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時のかなめの柱
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「かならず、会えるから!」
わたしは小ルシアにそう叫んだが、次の瞬間、まぶしい昼の明るさに包まれていた。
さんさんと輝く太陽。
青空と流れる雲。
風にそよぐ草。
わたしたちは、また、昼間の草原に立っていたのだった。
見上げれば、太陽の位置も、朝とほとんどかわっていないようだった。
「これって……もとのところにもどったの?」
ジーナが聞く。
「わからない……。場所はもとどおりだと思うけど、時間はどうかなあ……?」
「どうしよう、ライラ……」
「とりあえず、孤児院にもどってみようよ」
「そうだね!」
わたしたちは、急いで道をひきかえした。
歩きながら、わたしは考えた。
(もし、今わたしたちがいるのが、本来の「今」でなかったらどうなってしまうのだろう)
わたしたちが属する「今」まで戻りきれていなかったら、わたしたちのいる今ここが、まだ百年や二百年の昔だったら、たぶんそこには、まだ、孤児院はできていない。
逆に、戻りすぎで、百年先や二百年先の遠い未来に送られてしまっていたら、やはりそこにも、わたしたちの帰る、ルシア先生の孤児院は、もうないということに……?
そんなことを考えると、不安な気持ちがむくむくと湧いてきて、わたしの足は知らずしらずに速くなる。
いつのまにか、わたしは駆けだしていたのだ。
「あっ、待ってよライラぁー」
あわてて、ジーナが追いかけてくる。
(あるよね? わたしたちの孤児院。ルシア先生、ユウさん、いるよね?)
祈りながら、息を切らして、駆ける。
そして――
「ああ……あった! あったよ……」
孤児院につづく坂道までたどりつき、坂の上に、見慣れた孤児院の青い屋根がみえたときには、わたしは、こころのそこからほっとしたのだった。
見上げると、ルシア先生が、門のところに立っている。
ユウもその横にいる。
息をきらして、かけこんできたわたしとジーナをみて、なぜかとても驚いている。
「どうしたの? こんなにすぐ……また、なにかあったの?」
心配そうに聞いてくるルシア先生。
その顔に、さっきまで一緒にいた小ルシアの顔が重なり、
「だれですか。お姉さん。その人はだれですか。どこにいるんですか」と、一途に言いつのった、幼い声が蘇り……。
だ、だめだ……。
目頭がつんと熱くなって。
「ライラ、あなた、だいじょうぶなの?」
ルシア先生が言い、
「う、う、うわあああん!」
わたしは、また号泣してしまったのだった。
ルシア先生が、説明をもとめて、ジーナを見る。
「ルシア先生、ライラは、森で先生に会ってから、どうもようすがへんなんですよ」
とジーナがいうが
「はい?」
不思議そうな顔のルシア先生。
ジーナ、あんたのその言い方では、ぜったいにわかるわけがないよ……。
あんたはもう少し、考えて話そうよ。
わたしたちが孤児院を出発してから、かけもどってくるまでには、ほとんど時間がたっていなかったのだそうだ。
ルシア先生は、わたしたちのことが心配だったので、また、前のように、門のところで、出かけて行くわたしとジーナを見送ったのだという。ユウも、その横によりそっていた。
わたしたちが坂道を下り、木陰にかくれて、姿が見えなくなるまで、ルシア先生は、じっと目で追っていた。
ところが、わたしたちの姿がかくれて、ほんの数瞬もしないうちに、また、道をかけもどってくるわたしたちが見えたのだという。
どうも、わたしたちは、過去に移動した時点より、すこし遡った時点に戻ってきたようだ。
つまり、わたしたちは三の刻にここ孤児院を出発。すると、草原にたどり着いたのが四の刻ごろで、そのときわたしたちが過去にとばされて、幼いルシア先生に会い、そしてもどってきた今はまだ、四の刻より前なのだ。
でも、そうすると、ひょっとして今、この瞬間にも、あの草原に向かって歩いているわたしとジーナがいるのだろうか?
いそいで追いかけたら、わたしたちは、自分自身と顔をあわせるのだろうか?
もしそこで、わたしがわたしを引き留めたら、わたしたちは過去には行かず、そうすると過去でルシア先生には会わないことになって、ええと、それだと結局、なにがどうなるんだっけ?
