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ジーナの冒険(1)孤島の渚にて

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 思いっきり伸ばしたあたしの手は、ライラに届かなかった。

 「ライラぁーーっ!」
 「ジーナぁーーっ!」

 おたがいを呼ぶ声が遠ざかり、

 そして、ライラと離れ、あたしは一人、どこともしれぬ時空へとばされてしまったのだった。

 「ひゃあっ!」

 それまで立っていた地面がとつぜん消えた。
 あたしのからだは、どこか高いところから、一直線に落ちていく。

 「ああぁあぁあーーーっ?!」

 あわてて下を見れば、みるみる近づいてくるのは、青い水面みなも。
 えっ? 湖? あたし、湖の上に出ちゃった?
 驚くまもなく、

  ドボオオオン!!

 あたしは水の中。
 ボコボコと空気の泡をまとわりつかせ、墜落のいきおいのままどんどん沈んでいく。
 こんな勢いで落ちたのに、水底にはつかない。
 かなりの深さだ。
 わけがわからないけど、とにかく、水面にでないとだめだ。
 光がゆれる、青い水面にむかって、浮かび上がる。
 あたしは、実は泳ぐのは得意なんだ。
 ダンジョンの沼でだって、溺れそうになるライラを助けたんだから。
 時空がひきさかれて、遠ざかっていったライラの、びっくりしたような、ぽかんとした顔がうかんだ。
 ライラ、ひとりでだいじょうぶかな……。
 あの子一人では心配なんだよな……。
 あたしがついてないとさあ……。
 両手で水をかき、上へ、上へ。

 「ぷはあっ!」

 ようやく水の上に顔が出た。

 「わっ、ぺっ、ぺっ!」

 あたしは、口に入った水を、あわてて吐き出す。
 なにこの水?
 口の中が、塩辛い。
 ここって、ほんとに湖なの?
 あたしは、立ち泳ぎをしながら、周りの様子をみまわした。
 目の前に、どこまでも広がる青い水。
 岸が見えない。
 塩辛い水はゆっくり上下して、浮かぶあたしのからだも揺れる。
 そして、気がついた。
 これ、話にきく、「海」ってやつでは?
 あたしたちの住むところは海から遠くて、あたしもライラも、いちども本当の海ってものをみたことがなかった。
 あ、そういえば、ユウさんと星の船に乗って、「ちきゅう」を一周したときに、空から見たけど。
 でも、そんなの遠くからながめただけだもんね。
 じっさいの海はこれがはじめてだ。
 そうかあ、これが海かあ……海すごいなあ……ひろいなあ……しょっぱいなあ……しょっぱくてなんか苦いなあ
 ……って、いやいや、あたし、これからどうなるの?
 このままいつまでも浮かんでいるわけにも……。

 「あっ!」

 水の上下(波って言うんだよね、これって?)で、あたしの身体が高くもちあげられたとき。
 向こうに、ちらっと、なにか見えた。
 白い何かと、緑色の何か。
 あれは島かも知れない。
 よおし、いけっ!
 あたしは、期待をこめて、その方向に泳ぎ出した。

 とちゅう、とつぜん現れた、なんだかよくわからない生き物が、鋭い歯のならんだ口を開けて、水面を突進してきた。
 泳ぐあたしを、おいしい餌とでも思ったんだろうけど、

 「えいっ!」

 返り討ちだ。
 イリニスティスで、一刀のもとに切り捨ててやった。
 白い腹を上にして、ぷかりと浮かんで動かなくなったその生き物に、

  ガバツ! ガバッ! ガバッ!

 たちまち、別の生き物が何匹も、海中から浮かび上がってきて群がり、死骸にがつがつと食らいついている。
 血の臭いがあたりに広がって、それがまた別の生き物をよびよせる。
 呼び寄せられた生き物どうしが、興奮して共食いをはじめる。
 これは、なかなかぶっそうだ。
 あたしはとっとと逃げ出した。

 だんだん緑が近づいてくる。
 うん、やっぱり、あれは島だ。
 そんなに大きくはなさそうだけど。
 だれか、人がいるといいなあ。
 でも、あの白いものはなんだろ。
 島の手前に、海から突き出していて。
 岩かな?
 でも、岩にしてはなんだかその形が……
 あ?
 ちょっと、あれって?
 ええっ?

 「なによ、あれ?!……あ……ゴボガバゴボ……!」

 あまりにおどろいて、泳ぐのをわすれちゃったよ!

