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第5話
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「セラフィーナ様」
「どうしたの? スチュワート」
セラフィーナがいつものように書類仕事に忙殺されていると、執事のスチュアートが執務室へと入ってきた。
手に書類を持っているのを見て、また追加かとセラフィーナはうんざりするように問いかけた。
「ギルドからの報告です。またシーハ村付近に魔物が出現したそうです」
「またっ!?」
シーハ村は、この領都のヴィロッカから南西に位置し、魔の森が近いせいか魔物による被害が頻発している村だ。
昔はその南にも町があったのだが、魔物の被害により半年前に壊滅してしまった。
町を壊滅した魔物はそのまま北上し、今度はシーハ村へと向かって来ているという状況だ。
冒険者ギルドと共に防衛に当たっているが、このまま魔物の侵攻が続くようだと村の存続が危うい。
シーハ村が潰れれば、今度はヴィロッカまで危険に晒されることになり、領地の経営なんていっていられる状況ではなくなるだろう。
そのためには、何としてもシーハ村を守り抜くしかない。
「兵を集めて! ギルドと共に魔物を倒しに行きます!」
魔の森の開拓なんて考えている状況ではない。
今はシーハ村を守ることが優先だ。
周辺の魔物を倒して少しでも先延ばしするために、セラフィーナは領兵と共にシーハ村へと向かうことに決めた。
「……ジルベルト様はどうなさいますか?」
ローゲン家は、カスタール家と同様にロタリア王国の建国に協力した武の一族だ。
亡くなるまで武において有名だった祖父や父から、セラフィーナも指導を受けてきた。
そんじょそこらの男性では、全く太刀打ちできないほどの実力持ちだ。
しかし、ローゲン家の現状から考えると、セラフィーナはここで書類仕事をして、ジルベルトを危険な戦場へ向かわせる方が正しいように思える。
逆でも良いが、そのために慌てて結婚をしたのだ。
「彼に好きにするように言ったのは私よ。そのままでいいわ」
「……畏まりました」
どこの家からも敬遠されるセラフィーナの結婚相手探し。
他の貴族からしたら、ローゲン家には早々に潰れてもらい、その領地の一部でも分け与えられれば良しとしているだろう。
その状況で降って湧いたように現れた婿候補に、飛びついてしまったのがよくなかった。
知と武のどちらかだけでも手伝ってもらえれば良いと思っていたが、無能と呼ばれるような相手だとは思ってもいなかった。
手伝わせて余計なことになるくらいなら、何もしないでもらうのが一番だと判断した。
だから、ジルベルトには伝える必要はないと、セラフィーナはスチュアートに続けた。
セラフィーナが決めたことのため、スチュアートはその指示に従うように恭しく頭を下げたのだった。
「ジルベルト様。セラフィーナ様が兵と共にシーハ村へと向かうそうです」
「へ~……」
離れの自室で寛いでいるジルベルトへ、スチュアートから聞いたピエーロが報告として伝えてきた。
その報告に、ジルベルトは読んでいた本から目を離して返事をする。
「何も言ってこないということは、武の面においても期待されていないということか……」
無能といわれていた人間のため、領地経営に関しての仕事は役立たずと判断されたのは仕方がない。
しかし、武に関してはお飾りでも利用価値があるとは思っていたのだが、セラフィーナにはそのお飾りとしても必要ないと判断されたようだ。
ここまで放置されると、さすがにきついものがある。
完全にヒモ状態といっていい。
「領地経営はコルネリオ兄さん、武力はエミディオ兄さんに任せていたからな」
実家のカスタール家では、父と兄2人が協力して領地を回していた。
父の後を継ぐ長男のコルネリオは、昔から勉強に力を入れ、分家に婿入りした次男のエミディオは、昔から武に力を入れてきた。
その3人によって、カスタール家は魔の森に面していながらも微弱な右肩上がりの状態を続けているといわれている。
ジルベルトは何事においても兄たちのように特に目立つことはなく、父や兄たちの役に立たない無能として陰口を言われるようになった。
それを知れば期待しないという選択を取ったとしても仕方ないかもしれない。
「魔物退治ということだが、安全に帰って来てもらいたいな」
「そうですね」
