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まかせてください!
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無数の扉、いくつもの通路が、目にもとまらぬ速さで後ろに飛び去っていく。
ゴッセン2に導かれ、果てのない回廊を、高速飛行するわたしたち。
やがて、
「ここです」
ゴッセン2が、反動もなくぴたりと静止する。
その場所、回廊の側面に、半壊した扉があった。
本来純白に輝くはずの扉は、醜くただれ、腐っていた。
黒緑の塗抹が、扉を腐食している。
魔獣の瘴気が、執念深くこびりついているのだった。
「うわっ、ひどいね」
扉をくぐり、中に入ると、もっとひどい状態だ。
かなりの広さのある部屋だったが、目をおおわんばかりの惨状を呈していた。
部屋の内部はめちゃくちゃになり、壁は引き裂かれ、しかも天井には大穴が開いていた。
穴の縁から、緑色の液体がぼたぼたとしたたっている。
「ひやっ! あっ、うあっ?!」
わたしは、思わず悲鳴をあげた。
したたりが、突き出した壁の残骸に跳ねて、わたしの手にかかってしまった。
その瞬間、わたしの中を、稲妻のようにひとつの時間が通りすぎていったのだ。
そう、今はもう過ぎ去った、遠い過去の記憶。
ピカピカに光る、三角形の建物群と、その隙間を飛び交う、いくつもの銀色の球体。
でこぼこのない真っ平らな道を、滑るように疾走する、馬のない馬車。
街路樹の路を、笑いながらあるく、みたことのない服装の人びと。
これは、もはや失われた古代文明の——。
「お気をつけて。それは『時の滴』でございます」
と、ゴッセン2が忠告する。
「滴にふれることは、すなわち、その滴が内包する時の記憶にふれることになりますので……」
「は、はい」
「これは、損傷をうけた時空連続体から、『時の滴』が、こぼれてしまっているのですよ」
「ゴッセンさん」
と、ジーナが、心配そうに言った。
「大丈夫なの、これ……壁とか腐っちゃってるし」
「大丈夫ではないのですが、大丈夫です」
「ううーん、ゴッセンさんー、またぁ」
ジーナは頬をふくらませる。
ゴッセン2は、そんなジーナにほほえんで、
「ジーナさま、あれをご覧下さい」
壁を指さす。
「あっ」
わたしたちが首にかけた時の鐘からは、たえず光の粒子が放出され、漂い続けていた。
部屋にただようその粒子がふれると、黒緑の魔獣の瘴気は、すっと溶けるように消えていく。
そうして瘴気が消え去った部屋の壁は、傷がふさがるように、ゆるゆると元の状態を取りもどしつつあった。
「時の鐘の力が、魔獣の瘴気を無効化しますから。みなさまが無事に進んでゆけば、この傷も、そこから癒やされていくのです」
「そうなんだ! ああ、良かった……」
ジーナが、ほっとした声で言った。
「さあ、先に参りましょう」
ゴッセン2が言い、わたしたちは浮上して、天井に開いた大穴をくぐる。
魔獣が時を蹂躙し、破壊して通りすぎた、その経路をたどっていく。
ぐちゃぐちゃに破壊された部屋や扉を、いったい、いくつほど進んだだろうか。
わたしたちは、ひときわ広々とした場所に出た。
あまりの規模に唖然とする。
そこは、王都の闘技場よりも広いのではないかと思われる、円形の空間だった。
しかし、扉もあり、天井もあり、これも一つの部屋にはちがいなかった。
「とうきょうどーむが、何個もすっぽり入るね、この部屋だけで……?」
と、ユウが例によって、よくわからないことを言う。
「ユウさま、この部屋の総面積は、たかだか約7平方キラメイグにすぎません。床は、直径3キラメイグほどの円形ですから」
ゴッセン2は、さらりと言う。
「さほど特別な部屋ではないのです。ここより広い部屋は、まだまだ数えきれずありますよ」
直径3キラメイグの円形の部屋! おどろくべき広さではあるけれど、それでもここは、数ある内の一つの部屋でしかないのだという。
時の大伽藍。
わたしたちの日常感覚を越えた、その途方もないスケールには圧倒されるばかりだ。
「ライラ、ジーナ。わかるわね、来るわよ」
そのとき、ルシア先生が、わたしたちに言った。
「「はい、先生! わかります。魔獣のしもべですね」」
わたしとジーナは、声をそろえて答えた。
急速に接近してくる、凶暴な気配。
その暴悪な殺気は、魔獣のしもべに、まぎれもない。
それもかなりの強さだ。
グワアアアアアンン!!!
