら父のベルトランも逃げてくるかもしれない。
 それが分かっているのに、平気で通路を塞いだのは、完全に父を外へ出させないつもりだ。

「さて、行くか……」

 追っ手の可能性を潰したサンダリオは、安心して次の行動に移ったのだった。





「サンダリオ様!?」

「皆、集結ご苦労!」

 城の門付近には、王都内に散らばっていた兵たちが1ヵ所に集結していた。
 そこに、城内にいたはずのサンダリオが姿を現した。
 集まっていた隊長格の者たちは、膝をついて頭を下げる。
 それに対し、サンダリオは手を上げて応える。

「よくぞご無事で……」

 サンダリオの服は返り血を浴び、埃と土で汚れている。
 折角の豪華な服装がもったいない気もするが、それを見ただけで城内では激しい争いが起きているのだと兵たちは理解した。
 そんな中から出てきたサンダリオに対し、懐疑的な思いをしている者がほとんどだ。

「父が自ら囮になって隠し通路から逃がしてくれた。私だけでも逃げろと……」

 兵たちのその思いは理解できる。
 女遊びにばかりかまけ、これまで兵たちとの交流はほとんどない。
 そんなサンダリオを、王太子としてどうなのかと思っている者は多い。
 そして、そう思われているということもサンダリオ自身理解している。
 なので、平気で嘘をつく。
 自分で囮にしておいて、勝手にベルトランが囮を買って出たということにした。
 その方が、脱出できた理由としてすんなり理解されると思ったからだ。
 それをさも本当のように、そして悔しそうに話した。

「これより私は父の代理として指示を行う! しかし、私は荒事に関しては無知だ。意見を頼む」

「了解しました!」

 どうやら、サンダリオはペテン師としての才があるようだ。
 このように言えば、脳筋が多い兵たちは上手く乗ってくれるだろうと、自分を卑下して協力を求める。
 救ってくれた父のために、今までの行いを反省した王太子と言う姿を見せた方が、彼らは都合よく動いてくれると思っての発言だ。
 その考えは上手くいき、兵たちはベルトランの救出の指示権をサンダリオに任せることにした。

『これであの狸を終わらせる……』

 内心、サンダリオは父のベルトランを救う気はない。
 自分の好き勝手に国を動かしたいと思っているサンダリオは、ずっと父を亡き者にするチャンスを窺っていた。
 父が自分を見る目で期待していないことは理解していた。
 そのため、他に子をもうけようとしていることを察知し、実は密かに暗躍していた。
 王妃だった母はなくなっており、子ができるとしたら側室たちになる。
 警備が厳しく王に毒を仕込むことはできないが、側室たちに弱い毒を仕込む事ぐらいは可能だ。
 子ができないように、定期的に毒を飲ませていたことが功を奏し、子ができることはなかった。
 実は、サンダリオは叔父の死にも関係している。
 子ができないことに焦りを覚えたのか、父は叔父に結婚を進めていた。
 その頃はまだクズの判定はされていなかったが、仲は完全に冷えきっていた。
 サンダリオが王になるには、叔父はきっと邪魔になる
 そう思ったサンダリオは、暗殺者を使って、叔父を密かに暗殺するように仕向けた。
 金を摘んだだけあり、彼らは上手いこと叔父を体調悪化による死と思わせることに成功した。
 これで邪魔なのは父だけ。
 この機会は逃せない。
 その思いを表に出さず、サンダリオは兵たちに指示を出し始めた。

「セブリアン! 城内へ攻め込む前に、誰も出させないようにもっと周囲を包囲しろ!」

「はい!」

 はっきり言って、もう攻め込むには十分の包囲はできている。
 しかし、サンダリオは無駄に時間を使って突入時間を遅らせようとする。
 その方がベルトランが殺される確率が上がるという考えからだ。

