上 下
41 / 51

まかせてください!

しおりを挟む
 無数の扉、いくつもの通路が、目にもとまらぬ速さで後ろに飛び去っていく。
 ゴッセン2に導かれ、果てのない回廊を、高速飛行するわたしたち。
 やがて、

 「ここです」

 ゴッセン2が、反動もなくぴたりと静止する。
 その場所、回廊の側面に、半壊した扉があった。
 本来純白に輝くはずの扉は、醜くただれ、腐っていた。
 黒緑の塗抹が、扉を腐食している。
 魔獣の瘴気が、執念深くこびりついているのだった。

 「うわっ、ひどいね」

 扉をくぐり、中に入ると、もっとひどい状態だ。
 かなりの広さのある部屋だったが、目をおおわんばかりの惨状を呈していた。
 部屋の内部はめちゃくちゃになり、壁は引き裂かれ、しかも天井には大穴が開いていた。
 穴の縁から、緑色の液体がぼたぼたとしたたっている。

 「ひやっ! あっ、うあっ?!」

 わたしは、思わず悲鳴をあげた。
 したたりが、突き出した壁の残骸に跳ねて、わたしの手にかかってしまった。
 その瞬間、わたしの中を、稲妻のようにひとつの時間が通りすぎていったのだ。
 そう、今はもう過ぎ去った、遠い過去の記憶。
 ピカピカに光る、三角形の建物群と、その隙間を飛び交う、いくつもの銀色の球体。
 でこぼこのない真っ平らな道を、滑るように疾走する、馬のない馬車。
 街路樹の路を、笑いながらあるく、みたことのない服装の人びと。
 これは、もはや失われた古代文明の——。

 「お気をつけて。それは『時の滴』でございます」

 と、ゴッセン2が忠告する。

 「滴にふれることは、すなわち、その滴が内包する時の記憶にふれることになりますので……」
 「は、はい」
 「これは、損傷をうけた時空連続体から、『時の滴』が、こぼれてしまっているのですよ」
 「ゴッセンさん」

 と、ジーナが、心配そうに言った。

 「大丈夫なの、これ……壁とか腐っちゃってるし」
 「大丈夫ではないのですが、大丈夫です」
 「ううーん、ゴッセンさんー、またぁ」

 ジーナは頬をふくらませる。
 ゴッセン2は、そんなジーナにほほえんで、

 「ジーナさま、あれをご覧下さい」

 壁を指さす。

 「あっ」

 わたしたちが首にかけた時の鐘からは、たえず光の粒子が放出され、漂い続けていた。
 部屋にただようその粒子がふれると、黒緑の魔獣の瘴気は、すっと溶けるように消えていく。
 そうして瘴気が消え去った部屋の壁は、傷がふさがるように、ゆるゆると元の状態を取りもどしつつあった。

 「時の鐘の力が、魔獣の瘴気を無効化しますから。みなさまが無事に進んでゆけば、この傷も、そこから癒やされていくのです」
 「そうなんだ! ああ、良かった……」

 ジーナが、ほっとした声で言った。

 「さあ、先に参りましょう」

 ゴッセン2が言い、わたしたちは浮上して、天井に開いた大穴をくぐる。
 魔獣が時を蹂躙し、破壊して通りすぎた、その経路をたどっていく。


 ぐちゃぐちゃに破壊された部屋や扉を、いったい、いくつほど進んだだろうか。
 わたしたちは、ひときわ広々とした場所に出た。
 あまりの規模に唖然とする。
 そこは、王都の闘技場よりも広いのではないかと思われる、円形の空間だった。
 しかし、扉もあり、天井もあり、これも一つの部屋にはちがいなかった。

 「が、何個もすっぽり入るね、この部屋だけで……?」

 と、ユウが例によって、よくわからないことを言う。

 「ユウさま、この部屋の総面積は、たかだか約7平方キラメイグにすぎません。床は、直径3キラメイグほどの円形ですから」

 ゴッセン2は、さらりと言う。

 「さほど特別な部屋ではないのです。ここより広い部屋は、まだまだ数えきれずありますよ」

 直径3キラメイグの円形の部屋! おどろくべき広さではあるけれど、それでもここは、数ある内の一つの部屋でしかないのだという。
 時の大伽藍。
 わたしたちの日常感覚を越えた、その途方もないスケールには圧倒されるばかりだ。

 「ライラ、ジーナ。わかるわね、来るわよ」

 そのとき、ルシア先生が、わたしたちに言った。

 「「はい、先生! わかります。魔獣のしもべですね」」

 わたしとジーナは、声をそろえて答えた。
 急速に接近してくる、凶暴な気配。
 その暴悪な殺気は、魔獣のしもべに、まぎれもない。
 それもかなりの強さだ。

  グワアアアアアンン!!!