彼方で、天井が爆発するように砕けた。
時の欠片を、雪崩のようにまき散らしながら、飛び出してくる巨大な影!
ズウウウン!
怪物の巨体が、六本の足で床に着地し、地響きを立る。
灰色の、鎧のようなからだ。
ずんぐりとした頭に、伸び上がる三本の、ねじくれた角。
正面に、単眼が青く光る。
六本の太く長い灰色の足をもつそいつは、体高四十メイグはある、象のような怪物。
「あれは!」
わたしには、その怪物に見覚えがあった。
バラージの村、ムセウムで遭遇した、あの——。
神話級の巨獣、ベヒーモスだ!
それだけではなかった。
ベヒーモスに続いて、ずるずると下りてきたのは、三つの赤い目をもつ、鯨とフナムシのキメラのような、ぬめっとした細長い化け物。
穴から完全にその姿を現した怪物は、床から少し上の空間に、まるで漂うように浮かんでいる。長いその身体の下では、並んだたくさんの鰭脚が、ザワザワと揺れ動いている。
全長三百メイグはあろうかという黒光りする巨体が、ゆっくりとうねる。
ボウッ!
重低音の雄叫びが上がり、
ズシャーッ!
そいつの背中から、生臭い潮がふきがあった。
「げっ、レヴィアタン! また出たよ!」
ジーナが叫ぶ。
そう、こいつは、海の災厄レヴィアタン。
ジーナが、バラージ島で遭遇した怪物だ。
そして、もう一体だ。
ギィイイインン!
という甲高い羽ばたきの音をたてながら、天井の穴から飛び出し、ベヒーモスとレヴィアタンの上空に、静止したように浮かぶ、異様な化け物。
こいつもでかい。
トンボのような漆黒の六枚の羽を細かく振動させて浮かんでいる。
その羽の振動が、耳障りな甲高い音を立て続けている。
トンボであれば、大きな目がついているはずの頭部にあるのは、なにか猥雑に、膨らんだり縮んだりしている赤黒い袋のような皮膚があるばかり。
そのかわり——
「き、気持ち悪いなあ……かんべんしてよ」
とジーナが、心底、嫌そうにつぶやく気持ちが、わたしにもよく分かる。
そいつの胸部からは、まるで果実のように、ぶらんと、いくつもの人間の顔がぶらさがっているのだった。
いっせいに、わたしたちを見つめるその眼は、血走って狂気をたたえ、半開きの口からは、緑の粘液にまみれた長い舌が垂れ下がっている。
「あれは、ジズね……、あらまあ、陸・海・空の災厄が、勢揃い」
ルシア先生が言う。
陸の巨獣ベヒーモス、海の災厄レヴィアタン、そして空の悪霊ジズーーこの最凶の怪物たちが、時の魔獣の、忠実なしもべなのだった。
「さあて、と」
ルシア先生が、陸海空の魔獣から視線を外さずに、
「では、こいつらを始末しないと、ね」
落ち着いた声で言った。
戦いの場でのルシア先生は、揺るぎない。
いつにも増して、凜々しくかっこいい。
ジーナが、ちらりとわたしに目配せをした。
わたしも、うん、とうなずく。
それを見て、ジーナが
「先生、こいつらは、あたしと、ライラに任せてください!」
名乗りをあげた。
「見ててください、ふたりで、やっつけちゃいますから!」
わたしも、続けて言った。
「あたしたち二人で、斃します!」
ゴッセン2に導かれ、果てのない回廊を、高速飛行するわたしたち。
やがて、
「ここです」
ゴッセン2が、反動もなくぴたりと静止する。
その場所、回廊の側面に、半壊した扉があった。
本来純白に輝くはずの扉は、醜くただれ、腐っていた。
黒緑の塗抹が、扉を腐食している。
魔獣の瘴気が、執念深くこびりついているのだった。
「うわっ、ひどいね」
扉をくぐり、中に入ると、もっとひどい状態だ。
かなりの広さのある部屋だったが、目をおおわんばかりの惨状を呈していた。
