43 / 52
エピソード5【スイートルージュ】
【4】
しおりを挟むポケットに入れていた右手が、何かに触れる感触があった。
(あっ、これは……)
それは、ハルトの発明品。
レイナがこの工場に入ってきた時、披露し損ねたあの口紅だった。
(よし……)
これは、空気を変える絶好のチャンス。
自分のテンションを元に戻すためにも、いつにも増して元気な声で、
「みんな、見て見て~」
口紅を持った右手を天高く突き上げた。
「ジャッジャジャ~~ン! これは、お兄ちゃんの新発明、スイートルージュでございま~す!」
そう。
その口紅の名称は、スイートルージュ。
レイナは自信満々に、その発明品を披露した。
しかし――
「スイートルージュ? どこが凄いんだよ?」
ガンマンは馬鹿にしたように、そう言ってゲラゲラと笑い始めた。
だが、レイナは、そんなことにはお構いなし。
まるで、バナナの叩き売りでもするかのように、
「よってらっしゃい! 見てらっしゃい!」
と熱く語り始めた。
「なんと、このスイートルージュを唇に塗ると、あ~ら不思議、強気なあなたも照れ屋なあなたも、たちまち恋のカリスマに! 今まで言いたくても言えなかった甘い言葉が、スラスラサラサラ出てくるのだ!」
レイナの説明は、分かりやすく説得力があった。
そう。
これが、スイートルージュの力。
恋に奥手な人には、もってこいだ。
それからしばらく、ブーチンを筆頭に、全員、その口紅に釘付け。
こんなに盛り上がっては、ハルトも今更止めるわけにはいかない。
レイナの演説に、黙って耳を傾けていた。
「さあさあ、いったい、塗るのは誰だい!」
そしてついに、新商品を試す時間がやってきた。
全員、自分以外を指さして『おまえが塗れよ』『あんたが塗りなよ』などと、盛大な祭りのように騒ぎ始めた。
しかし、そんな空間の中、みんなの輪に入らず、ニコニコとその光景を眺めているメロがいた。
周りが騒いでいる中で、一人おとなしいと逆に目立つもの。
レイナは、その姿にすぐに気がついた。
(メロちゃん……)
そして、ゆっくりとメロの側に移動し始める。
すると――
「ねえ……」
レイナは、ニコッと笑って声をかけた。
「メロちゃん、試してみる?」
「はい。私でよければ」
メロは、嬉しそうに頷いた。
まだ感情システムを完璧に使いこなせていないメロは、何でも素直に受け入れるといった感じだ。
「じゃあ、どうぞ」
レイナは、そっとメロにスイートルージュを手渡した。
「ありがとうございます」
そして、唇にゆっくりと塗り始める。
もともと綺麗な顔立ちをしていたメロが、一層輝いて見えたのは誰の目にも明らかだった。
(メ、メロさん……き、綺麗ダ……)
ちなみに、ブーチンが、目をハートマークにしながら見とれていたのは言うまでもない。
この瞬間、メロにスイートルージュの効力が加わった。
「メロ、ちょっと俺に何か言ってみろよ」
真っ先に声をかけたのは、ガンマンだった。
さっきは馬鹿にしたように笑っていたガンマンだが、意外にも一番興味があったのはガンマンかもしれない。
そして、ついにスイートルージュの力が明かされる――
半信半疑で声をかけてきたガンマンに、メロは自分では予想もしない言葉を投げかけた。
そう!
その言葉とは!
「大好き」
おぉぉぉぉぉ~~~~~~!!
本当に、甘い言葉が飛び出したぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!
言われた当の本人、ガンマンも『すげえ!』と、盛大な拍手を贈り始める。
普段から遊び人風のチャラチャラした女が言うのなら、何も感動はなかっただろう。
しかし『大好き』と言ったのは、読書が趣味のおしとやかなメロ。
一番言いそうもない人物が言ったのだから、その驚きは計り知れない。
(メ、メロしゃ~~ん! ナンデ、ナンデ~~~!!)
