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ジーナの冒険(1)孤島の渚にて
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思いっきり伸ばしたあたしの手は、ライラに届かなかった。
「ライラぁーーっ!」
「ジーナぁーーっ!」
おたがいを呼ぶ声が遠ざかり、
そして、ライラと離れ、あたしは一人、どこともしれぬ時空へとばされてしまったのだった。
「ひゃあっ!」
それまで立っていた地面がとつぜん消えた。
あたしのからだは、どこか高いところから、一直線に落ちていく。
「ああぁあぁあーーーっ?!」
あわてて下を見れば、みるみる近づいてくるのは、青い水面みなも。
えっ? 湖? あたし、湖の上に出ちゃった?
驚くまもなく、
ドボオオオン!!
あたしは水の中。
ボコボコと空気の泡をまとわりつかせ、墜落のいきおいのままどんどん沈んでいく。
こんな勢いで落ちたのに、水底にはつかない。
かなりの深さだ。
わけがわからないけど、とにかく、水面にでないとだめだ。
光がゆれる、青い水面にむかって、浮かび上がる。
あたしは、実は泳ぐのは得意なんだ。
ダンジョンの沼でだって、溺れそうになるライラを助けたんだから。
時空がひきさかれて、遠ざかっていったライラの、びっくりしたような、ぽかんとした顔がうかんだ。
ライラ、ひとりでだいじょうぶかな……。
あの子一人では心配なんだよな……。
あたしがついてないとさあ……。
両手で水をかき、上へ、上へ。
「ぷはあっ!」
ようやく水の上に顔が出た。
「わっ、ぺっ、ぺっ!」
あたしは、口に入った水を、あわてて吐き出す。
なにこの水?
口の中が、塩辛い。
ここって、ほんとに湖なの?
あたしは、立ち泳ぎをしながら、周りの様子をみまわした。
目の前に、どこまでも広がる青い水。
岸が見えない。
塩辛い水はゆっくり上下して、浮かぶあたしのからだも揺れる。
そして、気がついた。
これ、話にきく、「海」ってやつでは?
あたしたちの住むところは海から遠くて、あたしもライラも、いちども本当の海ってものをみたことがなかった。
あ、そういえば、ユウさんと星の船に乗って、「ちきゅう」を一周したときに、空から見たけど。
でも、そんなの遠くからながめただけだもんね。
じっさいの海はこれがはじめてだ。
そうかあ、これが海かあ……海すごいなあ……ひろいなあ……しょっぱいなあ……しょっぱくてなんか苦いなあ
……って、いやいや、あたし、これからどうなるの?
このままいつまでも浮かんでいるわけにも……。
「あっ!」
水の上下(波って言うんだよね、これって?)で、あたしの身体が高くもちあげられたとき。
向こうに、ちらっと、なにか見えた。
白い何かと、緑色の何か。
あれは島かも知れない。
よおし、いけっ!
あたしは、期待をこめて、その方向に泳ぎ出した。
とちゅう、とつぜん現れた、なんだかよくわからない生き物が、鋭い歯のならんだ口を開けて、水面を突進してきた。
泳ぐあたしを、おいしい餌とでも思ったんだろうけど、
「えいっ!」
返り討ちだ。
イリニスティスで、一刀のもとに切り捨ててやった。
白い腹を上にして、ぷかりと浮かんで動かなくなったその生き物に、
ガバツ! ガバッ! ガバッ!
たちまち、別の生き物が何匹も、海中から浮かび上がってきて群がり、死骸にがつがつと食らいついている。
血の臭いがあたりに広がって、それがまた別の生き物をよびよせる。
呼び寄せられた生き物どうしが、興奮して共食いをはじめる。
これは、なかなかぶっそうだ。
あたしはとっとと逃げ出した。
だんだん緑が近づいてくる。
うん、やっぱり、あれは島だ。
そんなに大きくはなさそうだけど。
だれか、人がいるといいなあ。
でも、あの白いものはなんだろ。
島の手前に、海から突き出していて。
岩かな?
