上 下
2 / 12

2  婚約の余波

しおりを挟む
 婚約式の翌日、学校に向かい教室に入るとクラスメイト達から質問責めにあった。

「ちょっと、ヴァネッサ! 一体どういう事? リュシアン様と婚約なんて寝耳に水だわ!」

「あなた達、いつの間にそんな仲になってたの? 白状しなさい!」

 こうなる事は目に見えていたので、あらかじめ私とリュシアンは対応の仕方を打ち合わせていた。

「公爵家の方から打診があったの。断る理由がないからという事で、父が承諾の返事をしてしまったのよ」

 あくまでも家同士の婚約であることを強調した。

 だがその説明で友人達は特に疑う事もなく納得をしたようだ。

「確かにあなたの所はアンジェリック様に次ぐ家柄だものね。他の公爵家には年回りの合う方がいないから侯爵家から選ぶのは当然ね」

 キャアキャアと騒ぐクラスメイト達の相手をしていると、ふと誰かの視線を感じた。

 そちらに目をやると子爵家のアリーヌが凄い目で私を睨んでいる。

 そういえば、彼女はよくリュシアンに話しかけていたわね。

 下位とはいえ、貴族だからそれなりに節度は保っていたけれど、それでも中には彼女の行動に眉をひそめる者もいた。

 やはりリュシアンの事が好きなのね。

 流石に公爵家と子爵家では婚姻を結ぶことは難しい。

 本人同士が好きあっていれば、上位の貴族に養子縁組をして婚姻をする場合もあるが、それは最も稀な事だ。

 それに彼女の家はそんなに上位の貴族とのツテはないはずだ。 

 リュシアンが彼女を好きになってどうしてもと望めば話は簡単に進むだろうけど、そんな動きもない。

 そこでふと、私はリュシアンが誰の事を好きなのか知らない事に思い至った。

 アリーヌで無いことは確かだろう。

 身分違いの恋でないとすれば、もしかしたら相手は既に婚約者がいるのかもしれない。
 
 そこであのプロポーズされた日にリュシアンも外を見下ろしていた事を思い出した。

 …まさか、アンジェリック様?

 リュシアンに聞いてみたい思いにかられたけれど、リュシアンが話したがらない以上、むやみにほじくり返すのはやめた。

 相手が誰か知った所でリュシアンにどうにも出来ない以上、私が口出し出来るわけもないのだから…。

 アリーヌの視線を無視して私は友人達との会話に耳を傾けていた。

 やがて始業のベルが鳴り授業が始まる。

 授業に没頭しているうちに私はアリーヌの存在をすっかり忘れていた。

 午前中の授業が終わり、皆で食堂に移動している時の事だった。

 階段の踊り場付近に差し掛かったとき、ドンと誰かに追突された。

 まさかそんな小説のような展開が私の身に起こるなんて想像もしていなかったからすっかり油断をしていた。

 あっ! と声をあげた時には既に私の足は宙に浮いていた。

 落ちる!

 次に来る衝撃を覚悟して目をつぶったが、ふと気付くと誰かに後ろから抱きしめられていた。

 フワリと両足が地面に着くと同時に魔力の残滓を感じた。

「ヴァネッサ、大丈夫か?」

 頭の上からリュシアンの声がした。

 どうやらリュシアンが魔術を使い、私を転倒の危機から救ってくれたようだ。

 転倒を免れた事よりも後ろからリュシアンに抱きしめられていることに恥ずかしさを覚え、その手から逃れようとした。

「ありがとう、リュシアン。大丈夫だからその手を離してくださる?」

 恥ずかしさで顔が赤くなるのを自覚しつつも身をよじるが、リュシアンは離してくれない。

「そんなふうに暴れたらまた落ちそうになるよ。手を繋いであげるから、ね?」

 そう言ってリュシアンは私の手を取り、階段を降り始めた。

「ヴァネッサ。婚約したからって見せつけないでくれる?」

 友人達のからかいの言葉に更に顔を赤くしつつも、リュシアンに手を引かれて食堂へと向かう。

 その私の視界の端にアリーヌの姿が見えた。

 ギリ、と唇を噛み締め、先程よりも更に鋭い視線を私に向けている。

 まるで視線で私を射殺さんとばかりの鋭さだ。

 まさか、さっきのは彼女が?

 問い詰めたいけれど、後ろから追突されたので誰に追突されたのかはわからない。

 証拠もないのに犯人扱いすることは出来ない。

 誰かが目撃していてくれたのならば、その情報を元に告発できるかもしれないが、それでも確たる証拠にはなり得ない。

 アリーヌを陥れるための共謀だと言われかねないからだ。

 だが、この出来事があってから、リュシアンは移動の際には常にエスコートしてくれるようになった。

「いつもありがとう、リュシアン。だけどそんなに付き添ってくれなくても大丈夫よ」

 リュシアンの手を煩わせてしまっているようで申し訳なく思って、さり気なく大丈夫だとアピールしたけれど、リュシアンは軽く微笑んだ。

「いいんだよ。君は僕にとってだからね。それにうるさい虫への牽制にもなる」

 リュシアンが私と婚約したとわかっていても相変わらずアリーヌはリュシアンに付き纏っているようだ。

 以前ほどではないにしても、婚約者のいる男性に対する態度ではない。

 リュシアンに対して好きという感情はなくても、自分の婚約者に纏わりつかれるのはやはり気分のいいものではない。

 私ってこんなに独占欲が強かったのかしら?

 自分の心に戸惑いつつも、リュシアンにエスコートされながら教室を後にした。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

誤解の代償

トモ
恋愛
天涯孤独のエミリーは、真面目な性格と努力が実り、大手企業キングコーポレーションで働いている。キングファミリー次男で常務のディックの秘書として3年間働き、婚約者になった。結婚まで3か月となった日に、ディックの裏切りをみたエミリーは、婚約破棄。事情を知らない、ディックの兄、社長のコーネルに目をつけられたエミリーは、幸せになれるのか

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。

木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。 あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。 実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。 食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。 しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。 二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。 そんな二人に、転機が訪れる。 ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。 アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。 そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...