「んっ? あれは!?」

 時間稼ぎは上手くいったようだ。
 周囲の包囲が強化されたと同時に、城のバルコニーにベルトランを連れた獣人が姿を現した。
 その横には、容姿が整った耳の長い男が立っている。
 あれが噂のエルフだろう。
 男に興味のないサンダリオは、エルフが高価値があろうとも興味が無い。
 繁殖の研究をしたいという思いはなくはないが、時間と金をかけて成功しても、資金稼ぎができるからと言って、自分が楽しむときにはもう男として不能の状態では何も面白くない。
 なので、エルフの捕獲なんてする気はない。

「おのれっ!!」『よしっ!』

〔薄汚い獣どもよ! 我が父上を解放しろ! 今なら命までは許してやってもいい!〕

 心の中では、父を捕まえた獣人とエルフを褒めつつ、周りの兵の目を気にして悔しそうに呟く。
 そして、すぐさま拡声の魔法で父の解放を求めるように叫ぶ。
 あの2人も、この状況では逃げることはできないと分かっている。
 父を殺害して自分たちも自害が奴らの考えだろう。

〔これより獣人王国カンダルボスが同盟国、エルフの国アンヘル王国への侵略行為をおこなったリシケサ王国のトップであるベルトラン・デ・リシケサの処刑をおこなう!!〕

 なので、獣人たちがサンダリオの言葉を無視してきたのは予想通りだ。
 しかし、疑問が浮かぶ。
 自害覚悟にしては、攻め込んだ人間の地位が高い。
 王自ら攻め込むなんて、なんて馬鹿なことをしているのだろうか。
 この国と違い、ちゃんとした後継者がいるのだろうか。
 という思いが湧いてくるが、

「エルフの国……?」

 この言葉が気になる。
 父が攻め込ませて失敗した島は、もう国として成り立っているのかと思うのと同時に、わざわざ研究しなくても、そのうちエルフは数が増えるということだろう。
 わざわざ捕獲に行く意味なんてなかったのでは2だろうか。
 それどころか、良好な関係を築いて密かに攫って来た方が楽なのではないだろうか。

『馬鹿親父が……、完全に失敗したな』

 父の策略の失敗によって、未来の儲けがなくなった。
 そのことについては、とりあえず置いておいて、

〔そんなことをしてみろ! この包囲された状況で逃げ切れると思うなよ!〕

 一応言い返すが、予定通りさっさと父を殺してもらいたい。
 この状況で脅すなんて、交渉としては最悪なのは分かっているが、サンダリオとしては当然の誘導だ。

〔我はエルフの国、アンヘル王国国王ケイ・デ・アンヘルだ! この場にてリシケサ国王ベルトランを処刑を執行する!〕

“パンッ!!”

『よしっ!』

 エルフが殺せるのかという思いがあったが、見たこともない武器でベルトランの脳天を撃ち抜いた。
 それを、父が死んだというのに、サンダリオは内心ガッツポーズする。

「おのれ生き人形に獣どもめ……、父上の弔い合戦だ!! 奴らを一人残らず殺せ!!」

「「「「「オォォーー!!」」」」」

 どうせあとは自害した獣人たちの始末くらい。
 そう思って、サンダリオは兵たちを煽って城へ突入させた。





「サ、サンダリオ様……」

「んっ? おぁ、セブリアン速いな……」

 サンダリオが敵の制圧完了の報告を待っていると、突入していったはずのセブリアンが早々に戻ってくる。
 しかし、思っていた以上に早い。
 もしかしたら、全員自害していたのかもしれない。

「敵が……、ぜ、全員……」

「あぁ……」

 サンダリオは、言い淀むセブリアンから「全員自害していました」という言葉が続くと思っていた。
 しかし、続いた言葉は違った。

「全員いなくなってます」

「………………はっ?」

 予想外の報告に、一瞬理解が追い付かない。

「馬鹿な……」

 そして、自分の目で確認をしに城内へと向かうと、報告通りの光景がしかなかった。
 どこを探しても、獣人とエルフの姿は見えない。
 あるのはベルトランと城内を警備していた兵の亡骸のみだ。
 周辺にはいまだに兵たちが囲んでいるため、逃走経路はどこにもないはず。
 まるで霞のように敵が消えたことが信じられず、サンダリオはただ立ち尽くしたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