でも、岩にしてはなんだかその形が……
あ?
ちょっと、あれって?
ええっ?
「なによ、あれ?!……あ……ゴボガバゴボ……!」
あまりにおどろいて、泳ぐのをわすれちゃったよ!
「なんなのこれは!」
その白いものは、巨大な彫像だった。
ずいぶん古そうだ。
それが、ななめに傾いたかたちで、海から突き出している。
それはいいんだけど。
問題は、その像が何かってことなんだけど。
ローブをまとった、魔法使いの女性。
右手の杖を、前にかかげて、今にも魔法をつかおうとしている。
左手は、胸のあたりにあって、なにかをもっているようだが、よくわからない。
この魔法使いの女性……
いや、これ、どうみても、ライラなんだけど!
顔立ちといい、もってる杖といい……。
右肩に蛇をのせてるし。ローブの模様は蜘蛛だし。
まさに、紅の蜘蛛と蛇の魔導師でしょ!
ライラ、あんた、いつのまに何やってんのよ!
これは、やっぱり、だれかにきっちり説明してもらわなきゃ。
あたしは、人がいるかも知れない島にむかって、いきおいよく泳ぎ出す。
島の渚は、白い砂浜になっていた。
波が寄せては返し、あたしの足を洗う。
砂浜の向こうは、密林のように樹が生い茂っていた。
「さあて、と」
あたしは思案した。
ここが、無人島でないといいんだけど。
どこからしらべてみようか……。
と、その時。
「うわぁっ!」
「まずいぞ!」
「逃げてーっ!」
叫び声と、爆発音、激しい水音がきこえてきた。
「むっ、あっちか?」
あたしは、渚を、声のした方にむかって走った。
あの向こうか?
視界をさえぎるように、目の前に突き出している岩をかけのぼる。
見えた!
入り江のようになった砂浜で、戦いが行われていた。
人の何倍もあるような、巨大な紫色の蟹が、海から上がってきていた。
その蟹に、半裸の男が、岸壁の前で追いつめられている。
男は、横に走って逃げようとしたが、手にした網に足を取られ、よろけて尻もちをついた。
蟹はハサミをふりたてて、退路を断つようにして迫っていく。
助けようと、仲間の男たちが、後ろから蟹を銛で突くが、かたい甲羅に、まったく歯が立たない。
「火と風の精霊が、お互いの周りを廻るとき熱が生じる、炎球弾!」
男たちの後ろから、小さな女の子が、魔法を放った!
生じたファイアボールが、蟹に向かって飛んでいく。
しかし、いかんせん、巨大蟹に対しては火力が足りない。
すべて、蟹の表面にはじかれ、爆発して消えた。
蟹が、動けない男にむかって、ハサミをふりあげた。
あれに挟まれたら、人間なんかあっさり断ち切られてしまうだろう。
「むう、これまでか……」
男は、観念したように目を閉じた。
これはいけない!
「助太刀するよーっ!」
あたしは叫んで、飛び出した。
岩場から、イリニスティスを振り上げて一気に跳躍する。
「いくぞイリニスティス/おう! てえええええいっ!」
まだ身体が宙にあるうちに、イリニスティスを振るう!
イリニスティスは、振り上げられたハサミを、すぱり、関節から切り落とす。
蟹のハサミは二つとも、砂地に転がった。
あたしは、着地したいきおいのまま蟹の甲羅に駆け上がり、両目の間をねらって、力の限りイリニスティスを突き立てた。
「やあああーっ!!」
イリニスティスが、ずぶっと甲羅をつきぬけて、蟹の神経に刺さり、脳を破壊する!
とたんに蟹は、足をびいんとつっぱらせ、固まって動かなくなった!
