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1 突然のプロポーズ
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「僕と結婚しないか?」
え?…今、何て言ったの?
突然耳に届いた言葉がすぐには理解出来ずに声のした方を見やると、数歩離れた場所にリュシアンが立っていた。
二階にある教室で私は窓際に立って真下の中庭を見下ろしている時だった。
リュシアンは私に声をかけてきたにもかかわらず、視線は真下に向けられたままだ。
…今の言葉は空耳だったのかしら…?
私は再度中庭を見下ろしてアドリアンの姿を追った。
そこには仲睦まじく連れ立って歩く一組のカップルがいた。
彼の隣ににいるのが私だったら良かったのに…。
あの二人を見るたびに心を抉られるような思いにかられるのに、どうしても彼の姿を追わずにはいられなかった。
今も放課後に連れ立って帰る二人をこうして二階にある教室から見送っている。
既に他の生徒達は帰ったあとで、私だけが残っているはずだったのに、いつの間にか私と同じようにリュシアンも中庭を見下ろしていた。
そんな場所でリュシアンから告げられた言葉に私は驚きを隠せなかった。
答えずにいる私に向かってリュシアンは更に言葉を続けた。
「アドリアンが好きなんだろう。だったら僕と結婚しないか。僕はいずれ側近入りする。そうしたらアドリアンを家に招待する事も出来る。勿論、アドリアンだけを招待するよ」
…本気で言ってるの?
私がアドリアンを好きだと知ってながらプロポーズするなんて、信じられない。
「あなた、正気なの? 私がアドリアンを好きだと知っているならどうしてそんな事を言うの?」
リュシアンはちょっと困ったような顔を私に向けて肩を竦めた。
「正直に言うよ。僕も他に好きな人がいるんだが、その人との結婚は出来ない。だからと言って一生独身でいるわけにもいかないからね。今でも周りから早く結婚相手を決めろとうるさいんだ。君だってそうだろ」
確かに私達貴族は家の繁栄の為にも政略結婚をさせられる事が多い。
私自身もアドリアンの花嫁候補として名前があがっていたため、誰とも婚約をせずにいたが、そうでない令嬢達は既に婚約を交わしている者が多い。
リュシアンも本来であれば既に婚約者がいてもおかしくはないのだが、何故か未だに婚約が決まっていなかった。
「つまり、あなたと偽装結婚しないかって事なのね」
そう確認をするとリュシアンは少し笑みを浮かべて頷いた。
「わかってくれて嬉しいよ。それでどうする? 受けてくれるかい?」
彼は公爵家の跡取りとして必ず結婚して跡取りを作らないといけないし、アドリアンの婚約者になれなかった私も家の為に何処かに嫁がされるだろう。
その相手はもしかしたらうんと年上の男性かもしれない。
それに比べればリュシアンの父親の宰相は私の母の兄であり、リュシアンとはいとこの関係だ。
親戚として小さい頃からそれなりに交流はあった。
同じ嫁ぐのなら気心の知れたリュシアンの方がいいのだろう。
リュシアンは素早く私に近付くとなおも躊躇う私の耳元に口を寄せてこう囁いた。
「君さえ良ければアドリアンと二人きりにさせてあげるよ」
それはまさしく悪魔の囁きだった。
アドリアンと二人きり…
そんな事が許されるのだろうか?
大体、アドリアンが私と二人きりになることを承知するかどうかもわからないのに…
「…そんな事が出来るの?」
あまりの驚きの提案に掠れたような声しか出なかった。
それでもほんの少しでも彼と二人きりになれるのならば、悪魔に魂を売っても良いとさえ思ってしまう。
アドリアンはこの国の王太子で先日、侯爵令嬢のアンジェリック様と婚約が成立している。
学院を卒業した後、一年後に結婚式を挙げる事が既に国内外に発表されている為覆る事はない。
私よりもやはり身分的に上位の侯爵家であるアンジェリック様が選ばれた。
「私はともかく、あなたはそれでいいの?」
彼が本気で提案してきたのか、確認をせずにはいられない。
「いいから提案したんだよ。僕のプロポーズを受けてくれるかい?」
プロポーズ?