 「なんなのこれは!」

 その白いものは、巨大な彫像だった。
 ずいぶん古そうだ。
 それが、ななめに傾いたかたちで、海から突き出している。
 それはいいんだけど。
 問題は、その像が何かってことなんだけど。
 ローブをまとった、魔法使いの女性。
 右手の杖を、前にかかげて、今にも魔法をつかおうとしている。
 左手は、胸のあたりにあって、なにかをもっているようだが、よくわからない。
 この魔法使いの女性……
 いや、これ、どうみても、ライラなんだけど!
 顔立ちといい、もってる杖といい……。
 右肩に蛇をのせてるし。ローブの模様は蜘蛛だし。
 まさに、紅の蜘蛛と蛇の魔導師でしょ!
 ライラ、あんた、いつのまに何やってんのよ!
 これは、やっぱり、だれかにきっちり説明してもらわなきゃ。
 あたしは、人がいるかも知れない島にむかって、いきおいよく泳ぎ出す。

 島の渚は、白い砂浜になっていた。
 波が寄せては返し、あたしの足を洗う。
 砂浜の向こうは、密林のように樹が生い茂っていた。

 「さあて、と」

 あたしは思案した。
 ここが、無人島でないといいんだけど。
 どこからしらべてみようか……。
 と、その時。

 「うわぁっ!」
 「まずいぞ!」
 「逃げてーっ!」

 叫び声と、爆発音、激しい水音がきこえてきた。

 「むっ、あっちか?」

 あたしは、渚を、声のした方にむかって走った。
 あの向こうか?
 視界をさえぎるように、目の前に突き出している岩をかけのぼる。
 見えた!
 入り江のようになった砂浜で、戦いが行われていた。
 人の何倍もあるような、巨大な紫色の蟹が、海から上がってきていた。
 その蟹に、半裸の男が、岸壁の前で追いつめられている。
 男は、横に走って逃げようとしたが、手にした網に足を取られ、よろけて尻もちをついた。
 蟹はハサミをふりたてて、退路を断つようにして迫っていく。
 助けようと、仲間の男たちが、後ろから蟹を銛で突くが、かたい甲羅に、まったく歯が立たない。

 「火と風の精霊が、お互いの周りを廻るとき熱が生じる、炎球弾!」

 男たちの後ろから、小さな女の子が、魔法を放った!
 生じたファイアボールが、蟹に向かって飛んでいく。
 しかし、いかんせん、巨大蟹に対しては火力が足りない。
 すべて、蟹の表面にはじかれ、爆発して消えた。
 蟹が、動けない男にむかって、ハサミをふりあげた。
 あれに挟まれたら、人間なんかあっさり断ち切られてしまうだろう。

 「むう、これまでか……」

 男は、観念したように目を閉じた。
 これはいけない!

 「助太刀するよーっ!」

 あたしは叫んで、飛び出した。
 岩場から、イリニスティスを振り上げて一気に跳躍する。

 「いくぞイリニスティス/おう! てえええええいっ!」

 まだ身体が宙にあるうちに、イリニスティスを振るう!
 イリニスティスは、振り上げられたハサミを、すぱり、関節から切り落とす。
 蟹のハサミは二つとも、砂地に転がった。
 あたしは、着地したいきおいのまま蟹の甲羅に駆け上がり、両目の間をねらって、力の限りイリニスティスを突き立てた。

 「やあああーっ!!」

 イリニスティスが、ずぶっと甲羅をつきぬけて、蟹の神経に刺さり、脳を破壊する!
 とたんに蟹は、足をびいんとつっぱらせ、固まって動かなくなった!

(かつエッグ註:ユウがこの場面をみていたら、こう言ったことでしょう。「うん、みごとな神経締めだね。こうすると、あとで茹でるとき、足がもげたりしないんだよね……」)

 ふう、なんとか間に合ったようだ。

 「ありがとうございました。おかげで、死なずにすみました……」

 あぶなく巨大蟹の餌になるところだった男の人が、お礼を言ってくる。

 「お見かけしないお顔ですね……島の外からいらっしゃったのですね? でもどうやって? ずぶ濡れですが、まさか泳いで? 船が難破でもしたのですか?」
 「それが、あたしにもよくわからないんで……」

 男の人は、あたしの返事に、不思議そうな顔をしたが(そりゃそうだ)、言った。

 「とにかく、わたしたちのところに、いらっしゃいませんか? たいしたおもてなしはできませんが、そのままでは服も……」

 この男の人は、ワットニーさんと言って、みんなのリーダーをしているということだ。
 四十歳くらいであろうか。
 日焼けしてたくましい。
 ひげはモジャモジャだが、ことば使いはていねいで、品格がある。

 「あの、ここはどこなんでしょう?」
 「ああ、ここはバラージという島ですよ」
 「バラージ……」

 まったく聞いたことない。

 「あなたがしらないのも無理はないです。ここは離れ小島ですから。わたしも海図でしか知りませんでしたよ」
 「え?」
 「わたしたちも、遭難者です。航海中に、魔物にやられてこの島に……」
 「そうなんですか……」
 「もう一年近く……物資も不足で」
 「助けは来ないんですか?」

 ワットニーさんは顔を曇らせた。

 「わたしたちの船を襲った魔物が、このあたりに巣くっている限り、助けの船もたどりつけないんでは……船で助けを呼ぼうとして漕ぎ出した仲間も、目の前でやられてしまいました。無念です……」