(かつエッグ註:ユウがこの場面をみていたら、こう言ったことでしょう。「うん、みごとな神経締めだね。こうすると、あとで茹でるとき、足がもげたりしないんだよね……」)
ふう、なんとか間に合ったようだ。
「ありがとうございました。おかげで、死なずにすみました……」
あぶなく巨大蟹の餌になるところだった男の人が、お礼を言ってくる。
「お見かけしないお顔ですね……島の外からいらっしゃったのですね? でもどうやって? ずぶ濡れですが、まさか泳いで? 船が難破でもしたのですか?」
「それが、あたしにもよくわからないんで……」
男の人は、あたしの返事に、不思議そうな顔をしたが(そりゃそうだ)、言った。
「とにかく、わたしたちのところに、いらっしゃいませんか? たいしたおもてなしはできませんが、そのままでは服も……」
この男の人は、ワットニーさんと言って、みんなのリーダーをしているということだ。
四十歳くらいであろうか。
日焼けしてたくましい。
ひげはモジャモジャだが、ことば使いはていねいで、品格がある。
「あの、ここはどこなんでしょう?」
「ああ、ここはバラージという島ですよ」
「バラージ……」
まったく聞いたことない。
「あなたがしらないのも無理はないです。ここは離れ小島ですから。わたしも海図でしか知りませんでしたよ」
「え?」
「わたしたちも、遭難者です。航海中に、魔物にやられてこの島に……」
「そうなんですか……」
「もう一年近く……物資も不足で」
「助けは来ないんですか?」
ワットニーさんは顔を曇らせた。
「わたしたちの船を襲った魔物が、このあたりに巣くっている限り、助けの船もたどりつけないんでは……船で助けを呼ぼうとして漕ぎ出した仲間も、目の前でやられてしまいました。無念です……」
孤島で、ろくな食べ物もない、苦難の日々を送っていたようだ。
たおした蟹は、とうぜんながら食料にかわるが、とてもこの人数では運べない。
人が呼びにやられた。
「うわっ、こんなやつどうやって斃したんだ?」
駆けつけてきた男たちが、横たわる巨大蟹をみてびっくりしている。
けっきょく、切り倒した木を担ぎ棒にして、男たち全員で運んでいくことになった。
それでも重そうで、みんな、ふうふういっている。
こんなとき、ユウさんがいれば、「じゅうりょくそうさ」で、すいすいと運んでくれるんだけどな……。
島の奥、高台になった場所に、住居が作られていた。
住人は、ぜんぶで二十人ほど。
百人以上の乗員がいる大きな船だったらしいだが、これだけしか生き残れなかったのだ。
中でもいちばん若いのが、さっき魔法をつかった女の子だった。
女の子が、あたしを小屋に連れて行くと、着替えをだしてくれた。
女の子の名は、ラミラといった。魔法使いの才能があるということで、推薦されて、魔法学園に入学するために、故郷をはなれて船に乗り、こんな目にあってしまったのだという。
「お姉さん、かっこよかったです!」
ラミラは、目を輝かせてあたしにいった。
「すごいですね、あの化け物蟹をズバッと! きっと名のある方ですよね?」
「ん? んふふ、まあね」
あたしは気分良くうなずいた。
「その名も高き、冒険者『歌う獣人女王』ジーナ様とは、何を隠そう、あたしのことだよ!」
「す、すてきです。でも、『歌う』ってなんですか?」
とつっこんでくる。
「ま、まあ、それは機会があればわかるよ」
「そうなんですか……でも、ほんとにお姉さんすごいです。あたしの魔法なんか、ぜんぜん役に立たなくて……」
しょんぼりする。
「そんなことないよ。あんたは、見どころがある。あたしの友だちの魔法使いが、あんたくらいのときには、ファイアボールなんて、とてもできなかったよ」
「えっ、お姉さん、友だちに魔法使いの方がいるんですか?」
目をかがやかせた。
