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エピソード5【スイートルージュ】
【1】
しおりを挟む勢いよく、アンドロイド達の前に姿を現したレイナ。
相変わらず白衣の下には、ジーパンにTシャツというラフな格好。
そして、元気な挨拶を披露したレイナに対し、
「お~! 久しぶり!」
ガンマンが、真っ先に声をかけた。
「最近、見なかったけど何してたんだ?」
「ごめんね」
レイナは、おどけるように舌をペロッと出した。
「ちょっと、他の仕事で忙しかったんだ」
「そうだったのか。まあ、ゆっくりしていけよ」
「うん、みんなと会うの久しぶりだしね」
パチン!──
レイナは笑いながら、ガンマンと華麗なハイタッチを交わした。
この工場のアンドロイドは全てハルトが作っているが、レイナもここのアンドロイドとは、大の仲良しだった。
まるで、昔からの友達のように、和気あいあいと振舞っている。
「ところで」
レイナは、続けてガンマンに話しかけた。
「作業は順調に進んでる?」
「あぁ、もちろん、順調だぜ」
あっ、とガンマンは手を叩いた。
「ついさっきの事なんだけど、おまえが居ない間に新人が入ってきたぞ」
「あ~、そういえば、大臣が言ってたような気がするな。新しいアンドロイドを派遣してくれるって」
レイナは、新人と聞いてすぐにピンときた。
大臣が手配してくれるアンドロイドが1体。
そして、ハルトが新しく作ったアンドロイドが1体。
2体のアンドロイド、すなわち『ルート2』と『XY-999』が、新しくこの工場に来ていることは、前もって知っていたようだ。
普通なら、すぐに紹介してもらう所だが、今はそのことより一秒でも早く、アンドロイドたちに見せたいものがあった。
それは――
「みんな! これ、見て! お兄ちゃんの新しい発明!」
そう。
レイナは、ハルトの新しい発明品を見せたかったのだ。
そして、白衣の内ポケットからさっそうと取り出したのは、1本の口紅。
全員、その小さな化粧品に釘付けになった。
「あのね」
レイナは、とっておきの発明品を解説しようと口を開き始める。
「この口紅はね……」
──だが、その時。
「レイナ! みんなに見せるなって言っただろう~!」
息を切らし、慌しく工場の自動ドアから入ってきたのは、その発明品の主、ハルトだった。
実は工場に着いたとき、ハルトは休憩場所のロビーで、レイナに開発中の試作品をちらっと見せていた。
すると、ハルトがトイレに行った隙に、レイナは口紅をこそっと拝借し、ダッシュでメイン作業室に行き、アンドロイド達に披露していたというわけだ。
レイナのおてんばな性格がよく現れている。
そして、ルート2は、
(アッ、アッ……ハルトさんにレイナさんダ……)
急激に胸が高鳴り始めた。
目の前に憧れの天才科学者、ハルトとレイナがいるからだ。
2人の顔は、写真で何度も見たことがある。
しかし、生で見るのは、もちろん今この瞬間が初めてだ。
写真で見たのと同じように、若くて容姿端麗な科学者の兄妹。
(ハ、ハリュトしゃん……レ、レイニャしゃん……目の前に本人がいるなんて、信じられニャイ……)
ルート2は喜びのあまり、失神寸前だった。
そして、特殊能力を披露できず、地面にうずくまり落ち込んでいたニンジャが、
「ハルト!」
慌てた声で叫んだ。
「聞いてくれよ! なんか、俺おかしいんだよ!」
周りの目も気にせず、取り乱すニンジャ。
しかし、ハルトは、
(え? え??)
当然、全く意味が分からない。
しがみついてくるニンジャの肩を押さえつけ、即座に尋ねた。
「ちょっと、落ち着けよ! いったい、どうしたんだ!?」
「能力が消えてるんだよ!」
「えっ!」
ハルトは目を丸くした。
「1週間前の定期メンテナンスでは、何も異常がなかったぞ!? 何でだよ!?」
「おまえに分からないことが、俺に分かるわけないだろう!」
「ま、まあ、そりゃ、そうだけどな。でも、いったい、どういうことなんだ……」
ハルトは腕を組み、右足のつま先を小刻みに揺らしながら、必死で原因を考えていた。
だが、分からない。
全く原因が分からない。
『金縛りの術』と『雲隠れの術』……この2つの特殊能力がいきなり消えてしまった。
(単なる故障か……? それとも、俺の設計ミスか……?)
ハルトの頭脳は、休むことなくフル回転で原因を究明していた。
だが、やはり思い当たるフシがない。
(こうなったら仕方がない……一度、徹底的にメンテナンスして、完璧に直すしかないな……)
やがて、そういう結論に達していた。
すると、その時──
「いいじゃん、別に」
ポケットに手をつっこんだまま、笑顔で軽くそう言い放ったのはレイナだった。
「だって、金縛りとかいらないっしょ」
え?
今、なんて言った?
それは、誰もがびっくりする言葉だった。
当然、ニンジャもハルトも唖然としている。
『何を言ってるんだ、こいつは?』
そんな顔で、レイナを見つめていた。
しかし、レイナの軽い口調は変わらない。
そして、次に口から出た言葉は──
「実は昨日の夜、遠隔操作でニンジャをオフモードにして、プログラムの一部を私が改造したの」
おぉぉ~~~!!
なんという衝撃発言!!
本来、アンドロイドをオフモードに切り替える時は、メンテナンスをする場合がほとんど。
ハルトは緊急事態のケースを考え、もちろんレイナにも、それぞれのアンドロイドをオフモードにするパスワードを教えている。
レイナほどの科学者であれば、パソコンからの遠隔操作でオフモードに切り替え、1時間もあればプログラムを書き換えることはたやすい。
もちろん、メインのプログラムを書き換えることは、簡単ではない。
だが今回は『元々、付録のような特殊能力』を停止するために、新たなプログラムを上書きするだけのこと。
レイナにとっては、さほど難しい作業ではない。
だが、ニンジャにとってはいい迷惑だ。
自分の知らない間に勝手に改造されているのだから。
しかし、当の本人のレイナは『改造しましたけど、それが何か?』といったように、きょとんと平然な顔を浮かべている。
当然ながら、全く納得がいかないニンジャは、
「やい! レイナ! どういうことだ! ちゃんと説明しろよ!」
怒り口調で、改造した理由を問いただす。
「どういうことなんだよ!」
「えっとね……」
その気になる改造理由とは──
「おとついの夜、寝てる時に金縛りになったから」
おぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
なんという自己中発言!!!!!
レイナが金縛りにかかったからといって、ニンジャには何の関係もない。
徐々に湧き上がっていた怒りは、一気に沸点に達した。
『そんな理由で納得できるか!』と、レイナに鬼のような形相で襲いかかった。
すると、レイナは一言――
「だって、気持ちよく寝てたのに金縛りになるんだよ。そりゃ、むかつくでしょ。ていうか、もうこの話いいじゃん」
ぬおぉぉぉぉぉぉ~~~~!!
なんという無責任発言!!!!!
だが、ここまでくれば、逆にあっぱれと言うべきだろうか。
ニンジャは怒りを通り越して、
「は、はは……」
もう白旗状態で、笑うしかなかった。
そして、初めてレイナを見たルート2は、
(レイナさんテ……な、なんて自分勝手な人なんダ……いや、これは、おちゃめというべきナノカ!?)
どういう表現が正しいのか悩みながら、食い入るようにその光景を見つめていた。
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