部屋の内部はめちゃくちゃになり、壁は引き裂かれ、しかも天井には大穴が開いていた。
穴の縁から、緑色の液体がぼたぼたとしたたっている。
「ひやっ! あっ、うあっ?!」
わたしは、思わず悲鳴をあげた。
したたりが、突き出した壁の残骸に跳ねて、わたしの手にかかってしまった。
その瞬間、わたしの中を、稲妻のようにひとつの時間が通りすぎていったのだ。
そう、今はもう過ぎ去った、遠い過去の記憶。
ピカピカに光る、三角形の建物群と、その隙間を飛び交う、いくつもの銀色の球体。
でこぼこのない真っ平らな道を、滑るように疾走する、馬のない馬車。
街路樹の路を、笑いながらあるく、みたことのない服装の人びと。
これは、もはや失われた古代文明の——。
「お気をつけて。それは『時の滴』でございます」
と、ゴッセン2が忠告する。
「滴にふれることは、すなわち、その滴が内包する時の記憶にふれることになりますので……」
「は、はい」
「これは、損傷をうけた時空連続体から、『時の滴』が、こぼれてしまっているのですよ」
「ゴッセンさん」
と、ジーナが、心配そうに言った。
「大丈夫なの、これ……壁とか腐っちゃってるし」
「大丈夫ではないのですが、大丈夫です」
「ううーん、ゴッセンさんー、またぁ」
ジーナは頬をふくらませる。
ゴッセン2は、そんなジーナにほほえんで、
「ジーナさま、あれをご覧下さい」
壁を指さす。
「あっ」
わたしたちが首にかけた時の鐘からは、たえず光の粒子が放出され、漂い続けていた。
部屋にただようその粒子がふれると、黒緑の魔獣の瘴気は、すっと溶けるように消えていく。
そうして瘴気が消え去った部屋の壁は、傷がふさがるように、ゆるゆると元の状態を取りもどしつつあった。
「時の鐘の力が、魔獣の瘴気を無効化しますから。みなさまが無事に進んでゆけば、この傷も、そこから癒やされていくのです」
「そうなんだ! ああ、良かった……」
ジーナが、ほっとした声で言った。
「さあ、先に参りましょう」
ゴッセン2が言い、わたしたちは浮上して、天井に開いた大穴をくぐる。
魔獣が時を蹂躙し、破壊して通りすぎた、その経路をたどっていく。
ぐちゃぐちゃに破壊された部屋や扉を、いったい、いくつほど進んだだろうか。
わたしたちは、ひときわ広々とした場所に出た。
あまりの規模に唖然とする。
そこは、王都の闘技場よりも広いのではないかと思われる、円形の空間だった。
しかし、扉もあり、天井もあり、これも一つの部屋にはちがいなかった。
「とうきょうどーむが、何個もすっぽり入るね、この部屋だけで……?」
と、ユウが例によって、よくわからないことを言う。
「ユウさま、この部屋の総面積は、たかだか約7平方キラメイグにすぎません。床は、直径3キラメイグほどの円形ですから」
ゴッセン2は、さらりと言う。
「さほど特別な部屋ではないのです。ここより広い部屋は、まだまだ数えきれずありますよ」
直径3キラメイグの円形の部屋! おどろくべき広さではあるけれど、それでもここは、数ある内の一つの部屋でしかないのだという。
時の大伽藍。
わたしたちの日常感覚を越えた、その途方もないスケールには圧倒されるばかりだ。
「ライラ、ジーナ。わかるわね、来るわよ」
そのとき、ルシア先生が、わたしたちに言った。
「「はい、先生! わかります。魔獣のしもべですね」」
わたしとジーナは、声をそろえて答えた。
急速に接近してくる、凶暴な気配。
その暴悪な殺気は、魔獣のしもべに、まぎれもない。
それもかなりの強さだ。
グワアアアアアンン!!!