「うん、その子は、いまや極大雷魔法を連発する大魔導師さまだよ!」
「すごい、ほんとうにすごい。わたしもがんばれば、いつか、そうなれるかな……」
「なれるよ! あっ、そうだ」
あたしは思いついて聞いてみた。
「あのさあ、島のあっちの方、海の中に、ばかでかい魔法使いの」
「あっ、らいら様の像ですね!」
「らいらサマ……」
ああ、やっぱりかあ……。
「そうです、偉大なる、『紅の蜘蛛と蛇の魔導師』らいら様のお姿です!」
もう、まちがいないよね。
ライラ、あんた……
「その、らいらサマって、どんなヤツ……いや、どんな人なの?」
「ご存じないんですね……魔法使いならみんな知っています。伝説の大魔導師さまです。大災厄の際にも、らいら様のご活躍で、大勢の人が救われたのです。とてもとても素晴らしい方なんですよ。あたしたち、魔法を志す者みんなの憧れです」
ラミラは力をこめて言う。
うーん、ライラ、あんたの評価、なんだか、たいへんなことになってるわよ。
あたしのライラは、もっとぬけてて、とんでもないフラグ立ての名人なんだけどなあ……。
まあ、いいやつなんだけどさ。
「えっと? 大災厄って?」
「このあたりは、もともとは海じゃなかったらしいですよ。それが、大災厄のために、地形がかわって、たくさんの大地が海に沈んでしまったらしいです。あのらいら様の像は、らいら様を慕って、大陸のあちこちに建てられていたうちの一つだと思うんですが、いまやこんなふうに……」
地形が変わる大災厄……
あたしは驚いた。
いったいどんなおそろしいことがおきたのか……
「ああ、そういえば…」
と、ラミラがいった。
「伝説によると、大災厄のあと、らいら様がつぶやかれたそうですよ。ジーナがいれば、こんなことにならなかったのに……って」
「はあっ?」
「ジーナって、お姉さんと同じ名前ですね。ビックリですよね、あははは」
ラミラは、無邪気に笑った。
さて、その日の夜は、美味しい蟹料理にみんなで舌鼓を打った。蟹のすてきな匂いが漂う。焼きガニ、茹でガニ、蟹鍋、なにしろ本体がでかいので、量は十分だ。蟹ミソもコクがあり、うーん、すばらしい。全員が大喜びだ。
あたしは、心に誓った。
この巨大ガニはいける! もとの世界にもどったら、海に行って、みんなで食べるぞ!
宴たけなわのころ、余興として、歌う獣人女王であるこのあたしが、美しい歌声を披露し、みなさまが号泣したのはいうまでもない。
「ライラぁーーっ!」
「ジーナぁーーっ!」
おたがいを呼ぶ声が遠ざかり、
そして、ライラと離れ、あたしは一人、どこともしれぬ時空へとばされてしまったのだった。
「ひゃあっ!」
それまで立っていた地面がとつぜん消えた。
あたしのからだは、どこか高いところから、一直線に落ちていく。
「ああぁあぁあーーーっ?!」
あわてて下を見れば、みるみる近づいてくるのは、青い水面みなも。
えっ? 湖? あたし、湖の上に出ちゃった?
驚くまもなく、
ドボオオオン!!
あたしは水の中。
ボコボコと空気の泡をまとわりつかせ、墜落のいきおいのままどんどん沈んでいく。
こんな勢いで落ちたのに、水底にはつかない。
かなりの深さだ。
わけがわからないけど、とにかく、水面にでないとだめだ。
光がゆれる、青い水面にむかって、浮かび上がる。
あたしは、実は泳ぐのは得意なんだ。
ダンジョンの沼でだって、溺れそうになるライラを助けたんだから。
時空がひきさかれて、遠ざかっていったライラの、びっくりしたような、ぽかんとした顔がうかんだ。
ライラ、ひとりでだいじょうぶかな……。
あの子一人では心配なんだよな……。
あたしがついてないとさあ……。
両手で水をかき、上へ、上へ。
「ぷはあっ!」
ようやく水の上に顔が出た。
「わっ、ぺっ、ぺっ!」
あたしは、口に入った水を、あわてて吐き出す。
なにこの水?
