上 下
1 / 375
第1章

第1話

しおりを挟む
「ゲホッ! ゲホッ! レロロロロ………ッ!」

 いきなりゲロ吐くこの少年が、この物語の主人公である。

「ウゲッ……気持ち悪………………???」

 腹の中身を全て吐き出し、両手両膝をついてorz状態だった少年は、呟きと共に顔を上げて言葉を失った。
 先程までいたのは人混み溢れる海岸の沖だったはず。
 しかし、今いるのは人っ子一人いない海岸だ。

「あれっ? ここどこ?」

 目に映る周囲の見慣れない景色に状況が理解できず、少年は先程までの嘔吐感を忘れて疑問の声を呟いた。

「…………確か、子供が…………? ……ぐっ!?」

 頭の中の記憶を呼び起こそうとすると、砂嵐のように記憶の映像が途切れ、強力な頭痛が襲いかかってきた。
 少年はその痛みにもがき苦しみ、その場でのたうち回る。

「はぁ、はぁ、………………そうか……!」

 しばらくの間もがき、痛みがようやく鎮まると、少年は自分が今置かれている状況を全て理解した。





◆◆◆◆◆

 松田啓、18歳、高校3年の夏休み、父方の伯父がやっている海の家を手伝いに来ていた時のこと。

「オイ、啓! 次はこいつを持ってってくれ!」

 啓の伯父、松田大地が、出来たばかりの焼きそばを盛った皿を厨房から出して指示を出す。
 今日はカラッと晴れた最高の海水浴日和。
 お盆前だからか、沢山の人々が砂浜を埋め尽くすように各々海水浴を楽しんでいる。
 そのため、昼時の海の家も大盛況。
 バイトの啓は、大忙しで店内を動き回っていた。

「ハイよ!」

 元気に返事をして、料理を運び、空いた席の食器を手早く片付ける。
 去年、一昨年も手伝いに来たので、この混雑にも慣れている啓は強力な戦力として働いていた。
 高校の3年生といえば、進学者からしたら勉強で忙しい時期。
 しかし、啓は高校卒業後、年の離れた兄同様父の工務店を手伝うことにしているので進学する気はない。
 父には、兄と同様に大学なり専門学校なりに行ったらどうだと言われたが、子供の頃から大工として働くつもりだったため、ワザワザ進学するなんて時間が無駄な気がして仕方がない。
 それに、その工務店も経営状況的に芳しくないのも知っている。
 出来れば両親の負担を減らしたいという思いもある。



「ふ~……、疲れた」

 3時近くになってようやく一段落ついた啓は、店の外でジュースを飲みつつ休憩をとっていた。

「おいっ………」「…………あれ!」

「ん?」

 啓がのんびり海を眺めていると、店の近くの海水浴客たちが何だか騒がしくなりだした。
 その海水浴客たちが皆沖を指さしていることに気付き、啓もその方向に視線を向ける。

「あっ!?」

 沖を見て驚いた。
 視線の先には少年がいて、バシャバシャと溺れていた。
 それを見た啓は、考えるよりも行動を開始していた。

「チッ! ライフセーバーがどうしていないんだ?」

 周囲を見渡すが、いつも海岸を監視しているはずのライフセーバーがいない。
 そのことに舌打ちして近場の浮き輪を拾い、啓は着ていたTシャツを脱ぎ、ハーフパンツのズボンはそのままに海へ飛び込んだ。

「ボウズ! もう少し待ってろ!」

 毎年のようにこの海に来て泳いでいたので、泳ぎに自信があった啓は、あっという間に少年の近くまで泳ぎ、声をかけつつ近寄っていった。

「ほらっ!! これ使え!!」

 少年はあまりの出来事でパニックになっているらしく、バシャバシャと暴れていた。
 近づいて抱きつかれてしまうと一緒に溺れてしまうと感じた啓は、持ってきた浮き輪を投げ渡した。
 暴れていた少年も、浮き輪につかまると次第に落ち着いていった。
 取りあえず難は逃れたようだ。

「すいませ~ん! 大丈夫ですかー?」

 啓が少年に浮き輪を渡せたすぐあと、ライフセーバーが1人こちらに泳いで来た。
 少年の発見が遅れたのは、酔っぱらいのケンカが起きていたためで、それを鎮めるのに人手が必要だったからだ。
 1人しか来れなかったのもそのせいで、啓が浮き輪を持って泳いで行くのを見て、必要ないだろうと浮き輪も持ってきていなかった。

「…………俺はいいから、少年をたのんます!」

「分かりました!」

 軽く文句でも言ってやろうという思いもあったが、少年の救出が優先だ。
 啓は立ち泳ぎをしながら、少年の乗った浮き輪を渡して、後はライフセーバーに任せることにした。
 ライフセーバーは元気よく返事をして、少年を連れて浜へ向けて泳ぎ始めた。

「っ!? やばっ……!?」

 啓も後を追って浜へ向かおうとした瞬間、右足に痛みが生じた。
 ハーフパンツのズボンをはいたまま、準備運動もなしに全力遠泳したせいか、腓腹筋痙攣ひふくきんけいれん……つまりはってしまい、今度は啓が溺れ始めてしまった。
 しかも運悪く、痛みで反射的にやばいと声を出そうと口を開いた丁度その時、高めの波が啓を飲み込んだ。
 海水を大量に飲み込んでしまった啓は、あっという間に海の底へと沈んで行った。

『クソッ! 折角人助けしたってのに…………』

 海面がどんどんと遠くなって行くのを眺めながら、啓は自分が助からないと感じながら、ゆっくりと意識を失っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

無人島ほのぼのサバイバル ~最強の高校生、S級美少女達と無人島に遭難したので本気出す~

絢乃
ファンタジー
【ストレスフリーの無人島生活】 修学旅行中の事故により、無人島での生活を余儀なくされる俺。 仲間はスクールカースト最上位の美少女3人組。 俺たちの漂着した無人島は決してイージーモードではない。 巨大なイノシシやワニなど、獰猛な動物がたくさん棲息している。 普通の人間なら勝つのはまず不可能だろう。 だが、俺は普通の人間とはほんの少しだけ違っていて――。 キノコを焼き、皮をなめし、魚を捌いて、土器を作る。 過酷なはずの大自然を満喫しながら、日本へ戻る方法を模索する。 美少女たちと楽しく生き抜く無人島サバイバル物語。

いつもの電車を降りたら異世界でした 身ぐるみはがされたので【異世界商店】で何とか生きていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
電車をおりたら普通はホームでしょ、だけど僕はいつもの電車を降りたら異世界に来ていました 第一村人は僕に不親切で持っているものを全部奪われちゃった 服も全部奪われて路地で暮らすしかなくなってしまったけど、親切な人もいて何とか生きていけるようです レベルのある世界で優遇されたスキルがあることに気づいた僕は何とか生きていきます

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

処理中です...