 孤島で、ろくな食べ物もない、苦難の日々を送っていたようだ。
 たおした蟹は、とうぜんながら食料にかわるが、とてもこの人数では運べない。
 人が呼びにやられた。

 「うわっ、こんなやつどうやって斃したんだ?」

 駆けつけてきた男たちが、横たわる巨大蟹をみてびっくりしている。
 けっきょく、切り倒した木を担ぎ棒にして、男たち全員で運んでいくことになった。
 それでも重そうで、みんな、ふうふういっている。
 こんなとき、ユウさんがいれば、「じゅうりょくそうさ」で、すいすいと運んでくれるんだけどな……。

 島の奥、高台になった場所に、住居が作られていた。
 住人は、ぜんぶで二十人ほど。
 百人以上の乗員がいる大きな船だったらしいだが、これだけしか生き残れなかったのだ。
 中でもいちばん若いのが、さっき魔法をつかった女の子だった。
 女の子が、あたしを小屋に連れて行くと、着替えをだしてくれた。
 女の子の名は、ラミラといった。魔法使いの才能があるということで、推薦されて、魔法学園に入学するために、故郷をはなれて船に乗り、こんな目にあってしまったのだという。

 「お姉さん、かっこよかったです!」

 ラミラは、目を輝かせてあたしにいった。

 「すごいですね、あの化け物蟹をズバッと! きっと名のある方ですよね?」
 「ん? んふふ、まあね」

 あたしは気分良くうなずいた。

 「その名も高き、冒険者『歌う獣人女王』ジーナ様とは、何を隠そう、あたしのことだよ!」
 「す、すてきです。でも、『歌う』ってなんですか?」

 とつっこんでくる。

 「ま、まあ、それは機会があればわかるよ」
 「そうなんですか……でも、ほんとにお姉さんすごいです。あたしの魔法なんか、ぜんぜん役に立たなくて……」

 しょんぼりする。

 「そんなことないよ。あんたは、見どころがある。あたしの友だちの魔法使いが、あんたくらいのときには、ファイアボールなんて、とてもできなかったよ」
 「えっ、お姉さん、友だちに魔法使いの方がいるんですか?」

 目をかがやかせた。

 「うん、その子は、いまや極大雷魔法を連発する大魔導師さまだよ!」
 「すごい、ほんとうにすごい。わたしもがんばれば、いつか、そうなれるかな……」
 「なれるよ! あっ、そうだ」

 あたしは思いついて聞いてみた。

 「あのさあ、島のあっちの方、海の中に、ばかでかい魔法使いの」
 「あっ、らいら様の像ですね!」
 「サマ……」

 ああ、やっぱりかあ……。

 「そうです、偉大なる、『紅の蜘蛛と蛇の魔導師』らいら様のお姿です!」

 もう、まちがいないよね。
 ライラ、あんた……

 「その、らいらサマって、どんなヤツ……いや、どんな人なの?」
 「ご存じないんですね……魔法使いならみんな知っています。伝説の大魔導師さまです。大災厄の際にも、らいら様のご活躍で、大勢の人が救われたのです。とてもとても素晴らしい方なんですよ。あたしたち、魔法を志す者みんなの憧れです」

 ラミラは力をこめて言う。
 うーん、ライラ、あんたの評価、なんだか、たいへんなことになってるわよ。
 あたしのライラは、もっとぬけてて、とんでもないフラグ立ての名人なんだけどなあ……。
 まあ、いいやつなんだけどさ。

 「えっと? 大災厄って?」
 「このあたりは、もともとは海じゃなかったらしいですよ。それが、大災厄のために、地形がかわって、たくさんの大地が海に沈んでしまったらしいです。あのらいら様の像は、らいら様を慕って、大陸のあちこちに建てられていたうちの一つだと思うんですが、いまやこんなふうに……」

 地形が変わる大災厄……
 あたしは驚いた。
 いったいどんなおそろしいことがおきたのか……

 「ああ、そういえば…」

 と、ラミラがいった。

 「伝説によると、大災厄のあと、らいら様がつぶやかれたそうですよ。ジーナがいれば、こんなことにならなかったのに……って」
 「はあっ?」
 「ジーナって、お姉さんと同じ名前ですね。ビックリですよね、あははは」

 ラミラは、無邪気に笑った。

 さて、その日の夜は、美味しい蟹料理にみんなで舌鼓を打った。蟹のすてきな匂いが漂う。焼きガニ、茹でガニ、蟹鍋、なにしろ本体がでかいので、量は十分だ。蟹ミソもコクがあり、うーん、すばらしい。全員が大喜びだ。
 あたしは、心に誓った。
 この巨大ガニはいける! もとの世界にもどったら、海に行って、みんなで食べるぞ!

 宴たけなわのころ、余興として、歌う獣人女王であるこのあたしが、美しい歌声を披露し、みなさまが号泣したのはいうまでもない。
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