上 下
9 / 12

9 秘薬

しおりを挟む
 アンジェリックは焦っていた。

 ライバル視している侯爵令嬢のヴァネッサとの争いに勝って見事王太子妃の座を勝ち取ったにもかかわらず、未だに妊娠の兆候がないからだ。

 ヴァネッサはリュシアンと結婚してアンジェリック達の挙式後に妊娠が発覚し、間もなく出産を控えていた。

 その事が余計にアンジェリックを追い詰めていた。

 そんな焦りを胸に秘めて義母である王妃ジャネットとのお茶会の席に向かった。

「お待たせいたしました、お義母様」

 王妃の待つサロンに足を運ぶと優雅にお辞儀をする。

「アンジェリック、そちらに座って。…あなた達は下がっていいわ」

 ジャネットはアンジェリックに席を勧めると、侍女達をすべて下がらせた。

 他人に聞かれたくない話をするのだろうとアンジェリックは悟ったが、一体何を言われるのかは見当がついていた。

「アンジェリック。まだ妊娠の兆候はないの? リュシアンの所はもうじき生まれるって言うのに…」

 やはりその話か、とアンジェリックはげんなりした。

 ジャネットは姉であるジョゼットと仲が悪いせいか、ことごとく張り合っているような節がある。

 リュシアン達の方が結婚が早かったとは言え、そろそろアンジェリックにも子供が出来てもいいと思っているのだろう。

 アンジェリックが謝罪の言葉を口にするより早く、ジャネットは気になる事を告げた。

「それにしてもアドリアンったら、まだあなたに秘薬を使ってないの? 新婚生活を楽しみたいのはわかるけれど、血筋を残すのを優先してほしいものだわ」

 …秘薬?

「…秘薬って何ですか?」

 聞き慣れない言葉に思わず反応すると、義母は不思議そうに首をかしげた。

「あら? アドリアンから聞いていないの? その薬を飲んで行為に及ぶと確実に男の子を妊娠出来るのよ。王族に嫁ぐと必ず男の子を産まないといけないというプレッシャーがあるでしょ? わたくしもその秘薬のおかげでアドリアンを授かったわ。二人目は女の子が欲しかったのにまた男の子だったのはプレッシャーがなかったせいかしらね」

 それはアンジェリックにとっては寝耳に水だった。

 そんな秘薬があるならば、どうして使ってくれないのだろう。

 ジャネットは「新婚生活を楽しみたいから」と言ったが、アドリアンにそんなつもりはないだろう。

 何しろベッドを共にするのは最近ではひと月に一度くらいの頻度になったからだ。

 結婚した当初は毎日とは言わないまでもそれなりに渡りがあったが、徐々に間隔が開くようになっていった。

 …まさか他に女がいるのでは?

 婚約した当初も仲睦まじく見せるのは人目がある場所だけだった。

 国王陛下が決めた婚約だから恋愛感情はないにしても、それなりに好意は持ってもらえていると思っていたがどうやら違うようだ。

 せめて王太子妃としての務めを果たせるように秘薬を使ってくれるように進言しよう。

 そう決意したアンジェリックは翌朝、執務に向かう前のアドリアンを訪ねた。

「どうしたんだ、アンジェリック? リュシアンが待っているから手短に済ませてくれないか」 

 うっとおしそうな表情を隠しもしないアドリアンに歯噛みをしたくなったが、ぐっとこらえた。

「昨日、お義母様から伺ったのですが、王家に伝わる秘薬があるそうですね。どうしてわたくしに使ってくださらないのですか?」

 アンジェリックが問い詰めるとアドリアンは少し顔を歪めたが、すぐに平静を装った。

「秘薬か。残念ながらもう作れないな。あれは女と交わる前の僕の体液から作られるんだ。君と寝た以上、作る事は出来ないんだ」 

 最もアンジェリックより先にヴァネッサと寝ているがそんな事はおくびにも出さない。

 アンジェリックは秘薬がもう作れないと聞いてショックを受けた。

「もう作れないって…。どうしてわたくしと結婚する前に作ってくださらなかったのですか!」

 秘薬は既にヴァネッサに使ってしまっていたのだが、アンジェリックはそんな事は露知らずアドリアンに詰め寄る。

「そんなにがなり立てるな。子供が欲しいんだろう? 今夜にでもお前の寝室に行くよ。もう、行くぞ」

 アドリアンはアンジェリックに言い放つと、アンジェリックの側を通り過ぎて部屋を出ようとした。

「まったく…面倒臭い…」

 アドリアンは小声で呟いたが、その言葉はしっかりアンジェリックに届いていた。

「…面倒臭い?」

 その途端、アンジェリックの中で何かがプツリと音を立てて切れた。

 アンジェリックは無意識の内にドレスに隠し持っていた護身用の短剣を握りしめていた。

「アドリアン」

 そうして呼びかけに振り向いたアドリアンの胸にその先端を突き立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

仏頂面の同僚も、猫な僕には甘々です(旧題:猫になってはみたものの)

竜也りく
BL
寡黙で無愛想な同僚、トルスにずっと片想いしている僕は、ヤツが猫好きと知り古の魔術を研究しまくってついに猫の姿をゲットした! 喜んだのも束の間、戻る呪文をみつけ切れずに途方に暮れた僕は、勇気を出してトルスの元へ行ってみるが……。 ******************* ★個人で電子書籍販売するにあたり、今週末 12/27(金)中に取り下げます。 気になる方は★Amazonで「竜也りく」で検索お願いします^^ タイトル:『仏頂面の同僚も、猫な僕には甘々です』 せっかくだからと諦めていたエピソードを入れ込み、イラスト多め、フルカラーイラストでお送りしております(^^) Kindle Unlimitedなら無料で読めるので、読んでみていただけると嬉しいです!

処理中です...