彼方で、天井が爆発するように砕けた。
時の欠片を、雪崩のようにまき散らしながら、飛び出してくる巨大な影!
ズウウウン!
怪物の巨体が、六本の足で床に着地し、地響きを立る。
灰色の、鎧のようなからだ。
ずんぐりとした頭に、伸び上がる三本の、ねじくれた角。
正面に、単眼が青く光る。
六本の太く長い灰色の足をもつそいつは、体高四十メイグはある、象のような怪物。
「あれは!」
わたしには、その怪物に見覚えがあった。
バラージの村、ムセウムで遭遇した、あの——。
神話級の巨獣、ベヒーモスだ!
それだけではなかった。
ベヒーモスに続いて、ずるずると下りてきたのは、三つの赤い目をもつ、鯨とフナムシのキメラのような、ぬめっとした細長い化け物。
穴から完全にその姿を現した怪物は、床から少し上の空間に、まるで漂うように浮かんでいる。長いその身体の下では、並んだたくさんの鰭脚が、ザワザワと揺れ動いている。
全長三百メイグはあろうかという黒光りする巨体が、ゆっくりとうねる。
ボウッ!
重低音の雄叫びが上がり、
ズシャーッ!
そいつの背中から、生臭い潮がふきがあった。
「げっ、レヴィアタン! また出たよ!」
ジーナが叫ぶ。
そう、こいつは、海の災厄レヴィアタン。
ジーナが、バラージ島で遭遇した怪物だ。
そして、もう一体だ。
ギィイイインン!
という甲高い羽ばたきの音をたてながら、天井の穴から飛び出し、ベヒーモスとレヴィアタンの上空に、静止したように浮かぶ、異様な化け物。
こいつもでかい。
トンボのような漆黒の六枚の羽を細かく振動させて浮かんでいる。
その羽の振動が、耳障りな甲高い音を立て続けている。
トンボであれば、大きな目がついているはずの頭部にあるのは、なにか猥雑に、膨らんだり縮んだりしている赤黒い袋のような皮膚があるばかり。
そのかわり——
「き、気持ち悪いなあ……かんべんしてよ」
とジーナが、心底、嫌そうにつぶやく気持ちが、わたしにもよく分かる。
そいつの胸部からは、まるで果実のように、ぶらんと、いくつもの人間の顔がぶらさがっているのだった。
いっせいに、わたしたちを見つめるその眼は、血走って狂気をたたえ、半開きの口からは、緑の粘液にまみれた長い舌が垂れ下がっている。
「あれは、ジズね……、あらまあ、陸・海・空の災厄が、勢揃い」
ルシア先生が言う。
陸の巨獣ベヒーモス、海の災厄レヴィアタン、そして空の悪霊ジズーーこの最凶の怪物たちが、時の魔獣の、忠実なしもべなのだった。
「さあて、と」
ルシア先生が、陸海空の魔獣から視線を外さずに、
「では、こいつらを始末しないと、ね」
落ち着いた声で言った。
戦いの場でのルシア先生は、揺るぎない。
いつにも増して、凜々しくかっこいい。
ジーナが、ちらりとわたしに目配せをした。
わたしも、うん、とうなずく。
それを見て、ジーナが
「先生、こいつらは、あたしと、ライラに任せてください!」
名乗りをあげた。
「見ててください、ふたりで、やっつけちゃいますから!」
わたしも、続けて言った。
「あたしたち二人で、斃します!」
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