あれが?
ただの提案にしか聞こえなかったのだけれど…。
「あら、プロポーズだったの?」
クスリと笑うとリュシアンはちょっと肩を竦め、顔を引き締めて私の前に跪いて手を差し伸べてきた。
「今は指輪がなくて申し訳ないけれど…。 ヴァネッサ、私と結婚してください」
私は少し彼を焦らすように躊躇った振りをしてみせたが、私にこの手を取らないという選択肢はなかった。
差し出されたリュシアンの手に自分の手を重ねる。
「ええ。喜んでお受けするわ」
リュシアンは満足そうに頷くと優しく私の手の甲に口づけを落とした。
それからの展開は早かった。
翌日には公爵家から使者が来て婚約式の段取りなど、あれよあれよと言う間に話が進んで行く。
あまりの展開の早さに私は驚きを隠せなかった。
実は既に準備が整えられていて後は私の返事待ちだったのではなかったのかしら。
そう思って婚約式で隣に座るリュシアンを見やると、にっこりと微笑み返された。
その笑顔がアドリアンと重なる。
似ているのは当然かもしれない。何しろ二人は従兄弟同士だからだ。
母親が姉妹であるけれどあまり仲は良くないと評判だ。
何でも姉妹で国王を取り合ったと噂で聞いている。
双子であるからどちらが選ばれてもおかしくなかったそうだ。
結局、妹の方が国王に嫁ぎ、姉は現在の宰相に嫁いだ。
母親同士は仲が悪くても国王と宰相、そしてアドリアンとリュシアンはとても仲がいい。
だからこそリュシアンは私にあんな提案をしてきたのだろう。
私とリュシアンの結婚も婚約式を終えて正式に国内に通達された。
もう引き返す事は出来ない。
この選択が本当に正しかったのかどうかは私には判断がつかなかった。
え?…今、何て言ったの?
突然耳に届いた言葉がすぐには理解出来ずに声のした方を見やると、数歩離れた場所にリュシアンが立っていた。
二階にある教室で私は窓際に立って真下の中庭を見下ろしている時だった。
リュシアンは私に声をかけてきたにもかかわらず、視線は真下に向けられたままだ。
…今の言葉は空耳だったのかしら…?
私は再度中庭を見下ろしてアドリアンの姿を追った。
そこには仲睦まじく連れ立って歩く一組のカップルがいた。
彼の隣ににいるのが私だったら良かったのに…。
あの二人を見るたびに心を抉られるような思いにかられるのに、どうしても彼の姿を追わずにはいられなかった。
今も放課後に連れ立って帰る二人をこうして二階にある教室から見送っている。
既に他の生徒達は帰ったあとで、私だけが残っているはずだったのに、いつの間にか私と同じようにリュシアンも中庭を見下ろしていた。
そんな場所でリュシアンから告げられた言葉に私は驚きを隠せなかった。
答えずにいる私に向かってリュシアンは更に言葉を続けた。
「アドリアンが好きなんだろう。だったら僕と結婚しないか。僕はいずれ側近入りする。そうしたらアドリアンを家に招待する事も出来る。勿論、アドリアンだけを招待するよ」
…本気で言ってるの?