口の中が、塩辛い。
ここって、ほんとに湖なの?
あたしは、立ち泳ぎをしながら、周りの様子をみまわした。
目の前に、どこまでも広がる青い水。
岸が見えない。
塩辛い水はゆっくり上下して、浮かぶあたしのからだも揺れる。
そして、気がついた。
これ、話にきく、「海」ってやつでは?
あたしたちの住むところは海から遠くて、あたしもライラも、いちども本当の海ってものをみたことがなかった。
あ、そういえば、ユウさんと星の船に乗って、「ちきゅう」を一周したときに、空から見たけど。
でも、そんなの遠くからながめただけだもんね。
じっさいの海はこれがはじめてだ。
そうかあ、これが海かあ……海すごいなあ……ひろいなあ……しょっぱいなあ……しょっぱくてなんか苦いなあ
……って、いやいや、あたし、これからどうなるの?
このままいつまでも浮かんでいるわけにも……。
「あっ!」
水の上下(波って言うんだよね、これって?)で、あたしの身体が高くもちあげられたとき。
向こうに、ちらっと、なにか見えた。
白い何かと、緑色の何か。
あれは島かも知れない。
よおし、いけっ!
あたしは、期待をこめて、その方向に泳ぎ出した。
とちゅう、とつぜん現れた、なんだかよくわからない生き物が、鋭い歯のならんだ口を開けて、水面を突進してきた。
泳ぐあたしを、おいしい餌とでも思ったんだろうけど、
「えいっ!」
返り討ちだ。
イリニスティスで、一刀のもとに切り捨ててやった。
白い腹を上にして、ぷかりと浮かんで動かなくなったその生き物に、
ガバツ! ガバッ! ガバッ!
たちまち、別の生き物が何匹も、海中から浮かび上がってきて群がり、死骸にがつがつと食らいついている。
血の臭いがあたりに広がって、それがまた別の生き物をよびよせる。
呼び寄せられた生き物どうしが、興奮して共食いをはじめる。
これは、なかなかぶっそうだ。
あたしはとっとと逃げ出した。
だんだん緑が近づいてくる。
うん、やっぱり、あれは島だ。
そんなに大きくはなさそうだけど。
だれか、人がいるといいなあ。
でも、あの白いものはなんだろ。
島の手前に、海から突き出していて。
岩かな?
でも、岩にしてはなんだかその形が……
あ?
ちょっと、あれって?
ええっ?
「なによ、あれ?!……あ……ゴボガバゴボ……!」
あまりにおどろいて、泳ぐのをわすれちゃったよ!
「なんなのこれは!」
その白いものは、巨大な彫像だった。
ずいぶん古そうだ。
それが、ななめに傾いたかたちで、海から突き出している。
それはいいんだけど。
問題は、その像が何かってことなんだけど。
ローブをまとった、魔法使いの女性。
右手の杖を、前にかかげて、今にも魔法をつかおうとしている。
左手は、胸のあたりにあって、なにかをもっているようだが、よくわからない。
この魔法使いの女性……
いや、これ、どうみても、ライラなんだけど!
顔立ちといい、もってる杖といい……。
右肩に蛇をのせてるし。ローブの模様は蜘蛛だし。
まさに、紅の蜘蛛と蛇の魔導師でしょ!
ライラ、あんた、いつのまに何やってんのよ!
これは、やっぱり、だれかにきっちり説明してもらわなきゃ。
あたしは、人がいるかも知れない島にむかって、いきおいよく泳ぎ出す。
島の渚は、白い砂浜になっていた。
波が寄せては返し、あたしの足を洗う。
砂浜の向こうは、密林のように樹が生い茂っていた。
「さあて、と」
あたしは思案した。
ここが、無人島でないといいんだけど。
どこからしらべてみようか……。
と、その時。
「うわぁっ!」
「まずいぞ!」
「逃げてーっ!」
叫び声と、爆発音、激しい水音がきこえてきた。
「むっ、あっちか?」
あたしは、渚を、声のした方にむかって走った。
あの向こうか?
