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魔獣が時空を切り裂く。

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 その廊下に、わたしたちが突入したとき、時の魔獣は、まさに『天秤の間』に通じる扉に手をかけていたのだった。

 「ええっ? あれが、魔獣?!」

ジーナが、驚きの声をあげた。

 「なんだか……よく見えないんだけど……あれって?」

 扉の前には、青黒く瘴気が渦巻いている。
 その瘴気を透かして見えているのは、小さな――人影。
 その小さなかげが、どんどんと扉をたたいていた。
 それはまるで、家から締め出されてしまった子どもが、ここを開けてと、扉をたたいて泣いているようにも見えた。
 わたしたちが、その予想外の光景に呆気に取られているうちに、その小さな影は、はっと気がついたように、扉の取っ手をつかみ、そして回した。

   カチリ

 と、音がして、扉のロックが外れた!
 じょじょに扉がひらき、すきまからまばゆい緑の光が漏れだす。
 それは『天秤の間』に満ちている、光。
 あるいは、あの光こそが、『生命の火花エラン・ヴィタール』そのものか。

 「開けさせないよ」

 通路に、静かなユウの声が響いた。
 そして、いちどは開きかけた扉が、バタンと閉まった。
 ユウの力が、扉を押し戻したのだ。
 漏れ出した光も、ふっと消えた。

 「?!」

 魔獣は、再び、取っ手を握る。
 渾身の力で回そうとするが、取っ手は、もう微動だにしない。
 扉は、ユウの力で、がっちりと固定されていた。
 魔獣の必死の力を、ユウは事もなげに抑え込んでいる。
 魔獣さえも凌駕する超絶の存在、それがアンバランサーだ。

 「悪いけど、そこを開けさせるわけにはいかないんだよ」

 ユウの声に、その小さな影は、ゆっくりとこちらを振り返る。
 わたしたちを射抜かんばかりに放たれる、三つの赤い輝きは、怒りに燃えた魔獣の眸である。

 「ぎざまだぢぢぢぃ……じゃまをををををを……」

 魔獣が、血を吐くような声で叫ぶ。
 瘴気が爆発するように膨れ上がる。

 「じゃまをずるなああああああああああああ!!!」

 魔獣は、怒りの咆吼をあげて、床を蹴った。
 長い長い通路を、わたしたちめがけて、突進する。

 「来るぞ!」

 わたしたちは身構える。
 だが、唐突に、その魔獣の姿が、見えなくなった。

 「なっ? あいつ、消えたよ?!」

 しかし、一瞬ののち。

 「うわっ、出た!」

 魔獣は、姿が消えた場所の前方に、再び出現した。

  オオオオオオ!

 一声吠えて、また、消える。
 そして現れる。
 次に姿が見えた時には、魔獣は、さらにわたしたちに近づいていた。
 明滅する光のように、消失と出現を繰り返しながら、不連続な移動で、魔獣はみるみるわたしたちに接近してくる。
 そして、近づいてくる魔獣のその姿も。
 最初、扉の前にいた魔獣は、ジーナがいうように、まるで小さな子どものように見えた。
 次に出現した時には、それは、鋭い牙と口を持つ、黒い獣のように見えた。
 六枚の翼をもつ、禍々しい鳥のように見えた。
 その次には、それは、大きな殻を背負った、触手をいくつも持つ、烏賊のようにも見え……
 出現し、わたしたちに近づくたびに、その姿は変わっていく。
 なんの脈絡もなく、切り替わる。
 めまぐるしく変化するその姿。
 どれがほんとうの魔獣のかたちなのか、わからない。
 あるいはそのすべてなのかもしれない。

 「気をつけて。もうすぐそこに来ています……」

 ゴッセン2の声。
 そして、突然、わたしたちの目の前には、大きな渦が出現した。
 さまざまな、名付けようもない色彩の光を放ち、回転する大きな渦動。
 ただ、そこにあるその渦は千々に乱れ、秩序を持たない。
 見ていると、自分の中の因果律が破壊され、頭の中が混沌と狂気に支配されそうになる、不気味な光の乱流。
 これこそが、時を破壊し、宇宙を滅ぼす、時の魔獣の本体か。

 「あの乱流は、まるで、NASAが送ってよこした、極地付近のの擾乱のようだな……」

 ユウが、例によってよくわからない感想を漏らす。
 その時、なぜだかわからないが、わたしたちの目の前のその渦が、にやり、と剣呑な笑いを浮かべたような気がした。

 「危ない! よけてください!」

 ゴッセン2の、鋭い叫び。
 その叫びに反応したユウが力をふるい、わたしの体がぐいっと後ろに引かれるとほぼ同時。

   ザグザグザグッ!!

 わたしの鼻先で、時空が真っ二つに引き裂かれた!
 魔獣の猛悪な爪が、時間と空間を引き裂いて、そこに大きな裂け目を作った!
 あの直撃をうけたら、わたしの存在自体が、秩序を失って、復元不能なほどに、ばらばらになっていただろう。
 危なかった……!
 だが、安心するのは、まだ早かった。

   ギュォオオオオン!!

 生木が裂けるような、悲鳴にも似た軋み音を立てて広がる時空の裂け目。
 その時空の裂け目に、わたしたち四人は、吸い込まれるように転がり落ちていく。

 「ああーっ、みんなーっ!」

 ジーナの叫びが、はるかに聞こえた。
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