上 下
3 / 93

3

しおりを挟む


勉強を続けてとうとう薬剤師試験に臨んだ。

回答欄は全部埋めるには埋めたが、答えが合っているかは正直自信はない。
薬剤師試験の合格率は約50%が例年の平均で去年はこの学園から8人受けて5人が合格だったから薬剤師の豊作の年と言われていたらしい。

合否は後日学園に直接届くようになっており、今日はその結果を聞く為に学習室に集まる事になっていた。
この学習室も試験迄は毎日来ていたのに、試験後は1度も訪れていなかった。
試験から2週間しか経っていないのに、何だか教室の机とか匂いとか懐かしく感じる。


俺が教室に到着した時にはモニカとミーシャとトーイは既にいて、ニコル先生を待つばかりだった。
心なしか皆顔が青白い気がする。

緊張していたが先生が中々来ないので、モニカがミーシャにいつかの恋バナの続きを話しかけた。

「ミーシャ、前に言ってたわよね?今日合格したら、騎士団候補生のリーアスに告白するって。今日するの?」

「そのつもりよ。でも…正直全く自信がないわ…モニカは試験の手応えはあった?」

「そうね、はっきりと手応えがあったとは言えないけれど、私は去年不合格だったから背水の陣のつもりでこれ以上ない程勉強したわ……だからこれで落ちたらもう諦めようと思うの」

モニカとミーシャが話ている途中でトーイも会話に混じる。

「僕もモニカと同じだよ。モニカともう1人の3人で落ちちゃって、しかも去年は薬剤師の豊作の年とか言われてたから余計精神的に辛くてさ……僕の家族は僕に気を使って恐いくらい優しくなるし……その優しさが逆に辛かったよ。
だから今年は何が何でも受かっていて欲しい」

そうか……モニカとトーイが去年落ちたのは知っていたけど、2人とも今年は相当強い気持ちで挑んだんだ。

去年不合格だったもう1人は更に1年間勉強を続ける事に耐えられず、結局薬剤師の道を諦めたとモニカが言っていた。

でも気持ちだけなら俺だって負けない。俺だって一生懸命勉強したんだ。
試験は難しいが薬剤師になれば、どの街に行っても雇って貰えるし、自分でお店を開く事もできる。

それだけ需要が高い資格なのだ。
俺は騎士のようなエリートになる才能は無かったけれど、安定した職について母さんを安心させてやりたい。

「みんな!!待たせちゃってごめんね~」

やっとニコル先生がやってきたので、お喋りしていた会話が一瞬でシーンとなる。
そりゃそうだよね。この結果次第で自分達の今後が決まるのだから……。

「はははっそんなに緊張しなくても~と言いたいところだけど、緊張するよね。実は合否を伝える私も緊張してしまうんだよ……今年の合格者は3名だ!!」


『!!!!』

3名と聞いて、何も食べていないのに何か飲み込んだ。
ここの教室にいる4人中3人が合格という事は1人だけ不合格なのか……
緊張で手から汗が出てきたのでズボンに手の平を擦り付けてやり過ごす。

「じゃあ、合格者を発表するので呼ばれたら合格証書をとりに前に来てね。
1人目の合格者は……モニカ!」

呼ばれた途端モニカは顔を両手で覆い、震えていた。
みんながモニカにおめでとうと言うと、顔を両手で覆ったまま何度も頷いて、フラフラしながら先生から合格証書を貰っていた。

「2人目の合格者は……トーイ!」

トーイは呼ばれた途端大きな息を「フーーー」とはいた。そして緊張から解き離れたような笑顔になり合格証書を受け取りながら小さなガッツポーズをしていた。

小さいガッツポーズはまだ名前を呼ばれていない俺とミーシャへの配慮だろう。
後は俺かミーシャのどちらかしか先生から呼ばれず、どちらかが落ちているのだから。
トーイにもおめでとうと言ったが、もう自分の合否がチラついて、気が気じゃない。


「最後の合格者は………エネ!」


「!!!」

「うわあああーーっん!!」


やったーー!!
俺合格したんだ。それと同時にミーシャが不合格という事が決まった…名前が呼ばれなかったミーシャは顔を机に突っ伏して大きな声をあげて泣いた。
一緒に勉強してきた仲間だから気持ちが痛いほど伝わって辛い。

モニカとトーイは小さな声でおめでとうと言ってくれたので俺も小さな声でありがとうと返事をした。

先生に合格証書を貰い、先生にも小さく「有難うございました」と言うと大きく頷いてくれた。


それから先生は
「今回の合格者はおめでとう。ミーシャ……今回は残念だったね。今後の進路について相談に乗るからミーシャはこのまま教室に残ってね。合格者は改めて連絡するから今日は解散だよ」
と言って、合格者を返した。