視界をさえぎるように、目の前に突き出している岩をかけのぼる。
見えた!
入り江のようになった砂浜で、戦いが行われていた。
人の何倍もあるような、巨大な紫色の蟹が、海から上がってきていた。
その蟹に、半裸の男が、岸壁の前で追いつめられている。
男は、横に走って逃げようとしたが、手にした網に足を取られ、よろけて尻もちをついた。
蟹はハサミをふりたてて、退路を断つようにして迫っていく。
助けようと、仲間の男たちが、後ろから蟹を銛で突くが、かたい甲羅に、まったく歯が立たない。
「火と風の精霊が、お互いの周りを廻るとき熱が生じる、炎球弾!」
男たちの後ろから、小さな女の子が、魔法を放った!
生じたファイアボールが、蟹に向かって飛んでいく。
しかし、いかんせん、巨大蟹に対しては火力が足りない。
すべて、蟹の表面にはじかれ、爆発して消えた。
蟹が、動けない男にむかって、ハサミをふりあげた。
あれに挟まれたら、人間なんかあっさり断ち切られてしまうだろう。
「むう、これまでか……」
男は、観念したように目を閉じた。
これはいけない!
「助太刀するよーっ!」
あたしは叫んで、飛び出した。
岩場から、イリニスティスを振り上げて一気に跳躍する。
「いくぞイリニスティス/おう! てえええええいっ!」
まだ身体が宙にあるうちに、イリニスティスを振るう!
イリニスティスは、振り上げられたハサミを、すぱり、関節から切り落とす。
蟹のハサミは二つとも、砂地に転がった。
あたしは、着地したいきおいのまま蟹の甲羅に駆け上がり、両目の間をねらって、力の限りイリニスティスを突き立てた。
「やあああーっ!!」
イリニスティスが、ずぶっと甲羅をつきぬけて、蟹の神経に刺さり、脳を破壊する!
とたんに蟹は、足をびいんとつっぱらせ、固まって動かなくなった!
(かつエッグ註:ユウがこの場面をみていたら、こう言ったことでしょう。「うん、みごとな神経締めだね。こうすると、あとで茹でるとき、足がもげたりしないんだよね……」)
ふう、なんとか間に合ったようだ。
「ありがとうございました。おかげで、死なずにすみました……」
あぶなく巨大蟹の餌になるところだった男の人が、お礼を言ってくる。
「お見かけしないお顔ですね……島の外からいらっしゃったのですね? でもどうやって? ずぶ濡れですが、まさか泳いで? 船が難破でもしたのですか?」
「それが、あたしにもよくわからないんで……」
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ひげはモジャモジャだが、ことば使いはていねいで、品格がある。
「あの、ここはどこなんでしょう?」
「ああ、ここはバラージという島ですよ」
「バラージ……」
まったく聞いたことない。
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「え?」
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「助けは来ないんですか?」
ワットニーさんは顔を曇らせた。
「わたしたちの船を襲った魔物が、このあたりに巣くっている限り、助けの船もたどりつけないんでは……船で助けを呼ぼうとして漕ぎ出した仲間も、目の前でやられてしまいました。無念です……」
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人が呼びにやられた。
「うわっ、こんなやつどうやって斃したんだ?」
駆けつけてきた男たちが、横たわる巨大蟹をみてびっくりしている。
けっきょく、切り倒した木を担ぎ棒にして、男たち全員で運んでいくことになった。
それでも重そうで、みんな、ふうふういっている。
こんなとき、ユウさんがいれば、「じゅうりょくそうさ」で、すいすいと運んでくれるんだけどな……。
島の奥、高台になった場所に、住居が作られていた。
住人は、ぜんぶで二十人ほど。
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中でもいちばん若いのが、さっき魔法をつかった女の子だった。
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女の子の名は、ラミラといった。魔法使いの才能があるということで、推薦されて、魔法学園に入学するために、故郷をはなれて船に乗り、こんな目にあってしまったのだという。
「お姉さん、かっこよかったです!」
ラミラは、目を輝かせてあたしにいった。