私がアドリアンを好きだと知ってながらプロポーズするなんて、信じられない。
「あなた、正気なの? 私がアドリアンを好きだと知っているならどうしてそんな事を言うの?」
リュシアンはちょっと困ったような顔を私に向けて肩を竦めた。
「正直に言うよ。僕も他に好きな人がいるんだが、その人との結婚は出来ない。だからと言って一生独身でいるわけにもいかないからね。今でも周りから早く結婚相手を決めろとうるさいんだ。君だってそうだろ」
確かに私達貴族は家の繁栄の為にも政略結婚をさせられる事が多い。
私自身もアドリアンの花嫁候補として名前があがっていたため、誰とも婚約をせずにいたが、そうでない令嬢達は既に婚約を交わしている者が多い。
リュシアンも本来であれば既に婚約者がいてもおかしくはないのだが、何故か未だに婚約が決まっていなかった。
「つまり、あなたと偽装結婚しないかって事なのね」
そう確認をするとリュシアンは少し笑みを浮かべて頷いた。
「わかってくれて嬉しいよ。それでどうする? 受けてくれるかい?」
彼は公爵家の跡取りとして必ず結婚して跡取りを作らないといけないし、アドリアンの婚約者になれなかった私も家の為に何処かに嫁がされるだろう。
その相手はもしかしたらうんと年上の男性かもしれない。
それに比べればリュシアンの父親の宰相は私の母の兄であり、リュシアンとはいとこの関係だ。
親戚として小さい頃からそれなりに交流はあった。
同じ嫁ぐのなら気心の知れたリュシアンの方がいいのだろう。
リュシアンは素早く私に近付くとなおも躊躇う私の耳元に口を寄せてこう囁いた。
「君さえ良ければアドリアンと二人きりにさせてあげるよ」
それはまさしく悪魔の囁きだった。
アドリアンと二人きり…
そんな事が許されるのだろうか?
大体、アドリアンが私と二人きりになることを承知するかどうかもわからないのに…
「…そんな事が出来るの?」
あまりの驚きの提案に掠れたような声しか出なかった。
それでもほんの少しでも彼と二人きりになれるのならば、悪魔に魂を売っても良いとさえ思ってしまう。
アドリアンはこの国の王太子で先日、侯爵令嬢のアンジェリック様と婚約が成立している。
学院を卒業した後、一年後に結婚式を挙げる事が既に国内外に発表されている為覆る事はない。
私よりもやはり身分的に上位の侯爵家であるアンジェリック様が選ばれた。
「私はともかく、あなたはそれでいいの?」
彼が本気で提案してきたのか、確認をせずにはいられない。
「いいから提案したんだよ。僕のプロポーズを受けてくれるかい?」
プロポーズ?
あれが?
ただの提案にしか聞こえなかったのだけれど…。
「あら、プロポーズだったの?」
クスリと笑うとリュシアンはちょっと肩を竦め、顔を引き締めて私の前に跪いて手を差し伸べてきた。
「今は指輪がなくて申し訳ないけれど…。 ヴァネッサ、私と結婚してください」
私は少し彼を焦らすように躊躇った振りをしてみせたが、私にこの手を取らないという選択肢はなかった。
差し出されたリュシアンの手に自分の手を重ねる。
「ええ。喜んでお受けするわ」
リュシアンは満足そうに頷くと優しく私の手の甲に口づけを落とした。
それからの展開は早かった。
翌日には公爵家から使者が来て婚約式の段取りなど、あれよあれよと言う間に話が進んで行く。
あまりの展開の早さに私は驚きを隠せなかった。
実は既に準備が整えられていて後は私の返事待ちだったのではなかったのかしら。
そう思って婚約式で隣に座るリュシアンを見やると、にっこりと微笑み返された。
その笑顔がアドリアンと重なる。
似ているのは当然かもしれない。何しろ二人は従兄弟同士だからだ。
母親が姉妹であるけれどあまり仲は良くないと評判だ。
何でも姉妹で国王を取り合ったと噂で聞いている。
双子であるからどちらが選ばれてもおかしくなかったそうだ。
結局、妹の方が国王に嫁ぎ、姉は現在の宰相に嫁いだ。
母親同士は仲が悪くても国王と宰相、そしてアドリアンとリュシアンはとても仲がいい。
だからこそリュシアンは私にあんな提案をしてきたのだろう。
私とリュシアンの結婚も婚約式を終えて正式に国内に通達された。
もう引き返す事は出来ない。
この選択が本当に正しかったのかどうかは私には判断がつかなかった。
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