その時モニカが
「先生……私も先生とミーシャが良ければ、ミーシャと教室に残っても良いでしょうか?私は去年試験に落ちたから……モニカの気持ちが痛い程分かるわ。何か良いアドバイスもできるかも知れないし……」

と提案してくれたのを聞いてモニカは更に泣き出してしまった。

「うう……モニカぁー…うっうっ…ありがとう…先生、モニカと一緒に教室に残りたいです」

「そうか。じゃあモニカにも残って貰って、トーイとエネはホッとしただろうから、今日はゆっくり休んでね。2人共本当におめでとう」

「ありがとうごさいました。先生、モニカ、ミーシャさようなら」
「さようなら」

とトーイと2人で部屋から退出した。
2人共合格した喜びを分かち合える人が居なかったので、これから一緒にご飯を食べに行こうとなった。

俺は恥ずかしながら、自分のお小遣いに余裕がない事を伝えると、トーイは「大丈夫だよ」と言って、アットホームなレストランに連れていってくれた。
ここはトーイの知り合いの老夫婦が営んでいて、トーイの事を「坊っちゃん」と呼んでいる。

トーイは老夫婦に何かを言うと、老夫婦が驚いた表情で
「それはめでたい!!坊っちゃんとお友達の方!薬剤師の合格ようございました!!今日は全メニューを無料ににさせて頂きますよ!」
とサービスしてくれた。えっ!?無料!!

トーイって凄い!

「坊っちゃん」とか言われているけど何者なんだろうか?
今まで必死で勉強してきて、一緒の勉強仲間がどんな人物なのか何て考えた事もなかった。

メニュー表を見ても何を頼んだら良いのか迷っていたら、トーイが「食べれない物がなければ、ここのお勧めを適当に頼んであげようか?」と言うので、何度も頷いてお願いした。

出てきた料理はどれも美味しいくて感動してしまった。つい勢いよく食べてしまい、ドン引きされただろうか……とトーイを見ると、俺の食べる様子を嬉しそうに見ていたのでちょっとホッとする。

「トーイって凄いんだね!坊っちゃんとか言われてもしかして貴族だった?俺君の事何も知らなくて今まで普通に話していたけれど、失礼な事だったら今までごめんね」

「はははっエネ!僕は貴族なんかじゃないから安心してね。だから今まで通りの普通に接して欲しい。俺の家はね、薬局を何店舗か経営しているんだ。1つ星が目印のワンスター薬局って名前知ってる?」

「ワンスター?勿論知ってるどころか、よく買いに行くよ。あそこのポーションと虫刺されの軟膏は凄く効き目があって好きなんだ。えっ?ワンスター……もしかしてトーイの苗字って…確か…」

「そうっ僕の名前はトーイ・ワンスターだよ。皆、僕の家族がワンスター薬局を経営してるって当然知ってると思っていたから改めて自分の自己紹介するのはちょっと照れるね。うちは家族全員が薬剤師の資格を持っていて、僕は今年の試験に落ちても合格するまで勉強させられる運命だったから、今回合格できて本当に嬉しいよ」

ワンスター薬局って王都だけて20店舗以上ある大きな薬局じゃないか……トーイは貴族じゃないけど、半端な貴族よりよっぽど力がある家の人だ。
俺みたいな田舎者の貧乏学生と一緒にご飯を食べるような人じゃなかったけど、今日くらいは良いのかな…

「本当に俺なんかと一緒にご飯なんてトーイは良かった?俺、生活費を切り詰めているような貧乏学生なんだよ」

「エネ!!そんな事ないよ。試験までは勉強の邪魔にならないようにお互い頑張って、ミーシャの告白じゃないけど、僕も合格したらエネともっと仲良くしようと思って勉強を頑張ってきたんだよ。
念願かなって合格して、こうしてご飯を一緒にできてとても嬉しいんだ。
だからエネもいつも通りのエネでいてくれない?」

トーイはお坊ちゃんなのに顔を真っ赤にさせて言うので、一生懸命なトーイに俺も嬉しくなる。

「トーイありがとう。今まで知らなくてごめんね。此方こそ仲良くしてください」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

Mな生活

ちくたく
恋愛
S彼女とのプレイでMとして成長する物語です。

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

【短編集】人間がロボットになるのも悪くないかも?

ジャン・幸田
大衆娯楽
 人間を改造すればサイボーグになる作品とは違い、人間が機械服を着たり機械の中に閉じ込められることで、人間扱いされなくなる物語の作品集です。

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

処理中です...