セラフィーナが魔物にやられるようなことになれば、ローゲン家の切り盛りはジルベルトがおこなわなければならなくなる。
今さらだが、もしかしたら父や兄たちの狙いはそれかもしれない。
合法的にローゲン家を乗っ取るために自分を送り込み、セラフィーナがいなくなったところで自分を傀儡として利用するつもりだろう。
ジルベルトとしては、出来ればそのようなことになって欲しくない。
父や兄たちとは昔から仲が良くなく、まだ一応は夫婦のセラフィーナの方がマシだ。
出来れば彼らの利となるようなことにはなって欲しくないため、ジルベルトはセラフィーナの無事の帰還を望んだ。
◆◆◆◆◆
「えっ? 何これ……」
領都のヴィロッカから兵と共に行進すること2日。
セラフィーナは、魔の森の最前線である南西のシーハ村へとたどり着いた。
そして、村の南側に建てられた防壁に上がって魔の森方面に目を向けると、思わず驚きの声を漏らした。
多くの魔物が迫ってきているという話を聞いて来たと言うのに、魔物に攻め込まれているという形跡がなかったからだ。
「ボニート! 多くの魔物が向かって来ていると聞いてきたと言うのに、これはどういうこと?」
この状況がどういうことなのかと、セラフィーナはこの村の防衛を任せている隊長のボニートへ問いかけた。
仕事が山積みのなか援軍に来たというのに、魔物がいないなんて冗談にしては笑えない。
若干怒りを滲ませてしまっても仕方がない。
「ご説明させていただきます。セラフィーナ様が兵と共に出立したと聞いた翌日、つまりは昨日ですが、1人の冒険者が領都のギルドから依頼を受けてこの村へとやってきました。そして、信じられないかもしれませんがその冒険者が1人で数千の魔物を倒してしまいました」
「数千を1人で!? 本当なの!?」
「誠です」
ボニートの話を聞いて、セラフィーナは驚きの声をあげる。
魔の森の入り口付近の魔物は、それほど強くない魔物しかいないとは言っても、数が多ければ話が別だ。
その魔物たちを抑えるために、少なくない資金を出して多くの領兵や冒険者を派遣しているというのに、たった1人で討伐してしまうなどとても信じられない話だ。
しかし、ボニートの目は真剣で、とても嘘を言っているように見えない。
「そんな冒険者が領都にいたの?」
「セラフィーナ様へ魔物の出現を報告した後に姿を現したそうです」
「そう……」
出立した後に出た冒険者が、セラフィーナたちを追い抜いて先に村にたどり着き、依頼である魔物の討伐をおこなったということらしい。
その冒険者が魔物の討伐を終了したのが日暮れで、夜にセラフィーナの下へ引き返すように言いに行く訳にもいかなかったとのことだ。
その状況では仕方がないと、セラフィーナは先程の怒りを鎮めた。
「領主として一言礼を言いたい。その冒険者は今どこに?」
「それが……」
予定が変わったが、何にしても魔物の脅威を取り除くことができたのだ。
領主としてその冒険者に礼を言いたい。
そのことを告げると、ボニートは表情を曇らせた。
「言いにくいのですが、いつの間にやら姿を消してしまいました。倒した魔物は領主様の好きにして良いと言い残して……
「いなくなった!? しかも数千の魔物を好きにしていいですって!?」
「はい……」
「…………」
ボニートの説明に、セラフィーナはまたも驚く。
冒険者は自由の身のため、いなくなっても仕方がない。
しかし、続いた言葉には理解できない。
冒険者は依頼達成の資金だけでなく、倒した魔物の素材を売ることで生計を立てているものだ。
弱いとは言っても数千の魔物の死体なんて、体内の魔石を売るだけでかなりの大金を得られるだろう。
それを好きにしていいなんて、何を考えているのだろうか。
何かローゲン家に繋がりのある者なのかと考えるが、セラフィーナは心当たりが全くなく。
ただ黙って立ち尽くすしかなかった。
「どういたしましょうか?」
「……冒険者と共に魔物死体の回収をお願い。ギルドに売却した金額から、冒険者への報酬を引いた額を邸へ持ってきてほしいと伝えてくれるかしら?」
「畏まりました」
どういう理由かは分からないが、伝染病などのことを考えるとこのまま魔物の死体を放置している訳にはいかない。
せっかくなので、素材の売却額を赤字補填に利用させてもらう。
このまま兵と共に領都へとんぼ返りになるが、魔物の売却額を考えると充分おつりがくるほどだ。