 彼方で、天井が爆発するように砕けた。
 時の欠片を、雪崩のようにまき散らしながら、飛び出してくる巨大な影!

  ズウウウン!

 怪物の巨体が、六本の足で床に着地し、地響きを立る。
 灰色の、鎧のようなからだ。
 ずんぐりとした頭に、伸び上がる三本の、ねじくれた角。
 正面に、単眼が青く光る。
 六本の太く長い灰色の足をもつそいつは、体高四十メイグはある、象のような怪物。

 「あれは!」

 わたしには、その怪物に見覚えがあった。
 バラージの村、ムセウムで遭遇した、あの——。
 神話級の巨獣、ベヒーモスだ!

 それだけではなかった。
 ベヒーモスに続いて、ずるずると下りてきたのは、三つの赤い目をもつ、鯨とフナムシのキメラのような、ぬめっとした細長い化け物。
 穴から完全にその姿を現した怪物は、床から少し上の空間に、まるで漂うように浮かんでいる。長いその身体の下では、並んだたくさんの鰭脚が、ザワザワと揺れ動いている。 
 全長三百メイグはあろうかという黒光りする巨体が、ゆっくりとうねる。

  ボウッ!

 重低音の雄叫びが上がり、

  ズシャーッ!

 そいつの背中から、生臭い潮がふきがあった。

 「げっ、レヴィアタン! また出たよ!」

 ジーナが叫ぶ。
 そう、こいつは、海の災厄レヴィアタン。
 ジーナが、バラージ島で遭遇した怪物だ。

 そして、もう一体だ。

  ギィイイインン!

 という甲高い羽ばたきの音をたてながら、天井の穴から飛び出し、ベヒーモスとレヴィアタンの上空に、静止したように浮かぶ、異様な化け物。
 こいつもでかい。
 トンボのような漆黒の六枚の羽を細かく振動させて浮かんでいる。
 その羽の振動が、耳障りな甲高い音を立て続けている。
 トンボであれば、大きな目がついているはずの頭部にあるのは、なにか猥雑に、膨らんだり縮んだりしている赤黒い袋のような皮膚があるばかり。
 そのかわり——

 「き、気持ち悪いなあ……かんべんしてよ」

 とジーナが、心底、嫌そうにつぶやく気持ちが、わたしにもよく分かる。
 そいつの胸部からは、まるで果実のように、ぶらんと、いくつもの人間の顔がぶらさがっているのだった。
 いっせいに、わたしたちを見つめるその眼は、血走って狂気をたたえ、半開きの口からは、緑の粘液にまみれた長い舌が垂れ下がっている。

 「あれは、ジズね……、あらまあ、陸・海・空の災厄が、勢揃い」

 ルシア先生が言う。
 陸の巨獣ベヒーモス、海の災厄レヴィアタン、そして空の悪霊ジズーーこの最凶の怪物たちが、時の魔獣の、忠実なしもべなのだった。

 「さあて、と」

 ルシア先生が、陸海空の魔獣から視線を外さずに、

 「では、こいつらを始末しないと、ね」

 落ち着いた声で言った。
 戦いの場でのルシア先生は、揺るぎない。
 いつにも増して、凜々しくかっこいい。

 ジーナが、ちらりとわたしに目配せをした。
 わたしも、うん、とうなずく。
 それを見て、ジーナが

 「先生、こいつらは、あたしと、ライラに任せてください!」

 名乗りをあげた。

 「見ててください、ふたりで、やっつけちゃいますから!」

 わたしも、続けて言った。

 「あたしたち二人で、斃します!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...