「すごいですね、あの化け物蟹をズバッと! きっと名のある方ですよね?」
「ん? んふふ、まあね」
あたしは気分良くうなずいた。
「その名も高き、冒険者『歌う獣人女王』ジーナ様とは、何を隠そう、あたしのことだよ!」
「す、すてきです。でも、『歌う』ってなんですか?」
とつっこんでくる。
「ま、まあ、それは機会があればわかるよ」
「そうなんですか……でも、ほんとにお姉さんすごいです。あたしの魔法なんか、ぜんぜん役に立たなくて……」
しょんぼりする。
「そんなことないよ。あんたは、見どころがある。あたしの友だちの魔法使いが、あんたくらいのときには、ファイアボールなんて、とてもできなかったよ」
「えっ、お姉さん、友だちに魔法使いの方がいるんですか?」
目をかがやかせた。
「うん、その子は、いまや極大雷魔法を連発する大魔導師さまだよ!」
「すごい、ほんとうにすごい。わたしもがんばれば、いつか、そうなれるかな……」
「なれるよ! あっ、そうだ」
あたしは思いついて聞いてみた。
「あのさあ、島のあっちの方、海の中に、ばかでかい魔法使いの」
「あっ、らいら様の像ですね!」
「らいらサマ……」
ああ、やっぱりかあ……。
「そうです、偉大なる、『紅の蜘蛛と蛇の魔導師』らいら様のお姿です!」
もう、まちがいないよね。
ライラ、あんた……
「その、らいらサマって、どんなヤツ……いや、どんな人なの?」
「ご存じないんですね……魔法使いならみんな知っています。伝説の大魔導師さまです。大災厄の際にも、らいら様のご活躍で、大勢の人が救われたのです。とてもとても素晴らしい方なんですよ。あたしたち、魔法を志す者みんなの憧れです」
ラミラは力をこめて言う。
うーん、ライラ、あんたの評価、なんだか、たいへんなことになってるわよ。
あたしのライラは、もっとぬけてて、とんでもないフラグ立ての名人なんだけどなあ……。
まあ、いいやつなんだけどさ。
「えっと? 大災厄って?」
「このあたりは、もともとは海じゃなかったらしいですよ。それが、大災厄のために、地形がかわって、たくさんの大地が海に沈んでしまったらしいです。あのらいら様の像は、らいら様を慕って、大陸のあちこちに建てられていたうちの一つだと思うんですが、いまやこんなふうに……」
地形が変わる大災厄……
あたしは驚いた。
いったいどんなおそろしいことがおきたのか……
「ああ、そういえば…」
と、ラミラがいった。
「伝説によると、大災厄のあと、らいら様がつぶやかれたそうですよ。ジーナがいれば、こんなことにならなかったのに……って」
「はあっ?」
「ジーナって、お姉さんと同じ名前ですね。ビックリですよね、あははは」
ラミラは、無邪気に笑った。
さて、その日の夜は、美味しい蟹料理にみんなで舌鼓を打った。蟹のすてきな匂いが漂う。焼きガニ、茹でガニ、蟹鍋、なにしろ本体がでかいので、量は十分だ。蟹ミソもコクがあり、うーん、すばらしい。全員が大喜びだ。
あたしは、心に誓った。
この巨大ガニはいける! もとの世界にもどったら、海に行って、みんなで食べるぞ!
宴たけなわのころ、余興として、歌う獣人女王であるこのあたしが、美しい歌声を披露し、みなさまが号泣したのはいうまでもない。
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白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
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転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
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ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
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性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
ズボラ通販生活
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西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
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