領都へ戻ったら、ギルマスのアルヴァ―ロに色々聞かなくてはと思ったセラフィーナだった。
「どうしたの? スチュワート」
セラフィーナがいつものように書類仕事に忙殺されていると、執事のスチュアートが執務室へと入ってきた。
手に書類を持っているのを見て、また追加かとセラフィーナはうんざりするように問いかけた。
「ギルドからの報告です。またシーハ村付近に魔物が出現したそうです」
「またっ!?」
シーハ村は、この領都のヴィロッカから南西に位置し、魔の森が近いせいか魔物による被害が頻発している村だ。
昔はその南にも町があったのだが、魔物の被害により半年前に壊滅してしまった。
町を壊滅した魔物はそのまま北上し、今度はシーハ村へと向かって来ているという状況だ。
冒険者ギルドと共に防衛に当たっているが、このまま魔物の侵攻が続くようだと村の存続が危うい。
シーハ村が潰れれば、今度はヴィロッカまで危険に晒されることになり、領地の経営なんていっていられる状況ではなくなるだろう。
そのためには、何としてもシーハ村を守り抜くしかない。
「兵を集めて! ギルドと共に魔物を倒しに行きます!」
魔の森の開拓なんて考えている状況ではない。
今はシーハ村を守ることが優先だ。
周辺の魔物を倒して少しでも先延ばしするために、セラフィーナは領兵と共にシーハ村へと向かうことに決めた。
「……ジルベルト様はどうなさいますか?」
ローゲン家は、カスタール家と同様にロタリア王国の建国に協力した武の一族だ。
亡くなるまで武において有名だった祖父や父から、セラフィーナも指導を受けてきた。
そんじょそこらの男性では、全く太刀打ちできないほどの実力持ちだ。
しかし、ローゲン家の現状から考えると、セラフィーナはここで書類仕事をして、ジルベルトを危険な戦場へ向かわせる方が正しいように思える。
逆でも良いが、そのために慌てて結婚をしたのだ。
「彼に好きにするように言ったのは私よ。そのままでいいわ」
「……畏まりました」
どこの家からも敬遠されるセラフィーナの結婚相手探し。
他の貴族からしたら、ローゲン家には早々に潰れてもらい、その領地の一部でも分け与えられれば良しとしているだろう。
その状況で降って湧いたように現れた婿候補に、飛びついてしまったのがよくなかった。
知と武のどちらかだけでも手伝ってもらえれば良いと思っていたが、無能と呼ばれるような相手だとは思ってもいなかった。
手伝わせて余計なことになるくらいなら、何もしないでもらうのが一番だと判断した。
だから、ジルベルトには伝える必要はないと、セラフィーナはスチュアートに続けた。
セラフィーナが決めたことのため、スチュアートはその指示に従うように恭しく頭を下げたのだった。
「ジルベルト様。セラフィーナ様が兵と共にシーハ村へと向かうそうです」
「へ~……」
離れの自室で寛いでいるジルベルトへ、スチュアートから聞いたピエーロが報告として伝えてきた。
その報告に、ジルベルトは読んでいた本から目を離して返事をする。
「何も言ってこないということは、武の面においても期待されていないということか……」
無能といわれていた人間のため、領地経営に関しての仕事は役立たずと判断されたのは仕方がない。
しかし、武に関してはお飾りでも利用価値があるとは思っていたのだが、セラフィーナにはそのお飾りとしても必要ないと判断されたようだ。
ここまで放置されると、さすがにきついものがある。
完全にヒモ状態といっていい。
「領地経営はコルネリオ兄さん、武力はエミディオ兄さんに任せていたからな」
実家のカスタール家では、父と兄2人が協力して領地を回していた。
父の後を継ぐ長男のコルネリオは、昔から勉強に力を入れ、分家に婿入りした次男のエミディオは、昔から武に力を入れてきた。
その3人によって、カスタール家は魔の森に面していながらも微弱な右肩上がりの状態を続けているといわれている。
ジルベルトは何事においても兄たちのように特に目立つことはなく、父や兄たちの役に立たない無能として陰口を言われるようになった。
それを知れば期待しないという選択を取ったとしても仕方ないかもしれない。
「魔物退治ということだが、安全に帰って来てもらいたいな」
「そうですね」
セラフィーナが魔物にやられるようなことになれば、ローゲン家の切り盛りはジルベルトがおこなわなければならなくなる。
今さらだが、もしかしたら父や兄たちの狙いはそれかもしれない。