そして、ブーチンはもだえにもだえまくっていた。
『なぜ、ガンマンでなく自分に言ってくれないんだ!』
小さな小さなジェラシーに、体全体が支配されようとしていた。
そして、メロは首をかしげながら淡々とつぶやき始めた。
「不思議ですね。自分の意思とは関係なしに、口から勝手に言葉が出てきました」
『自分の意思とは関係なしに』
それこそが、まぎれもなく、スイートルージュの力。
やはり、ハルトの作った発明品に失敗はなかった。
『自分の意思とは関係なしに』
それを聞いたブーチンは、さらに燃え上がってきた。
(ということハ、今のメロさんは絶対に甘い言葉をささやいてくれルンダ! このチャンスを逃しちゃダメだ! 逃しチャダメなんダァァ! よ、よし!)
パン!
パン、パン!
両手で頬を叩き、気合を入れるブーチン。
そして、大きく深呼吸をしたあと、
「ア、アノ!」
勇気を振り絞り、懇願した。
「メ、メロさん! ぼ、僕にも何か言ってくだサイ!」
「はい、分かりました」
勢いよく声をかけてくるブーチンに、メロは間髪入れずにささやいた。
そう!
あの言葉を!
「だ~い好き」
ぬおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
先ほどよりも、かなり可愛らしいぃぃぃぃ~~~~~~~!!!!
『大好き』よりも『だ~い好き』と、少し砕けた言い方がたまらない。
(し、幸せダァァァ!!)
より一層、メロのファンになるブーチンがそこにいた。
そして、ブーチンがメロに悟られないよう、にやける顔を隠そうと横を向いた時、
「ひゃひゃひゃひゃ……」
『ニタァ』と、さらに上をいく気持ち悪さで、にやけた顔を浮かべる人物が1人。
紫の派手なシャツに、金色のロン毛。
そう。
ストッピンだ。
メロに対して、勢いよく手の平を差し出し、
「メロ、それ貸して! ジュリアにも塗ってもらうから!」
と、鼻の下を伸ばしながら言った。
それは、誰が見ても分かりやすい光景。
ジュリアから、甘い言葉をもらいたい。
いやらしい妄想が、ストッピンの頭の中には充満していた。
しかし──
そんなストッピンに対しても、メロはスイートルージュの力にあらがうことができない。
確実に本意ではないが、甘い言葉を投げかける。
そう!
本日、3回目の甘い言葉とは!
「アイ・ラブ・ユー」
むおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!
ここにきて、ついに英語だ!
しかもさっきまでとは違い、言い方もかなりセクシー!
一気に頬が赤くなり、照れまくるストッピン。
いくら好きな女性でないとはいえ、あんなセクシーな言い方で愛をささやかれて、悪い気がする男はいないだろう。
だが、ストッピンが心に決めた人はジュリアだ。
ジュリアのほうに体をひるがえし、まるでクジャクが羽を広げ求愛するかのように、
「ジュリア~~~~~!!!!」
両手をはち切れんばかりいっぱいに伸ばし、精一杯の声で叫んだ。
「俺は、おまえだけを愛してるぜぇぇぇぁぁぁ!!!!!」
でたぁぁぁ~~~~~!!!!
99回目の告白だぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!!!!!!!!
さあ!
気になるジュリアの答えは!?
「断る」
でたぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!
99回目の玉砕だぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!!
ストッピンは両膝を地面につき、
「くっそ~~!」
頭を抱えながら天を仰いだ。
「ショック!」
そして!
「アンド……」
さらに!
「萌~~~~え~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!」
お決まりの『ショック・アンド・萌え~』が工場内に響き渡った。
しかし、気のせいか『萌え~』の割合が大きくなっているように思える。
このままだと、快感のみになる日も近そうだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる