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口コミのご依頼 5
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「レグルスとつきあっているのか?」
椅子に腰かけたイシュタルトが、口を開いた。
「いえ。今日、初めてお会いしました」
私の言葉に、イシュタルトが眉を寄せる。
視線が怖い。
初対面の男にキスをされていた、軽い女と思われたのだろう。
「ああいうタイプが好みなのか?」
「は?」
私は、茶を入れながら思わず聞き返す。
なぜそういう話になるのかわからない。
「俺の注文を受けた時は、もっと仏頂面だった」
イシュタルトは駄々をこねる子供のように口をとがらせた。机の上に置かれた指をイライラしたように動かしている。
「私はもともと無愛想です」
応えながら、お茶をイシュタルトに差し出した。
「それに、イシュタルトさまの注文は、無茶でした」
出来上がったプールポワンを手に取る。
「ひよっこの私に初めての仕事を、三日で、と言われたのですから」
「それは、認めるが」
イシュタルトは大きく息を吐く。
「キスは、俺よりあいつの方が上手かったのか?」
「何の話ですか!」
私の中で、何かがはじけた。
「ずいぶんと好意的な対応だったから」
私は頭が痛くなる。
「お二人が、なにかと張り合う仲だというのは理解しましたが、私を巻き込むのはやめてください!」
思わず机を叩く。
「キスの仕方がどっちのほうが上かなんて、知りません!」
悔しいのか、哀しいのか、よくわからない。
もちろん、レグルスにしてもイシュタルトにしても、キスをされたと言えば、自慢になる相手だ。
おそらく二人とも、気まぐれにキスしたところで、女から文句など言われたことないに違いない。
「どちらも、私が同意した上でのキスではないですから」
涙が出てきた。
どっちも、借金がなかったら、平手打ちぐらいしているところだ。
私にだって感情はあるのだから。
「すまない。俺が無神経だった」
イシュタルトは驚いたようだった。
私が泣くと思っていなかったのだろう。
「申し訳ありません。取り乱しました」
私は、涙を拭く。
完成したプールポワンを机の上に並べる。
感情的になって、イシュタルトと言い争ったところで、何の得にもならない。
「レグルスさまは、おそらく私とイシュタルトさまの関係を邪推しておられます。本気ではないですよ」
そうでないとしても、プールポワンの職人が女だったから、面白がっていただけに違いない。
「好き好んで、私のような愛想のない引きこもりを相手にしたいと思いませんよ。あの方は、女性に不自由していないでしょうから」
あなたといっしょで。最後の言葉は言わずに飲み込む。
「そんなことはない」
イシュタルトは、闇色の瞳を私に向けた。
真摯な眼差しにドキリとする。
私はこの目が苦手だ。心臓が騒ぐ。頭が何か勘違いしそうになるから。
「アリサは鏡を見たことはないのか」
「鏡は毎日見ておりますが」
私は首をかしげる。すぐそこに姿見も置いてあるのに、何を言われているのかわからない。
「確かにアリサは愛想のないところがあるが、その、とても綺麗だ」
イシュタルトは少し頬を染める。
彼が私の容姿を褒めるなんて、びっくりした。
「学生時代もとてもモテたと、ロバートから聞いている」
「そんなことはありません。男性とおつきあいなんてしたことはありませんから」
「それは、ロバートが盾になっていたからだろう?」
イシュタルトは大きく息を吐く。
「あいつは、アリサを気に入ったようだ」
「まさか。でも、仮にそうだとしても、拒否はできませんし」
私は苦笑する。
「まさか、気に入ったのか?」
イシュタルトの目が険しくなる。
「そういう問題ではありません。ワイバーン殺しのレグルスさまのお仕事をお断りできる立場ではないという意味です」
相手は一流の冒険者だ。宣伝効果も高いし、なによりお金を持っている。
「それに、たとえ枕営業を要求されても、メリットの方が大きい相手です」
「何を言っているんだ?」
「客観的にみての話です。うちには借金があります。娼婦になるくらいなら、レグルス様に弄ばれるくらいなんともない」
「俺が、いつアリサを娼婦にすると言った!」
イシュタルトが突然叫んだ。完全に怒っている。
「でも。利息を体で払えとおっしゃいました」
声が震える。イシュタルトを責めるつもりはなかった。ただ、自分の立場を説明しただけだったのに。
「他の男に身体を売れと言った覚えはない」
ぶすっとイシュタルトはふくれっ面をしたまま、頬を染める。
「とにかく、借金を気にするあまりに、好きでもない男に抱かれるのはやめろ」
イシュタルトは、咳払いをする。
「俺は、もともと、ロバートをうちに雇った時点で、借金は帳消しにしても良いと思っていたのだから」
「それは……」
借金を支払えばロバートを自由にさせてほしい。
そう願ったのは、私だった。
ロバートを一生縛り付けたくなかったから。
「今思えば、俺が先に会ったのが、アリサじゃなく、ロバートでよかったと思っている」
イシュタルトは、新しいプールポワンを指でなぞる。
「どういう意味ですか?」
「魔導士は、アリサでも良かった。アリサはロバートほどではないが、優秀だったと聞いている」
「私に、お屋敷勤めは無理です」
私が苦笑いを浮かべると、イシュタルトは首を振った。
「そうじゃない。アリサに先に会っていたら、俺は」
イシュタルトの瞳がほんの少し苦しげで、それを見ると胸が騒いでとまらない。
「どっちにしろ、酷い男には違いない、か」
自嘲めいた言葉を吐いて、イシュタルトはため息をついた。
「着てもいいか?」
「袖を通して頂けるのですか?」
「ああ」
イシュタルトは上着を脱ぎ、そして思い出したように顔を上げた。
「レグルスの注文価格は、一万五千Gと言ったな。俺のとはどう違う?」
「どこも違いません」
イシュタルトの試着を手伝いながら、答える。
「俺のは、一枚一万四千と言っていたが」
値段に何故こだわるのか。
そのライバル魂はお腹いっぱいである。勘弁してほしい。
「同じですよ。ただ、迷惑料を上乗せしただけです。それくらいは許されると思いますが」
「なるほど」
イシュタルトは、納得したらしい。
「着心地はいかがですか?」
「とてもいい」
私は、トートバックに二枚のプールポワンを入れた。
「この袋は、サービスしておきますね。お代は、一万八千Gになります」
「わかった」
イシュタルトは小切手を取り出した。
「俺も迷惑料を込みにしたら、キスをしても構わないか?」
顔を近づけて、イシュタルトは私を覗きこむ。
「私のキスは、売り物ではありません」
一瞬、ドキリとしたのを気づかれないように私は視線をそらした。
「当たり前だ。簡単に誰彼構わず売られては困る」
イシュタルトは言いながら、私の手を取った。闇色の瞳が私を捕えている。
「お金を払ってまでキスをしたいほど、お相手に困っているわけではないですよね?」
イシュタルトは、話の流れで、レグルスと張り合っているだけだ。
それにしたって、レグルスがいないところで、勝った負けたもないだろうに。
「イシュタルトさまとは、末永いお付き合いをさせていただきたいと申し上げました」
初めてのお客さまで、リピートしてもらえて、嬉しかった。
「私はプールポワンの職人です。買っていただくなら、技術を買ってください」
「そうか。そうだな」
イシュタルトは微笑んで、まるで貴族の令嬢にするかのように、私の手に唇を落とす。
柔らかな感触。
電撃のような痺れを全身に感じると同時に、顔が熱くなるのを自覚した。
「アリサに、嫌われたくない」
イシュタルトは小切手に金額をかきこむ。
「多いのですが?」
二万Gと書かれている。
「俺も強引にキスをしたし、暴言も吐いた自覚がある」
イシュタルトは苦笑いを浮かべる。
「俺としては、遊びでもからかいでもない。だが、紳士的ではなかった。それに、今日もアリサを泣かせた」
「あれは……」
気にしないでください、と言おうとしたら、唇に指を押し当てられた。
「俺は、ただでさえアリサに嫌われている。たまには、格好をつけさせてほしい」
小切手を私に押し付け、イシュタルトはプールポワンを大事そうに抱えた。
「レグルスが来るのは五日後だったな」
「はい」
どうしてそんなことを聞くのだろう?
「イシュタルト様」
私は、扉を開いて出ていこうとするイシュタルトを呼び止める。
「私は、イシュタルトさまのこと、別に嫌ってません。少し、苦手なのは事実ですけど」
「上客になれるように、頑張るよ」
満面に笑みをたたえて、イシュタルトは帰っていった。
椅子に腰かけたイシュタルトが、口を開いた。
「いえ。今日、初めてお会いしました」
私の言葉に、イシュタルトが眉を寄せる。
視線が怖い。
初対面の男にキスをされていた、軽い女と思われたのだろう。
「ああいうタイプが好みなのか?」
「は?」
私は、茶を入れながら思わず聞き返す。
なぜそういう話になるのかわからない。
「俺の注文を受けた時は、もっと仏頂面だった」
イシュタルトは駄々をこねる子供のように口をとがらせた。机の上に置かれた指をイライラしたように動かしている。
「私はもともと無愛想です」
応えながら、お茶をイシュタルトに差し出した。
「それに、イシュタルトさまの注文は、無茶でした」
出来上がったプールポワンを手に取る。
「ひよっこの私に初めての仕事を、三日で、と言われたのですから」
「それは、認めるが」
イシュタルトは大きく息を吐く。
「キスは、俺よりあいつの方が上手かったのか?」
「何の話ですか!」
私の中で、何かがはじけた。
「ずいぶんと好意的な対応だったから」
私は頭が痛くなる。
「お二人が、なにかと張り合う仲だというのは理解しましたが、私を巻き込むのはやめてください!」
思わず机を叩く。
「キスの仕方がどっちのほうが上かなんて、知りません!」
悔しいのか、哀しいのか、よくわからない。
もちろん、レグルスにしてもイシュタルトにしても、キスをされたと言えば、自慢になる相手だ。
おそらく二人とも、気まぐれにキスしたところで、女から文句など言われたことないに違いない。
「どちらも、私が同意した上でのキスではないですから」
涙が出てきた。
どっちも、借金がなかったら、平手打ちぐらいしているところだ。
私にだって感情はあるのだから。
「すまない。俺が無神経だった」
イシュタルトは驚いたようだった。
私が泣くと思っていなかったのだろう。
「申し訳ありません。取り乱しました」
私は、涙を拭く。
完成したプールポワンを机の上に並べる。
感情的になって、イシュタルトと言い争ったところで、何の得にもならない。
「レグルスさまは、おそらく私とイシュタルトさまの関係を邪推しておられます。本気ではないですよ」
そうでないとしても、プールポワンの職人が女だったから、面白がっていただけに違いない。
「好き好んで、私のような愛想のない引きこもりを相手にしたいと思いませんよ。あの方は、女性に不自由していないでしょうから」
あなたといっしょで。最後の言葉は言わずに飲み込む。
「そんなことはない」
イシュタルトは、闇色の瞳を私に向けた。
真摯な眼差しにドキリとする。
私はこの目が苦手だ。心臓が騒ぐ。頭が何か勘違いしそうになるから。
「アリサは鏡を見たことはないのか」
「鏡は毎日見ておりますが」
私は首をかしげる。すぐそこに姿見も置いてあるのに、何を言われているのかわからない。
「確かにアリサは愛想のないところがあるが、その、とても綺麗だ」
イシュタルトは少し頬を染める。
彼が私の容姿を褒めるなんて、びっくりした。
「学生時代もとてもモテたと、ロバートから聞いている」
「そんなことはありません。男性とおつきあいなんてしたことはありませんから」
「それは、ロバートが盾になっていたからだろう?」
イシュタルトは大きく息を吐く。
「あいつは、アリサを気に入ったようだ」
「まさか。でも、仮にそうだとしても、拒否はできませんし」
私は苦笑する。
「まさか、気に入ったのか?」
イシュタルトの目が険しくなる。
「そういう問題ではありません。ワイバーン殺しのレグルスさまのお仕事をお断りできる立場ではないという意味です」
相手は一流の冒険者だ。宣伝効果も高いし、なによりお金を持っている。
「それに、たとえ枕営業を要求されても、メリットの方が大きい相手です」
「何を言っているんだ?」
「客観的にみての話です。うちには借金があります。娼婦になるくらいなら、レグルス様に弄ばれるくらいなんともない」
「俺が、いつアリサを娼婦にすると言った!」
イシュタルトが突然叫んだ。完全に怒っている。
「でも。利息を体で払えとおっしゃいました」
声が震える。イシュタルトを責めるつもりはなかった。ただ、自分の立場を説明しただけだったのに。
「他の男に身体を売れと言った覚えはない」
ぶすっとイシュタルトはふくれっ面をしたまま、頬を染める。
「とにかく、借金を気にするあまりに、好きでもない男に抱かれるのはやめろ」
イシュタルトは、咳払いをする。
「俺は、もともと、ロバートをうちに雇った時点で、借金は帳消しにしても良いと思っていたのだから」
「それは……」
借金を支払えばロバートを自由にさせてほしい。
そう願ったのは、私だった。
ロバートを一生縛り付けたくなかったから。
「今思えば、俺が先に会ったのが、アリサじゃなく、ロバートでよかったと思っている」
イシュタルトは、新しいプールポワンを指でなぞる。
「どういう意味ですか?」
「魔導士は、アリサでも良かった。アリサはロバートほどではないが、優秀だったと聞いている」
「私に、お屋敷勤めは無理です」
私が苦笑いを浮かべると、イシュタルトは首を振った。
「そうじゃない。アリサに先に会っていたら、俺は」
イシュタルトの瞳がほんの少し苦しげで、それを見ると胸が騒いでとまらない。
「どっちにしろ、酷い男には違いない、か」
自嘲めいた言葉を吐いて、イシュタルトはため息をついた。
「着てもいいか?」
「袖を通して頂けるのですか?」
「ああ」
イシュタルトは上着を脱ぎ、そして思い出したように顔を上げた。
「レグルスの注文価格は、一万五千Gと言ったな。俺のとはどう違う?」
「どこも違いません」
イシュタルトの試着を手伝いながら、答える。
「俺のは、一枚一万四千と言っていたが」
値段に何故こだわるのか。
そのライバル魂はお腹いっぱいである。勘弁してほしい。
「同じですよ。ただ、迷惑料を上乗せしただけです。それくらいは許されると思いますが」
「なるほど」
イシュタルトは、納得したらしい。
「着心地はいかがですか?」
「とてもいい」
私は、トートバックに二枚のプールポワンを入れた。
「この袋は、サービスしておきますね。お代は、一万八千Gになります」
「わかった」
イシュタルトは小切手を取り出した。
「俺も迷惑料を込みにしたら、キスをしても構わないか?」
顔を近づけて、イシュタルトは私を覗きこむ。
「私のキスは、売り物ではありません」
一瞬、ドキリとしたのを気づかれないように私は視線をそらした。
「当たり前だ。簡単に誰彼構わず売られては困る」
イシュタルトは言いながら、私の手を取った。闇色の瞳が私を捕えている。
「お金を払ってまでキスをしたいほど、お相手に困っているわけではないですよね?」
イシュタルトは、話の流れで、レグルスと張り合っているだけだ。
それにしたって、レグルスがいないところで、勝った負けたもないだろうに。
「イシュタルトさまとは、末永いお付き合いをさせていただきたいと申し上げました」
初めてのお客さまで、リピートしてもらえて、嬉しかった。
「私はプールポワンの職人です。買っていただくなら、技術を買ってください」
「そうか。そうだな」
イシュタルトは微笑んで、まるで貴族の令嬢にするかのように、私の手に唇を落とす。
柔らかな感触。
電撃のような痺れを全身に感じると同時に、顔が熱くなるのを自覚した。
「アリサに、嫌われたくない」
イシュタルトは小切手に金額をかきこむ。
「多いのですが?」
二万Gと書かれている。
「俺も強引にキスをしたし、暴言も吐いた自覚がある」
イシュタルトは苦笑いを浮かべる。
「俺としては、遊びでもからかいでもない。だが、紳士的ではなかった。それに、今日もアリサを泣かせた」
「あれは……」
気にしないでください、と言おうとしたら、唇に指を押し当てられた。
「俺は、ただでさえアリサに嫌われている。たまには、格好をつけさせてほしい」
小切手を私に押し付け、イシュタルトはプールポワンを大事そうに抱えた。
「レグルスが来るのは五日後だったな」
「はい」
どうしてそんなことを聞くのだろう?
「イシュタルト様」
私は、扉を開いて出ていこうとするイシュタルトを呼び止める。
「私は、イシュタルトさまのこと、別に嫌ってません。少し、苦手なのは事実ですけど」
「上客になれるように、頑張るよ」
満面に笑みをたたえて、イシュタルトは帰っていった。
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