【R18】World after 1 minute 1分後の先読み能力で金貨100万枚稼いだ僕は異世界で奴隷ハーレムを築きます

ロータス
ファンタジー
死んだでもなく、女神に誘われたでもなく、気づいたときには異世界へと転移された僕こと小川 秀作。 鑑定もなければ、ステータスも開かない、魔法も使えなければ、女神のサポートもない。 何もない、現代でも異世界でもダメダメな僕が唯一使えるスキル。 World after 1 minute。 1分後の未来をシミュレーションできるスキルだった。 そして目の前にはギャンブルが出来るコロセウムとなぜか握られている1枚の金貨。 運命というにはあまりにあからさまなそこに僕は足を踏み入れる。 そして僕の名は、コロセウムに轟くことになる。 コロセウム史上最大の勝ち金を手に入れた人間として。

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

強引に婚約破棄された最強聖女は愚かな王国に復讐をする!

悠月 風華
ファンタジー
〖神の意思〗により選ばれた聖女、ルミエール・オプスキュリテは 婚約者であったデルソーレ王国第一王子、クシオンに 『真実の愛に目覚めたから』と言われ、 強引に婚約破棄&国外追放を命じられる。 大切な母の形見を売り払い、6年間散々虐げておいて、 幸せになれるとは思うなよ……? *ゆるゆるの設定なので、どこか辻褄が 合わないところがあると思います。 ✣ノベルアップ+にて投稿しているオリジナル小説です。 ✣表紙は柚唄ソラ様のpixivよりお借りしました。 https://www.pixiv.net/artworks/90902111

私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。 クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。 アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。 ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。 クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。 *恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。 *めずらしく全編通してシリアスです。 *今後ほかのサイトにも投稿する予定です。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

ミュージカル小説 ~踊る公園~

右京之介
現代文学
集英社ライトノベル新人賞1次選考通過作品。 その街に広い空き地があった。 暴力団砂猫組は、地元の皆さんに喜んでもらおうと、そこへ公園を作った。 一方、宗教団体神々教は対抗して、神々公園を作り上げた。 ここに熾烈な公園戦争が勃発した。 ミュージカル小説という美しいタイトルとは名ばかり。 戦いはエスカレートし、お互いが殺し屋を雇い、果てしなき公園戦争へと突入して行く。

清純Domの献身~純潔は狂犬Subに貪られて~

天岸 あおい
BL
※多忙につき休載中。再開は三月以降になりそうです。 Dom/Subユニバースでガラの悪い人狼Sub×清純な童顔の人間Dom。 子供の頃から人に尽くしたがりだった古矢守流。 ある日、公園の藪で行き倒れている青年を保護する。 人狼の青年、アグーガル。 Sub持ちだったアグーガルはDomたちから逃れ、異世界からこっちの世界へ落ちてきた。 アグーガルはすぐに守流からDomの気配を感じるが本人は無自覚。しかし本能に突き動かされて尽くそうとする守流に、アグーガルは契約を持ちかける。 自分を追い詰めたDomへ復讐するかのように、何も知らない守流を淫らに仕込み、Subに乱れるDomを穿って優越感と多幸感を味わうアグーガル。 そんな思いを肌で感じ取りながらも、彼の幸せを心から望み、彼の喜びを自分の悦びに変え、淫らに堕ちていく守流。 本来の支配する側/される側が逆転しつつも、本能と復讐から始まった関係は次第に深い絆を生んでいく――。 ※Dom受け。逆転することはなく固定です。 ※R18パートは話タイトルの前に『●』が付きます。なお付いていない話でも、キスや愛撫などは隙あらば挟まります。SM色は弱く、羞恥プレイ・快楽責めメイン。

処理中です...