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アンバランサー・ユウと時の魔獣

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 かかった!

 魔獣はほくそ笑む。
 あらわれた四人の邪魔者。
 以前も戦ったエルフの魔導師。
 もう一人の魔導師の小娘。
 魔剣を持つ、獣人の娘。
 そして、得体の知れない少年。
 この少年は、なにかがおかしい。時を支配する我にとっても異質。つかみどころがない。
 召喚したしもべたちは、ことごとく斃された。
 その驚くべき力。

 だが、けっきょくは同じ事だ。
 その証拠に、我が切り裂いた時空の裂け目に、全員が墜落していった。
 まんまと、罠に落ちたのだ。
 裂け目の向こうにあるのは、逃れがたい誘惑。

 ――だれもが生きる中で、いくつもの岐路があり、選択がある。
 あのとき、こうしていれば。
 もし、ああでなかったら。
 そうすることが可能なら、「今」は、けしてこうではなく……。

 時の陥穽は、その、ふりかえったときに痛みをもたらすような、犠牲者の岐路に働きかける。
 やりなおせ、と。
 選択を変えるように、呼びかけ、誘う。
 それが可能であると、そそのかす。
 それは確かに可能である。
 時の魔獣である我の力をもってすれば、分岐を改変することができる。
 ただ、そうやって改変した時間は、閉ざされた時間となり、もはや本来の世界との関連を失うのだ。
 改変をうけいれた者たちは、時の袋小路にはまりこみ、そのまま、時が絶えるときまで、虚しく彷徨う定めだ。
 心の底から乞いねがったやり直しが、取り返しのつかない結果に結びつく。
 それを悟ったときの、ばかものどもの、絶望の貌は心地よい。
 これまでもこうやって、逆らう者たちを多く始末してきた。
 力のあるものほど、知恵のあるものほど、経験を積んだものほど落ちこんでいく、この時の陥穽を使って。
 今回も、もはや、この邪魔者たちは戻れまい。

 魔獣は、昏い喜びに、高笑いした。

 さあ、やつらは始末した!
 どれ、エラン・ヴィタール溢れる、あの扉に戻るとしよう……

 きびすを返そうとした魔獣に、静かな声が。

 「さてさて、そう思い通りに行きますかな?」
 「?!」

 魔獣は、ひっそりとたたずむ、ゴッセン2に気づいた。

  ああ、ゴッセンか!
  めざわりなヤツ!

 いったいいつからだろうか、性懲りもなく、我につきまとい続ける、うっとうしい存在。
 やつには我の力がおよばない。
 しかし、それは向こうも同じことなのだ。
 やつにはなにもできない。
 我につきまとい、ただ見ていることだけしか。
 我が、以前、あのエルフの魔導師をこの爪で引き裂いたときも、手を出してくることはなかった。
 ただの亡霊のようなものだ。
 今も、そこで、手をこまねいて見ているがいい。
 邪魔者を始末した今、我がエラン・ヴィタールの力を飲み干すのを。
 そして、時を思うままにするところを。

  だが、なぜだ。

 ゴッセンが今、あんなにも落ち着き払い、その表情も穏やかなのは。
 エルフを引き裂いたときは、あれほど悲痛な顔を見せていたのだが?
 魔獣に、ちらりと不安が兆したその時

 「よいしょっと……」

 こともなげに、時空の裂け目をくぐり抜け、目の前に現れたのは、あの得体の知れない少年。

  ばかな?!

 魔獣は愕然とした。

  なぜだ?!
  なぜ、こいつは罠にかからぬ?!

 その少年は言った。

 「ああ、ぼくは、もう、とっくに選択はすませているからね」

 魔獣は叫んだ。

  選択をすませているだと?
  きさま、いったい、なにものだ?!

 少年が答える。

 「ぼくは、アンバランサー。この世界の外からやってきた」

 魔獣には、その言葉はほとんど理解できない。
 少年は、静かに続けた。

 「ぼくは、この世界をまもるよ」

  なにを言っているのだ。

 魔獣の思考は混乱する。

  もし、こいつが、本当にこの世界の外から来たというのなら、この世界になんの義理があるのか。
  わざわざ、この時の大伽藍までやってきて、命を賭けるような、なんの理由が。

 魔獣の、そんな思考を読んだかのように

 「この世界が好きだから。大切な人がいるから。それが理由だ」

 と、少年、アンバランサー・ユウは告げた。

 魔獣は、あっけにとられた。
 が、すぐにあることに気がついて、残忍に笑った。

 ――だが、お前の大切な人とやらは、時の陥穽におちこみ、もはや還ってはこられまい?

 しかし、アンバランサー・ユウは、にこりと微笑み

 「そうだろうかね、ぼくはそうは思わないな」

  なんだと?!
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