合法的にローゲン家を乗っ取るために自分を送り込み、セラフィーナがいなくなったところで自分を傀儡として利用するつもりだろう。
ジルベルトとしては、出来ればそのようなことになって欲しくない。
父や兄たちとは昔から仲が良くなく、まだ一応は夫婦のセラフィーナの方がマシだ。
出来れば彼らの利となるようなことにはなって欲しくないため、ジルベルトはセラフィーナの無事の帰還を望んだ。
◆◆◆◆◆
「えっ? 何これ……」
領都のヴィロッカから兵と共に行進すること2日。
セラフィーナは、魔の森の最前線である南西のシーハ村へとたどり着いた。
そして、村の南側に建てられた防壁に上がって魔の森方面に目を向けると、思わず驚きの声を漏らした。
多くの魔物が迫ってきているという話を聞いて来たと言うのに、魔物に攻め込まれているという形跡がなかったからだ。
「ボニート! 多くの魔物が向かって来ていると聞いてきたと言うのに、これはどういうこと?」
この状況がどういうことなのかと、セラフィーナはこの村の防衛を任せている隊長のボニートへ問いかけた。
仕事が山積みのなか援軍に来たというのに、魔物がいないなんて冗談にしては笑えない。
若干怒りを滲ませてしまっても仕方がない。
「ご説明させていただきます。セラフィーナ様が兵と共に出立したと聞いた翌日、つまりは昨日ですが、1人の冒険者が領都のギルドから依頼を受けてこの村へとやってきました。そして、信じられないかもしれませんがその冒険者が1人で数千の魔物を倒してしまいました」
「数千を1人で!? 本当なの!?」
「誠です」
ボニートの話を聞いて、セラフィーナは驚きの声をあげる。
魔の森の入り口付近の魔物は、それほど強くない魔物しかいないとは言っても、数が多ければ話が別だ。
その魔物たちを抑えるために、少なくない資金を出して多くの領兵や冒険者を派遣しているというのに、たった1人で討伐してしまうなどとても信じられない話だ。
しかし、ボニートの目は真剣で、とても嘘を言っているように見えない。
「そんな冒険者が領都にいたの?」
「セラフィーナ様へ魔物の出現を報告した後に姿を現したそうです」
「そう……」
出立した後に出た冒険者が、セラフィーナたちを追い抜いて先に村にたどり着き、依頼である魔物の討伐をおこなったということらしい。
その冒険者が魔物の討伐を終了したのが日暮れで、夜にセラフィーナの下へ引き返すように言いに行く訳にもいかなかったとのことだ。
その状況では仕方がないと、セラフィーナは先程の怒りを鎮めた。
「領主として一言礼を言いたい。その冒険者は今どこに?」
「それが……」
予定が変わったが、何にしても魔物の脅威を取り除くことができたのだ。
領主としてその冒険者に礼を言いたい。
そのことを告げると、ボニートは表情を曇らせた。
「言いにくいのですが、いつの間にやら姿を消してしまいました。倒した魔物は領主様の好きにして良いと言い残して……
「いなくなった!? しかも数千の魔物を好きにしていいですって!?」
「はい……」
「…………」
ボニートの説明に、セラフィーナはまたも驚く。
冒険者は自由の身のため、いなくなっても仕方がない。
しかし、続いた言葉には理解できない。
冒険者は依頼達成の資金だけでなく、倒した魔物の素材を売ることで生計を立てているものだ。
弱いとは言っても数千の魔物の死体なんて、体内の魔石を売るだけでかなりの大金を得られるだろう。
それを好きにしていいなんて、何を考えているのだろうか。
何かローゲン家に繋がりのある者なのかと考えるが、セラフィーナは心当たりが全くなく。
ただ黙って立ち尽くすしかなかった。
「どういたしましょうか?」
「……冒険者と共に魔物死体の回収をお願い。ギルドに売却した金額から、冒険者への報酬を引いた額を邸へ持ってきてほしいと伝えてくれるかしら?」
「畏まりました」
どういう理由かは分からないが、伝染病などのことを考えるとこのまま魔物の死体を放置している訳にはいかない。
せっかくなので、素材の売却額を赤字補填に利用させてもらう。
このまま兵と共に領都へとんぼ返りになるが、魔物の売却額を考えると充分おつりがくるほどだ。
領都へ戻ったら、ギルマスのアルヴァ―ロに色々聞かなくてはと思ったセラフィーナだった。
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