ああ、とてもややこしい。
なにがなんだかもうわからない。
でも、時が乱れるとは、つまり、こういうことが起こるという、まさにそんな事態なのかも知れなかった。
「いったい、なにがあったの?」
ルシア先生がきいてくる。
「先生、ぴいちゃんて覚えてますか?」
ジーナが、先生に聞き返す。
「ぴいちゃん……?」
「先生が、ちいさいときに助けた、トキワタリのこどもです」
「トキワタリ……あっ!」
ルシア先生が目を丸くした。
「先生、わたしたち、時を遡って、ずっとずっと昔の、小さなころの先生に会いました。先生が、密猟者に捕まったぴいちゃんを助けようとするのを、手伝いました。おぼえていますか、わたしたちのことを」
「小さなルシア先生、かわいかったよ。なんか、感覚がずれてたけど……」
と、ジーナが失礼なことを言う。
ルシア先生の中で、九百年前の記憶が、いっしゅんで結晶のように形作られて
「あの……あのときの、二人のお姉さん……?」
わたしとジーナをまじまじとみる。
「そうです、先生、わたしとジーナです」
「先生、あたしら、ちゃんと名乗ったんだけどなあ……小さかったから、忘れちゃったのかな」
「ああ……あああっ……!」
「先生、あのとき、先生はユウさんのことも感じとって、そのひとはだれかって、どこにいるのかって、いっしょうけんめいわたしに聞きましたね……ちゃんと、わたしたち、わたしとジーナと、それからユウさんと、みんな出会いましたね。わたしは、とてもうれしいです」
先生の目が潤んだ。
それはまるで、あのときの小ルシアのよう。
ルシア先生は、何も言えなくなって、わたしとジーナを両腕でつよくだきしめた。
ぽたり、ぽたりとルシア先生の涙が、わたしたちをぬらした。
「先生、ユウさんとちゃんと出会えて、よかったですね」
「うん、あんなに会いたがっていたもんね」
わたしたちがそういうと、ルシア先生はとうとうこらえきれず、嗚咽をもらし、ユウがその肩に、やさしく触れるのだった。
わたしたちの、過去での冒険の話をぜんぶ聞き終わって、ユウが、しみじみといった。
「なるほどね、未来の記憶か……ライラは、なかなかの詩人だね」
へへへ。それほどでも……。
そんなふうに言われて、わたしは照れた。
ユウが続ける。
「でも、君たちが過去に戻り、幼いルシアとあって、そして再会の約束をして……、こうしてそのことを今、ルシアが思い出すこと、ぼくらがみんなでその記憶を共有することは、ひょっとして、乱れて揺れる『時』を、確かなものにするんじゃないのかな……まるで航海の座標軸のように」
「まことに、ユウさまのおっしゃるとおりです」
と、また、どこからともなく現れたゴッセンがいう。
「あなたたちの存在は、時という壮麗な大伽藍の、かなめの一柱なのですよ。
乱れる時間に抗して、かわらぬ確かなものが、あなたたちのつながりです。
時の魔獣と戦うための、それが資格です」
「うわっ、びっくりするなあ、ゴッセンさん! いつもいきなり出るねえ」
ジーナがぼやき、ゴッセンは静かに笑みをうかべるのだった。
わたしは小ルシアにそう叫んだが、次の瞬間、まぶしい昼の明るさに包まれていた。
さんさんと輝く太陽。
青空と流れる雲。
風にそよぐ草。
わたしたちは、また、昼間の草原に立っていたのだった。
見上げれば、太陽の位置も、朝とほとんどかわっていないようだった。
「これって……もとのところにもどったの?」
ジーナが聞く。
「わからない……。場所はもとどおりだと思うけど、時間はどうかなあ……?」
「どうしよう、ライラ……」
「とりあえず、孤児院にもどってみようよ」
「そうだね!」
わたしたちは、急いで道をひきかえした。
歩きながら、わたしは考えた。
(もし、今わたしたちがいるのが、本来の「今」でなかったらどうなってしまうのだろう)
わたしたちが属する「今」まで戻りきれていなかったら、わたしたちのいる今ここが、まだ百年や二百年の昔だったら、たぶんそこには、まだ、孤児院はできていない。
逆に、戻りすぎで、百年先や二百年先の遠い未来に送られてしまっていたら、やはりそこにも、わたしたちの帰る、ルシア先生の孤児院は、もうないということに……?
そんなことを考えると、不安な気持ちがむくむくと湧いてきて、わたしの足は知らずしらずに速くなる。
いつのまにか、わたしは駆けだしていたのだ。
「あっ、待ってよライラぁー」
あわてて、ジーナが追いかけてくる。
(あるよね? わたしたちの孤児院。ルシア先生、ユウさん、いるよね?)
祈りながら、息を切らして、駆ける。
そして――
「ああ……あった! あったよ……」
孤児院につづく坂道までたどりつき、坂の上に、見慣れた孤児院の青い屋根がみえたときには、わたしは、こころのそこからほっとしたのだった。
見上げると、ルシア先生が、門のところに立っている。
ユウもその横にいる。
息をきらして、かけこんできたわたしとジーナをみて、なぜかとても驚いている。
「どうしたの? こんなにすぐ……また、なにかあったの?」
心配そうに聞いてくるルシア先生。
その顔に、さっきまで一緒にいた小ルシアの顔が重なり、
「だれですか。お姉さん。その人はだれですか。どこにいるんですか」と、一途に言いつのった、幼い声が蘇り……。
だ、だめだ……。
目頭がつんと熱くなって。
「ライラ、あなた、だいじょうぶなの?」
ルシア先生が言い、
「う、う、うわあああん!」
わたしは、また号泣してしまったのだった。
ルシア先生が、説明をもとめて、ジーナを見る。
「ルシア先生、ライラは、森で先生に会ってから、どうもようすがへんなんですよ」
とジーナがいうが
「はい?」
不思議そうな顔のルシア先生。
ジーナ、あんたのその言い方では、ぜったいにわかるわけがないよ……。
あんたはもう少し、考えて話そうよ。
わたしたちが孤児院を出発してから、かけもどってくるまでには、ほとんど時間がたっていなかったのだそうだ。
ルシア先生は、わたしたちのことが心配だったので、また、前のように、門のところで、出かけて行くわたしとジーナを見送ったのだという。ユウも、その横によりそっていた。
わたしたちが坂道を下り、木陰にかくれて、姿が見えなくなるまで、ルシア先生は、じっと目で追っていた。
ところが、わたしたちの姿がかくれて、ほんの数瞬もしないうちに、また、道をかけもどってくるわたしたちが見えたのだという。
どうも、わたしたちは、過去に移動した時点より、すこし遡った時点に戻ってきたようだ。
つまり、わたしたちは三の刻にここ孤児院を出発。すると、草原にたどり着いたのが四の刻ごろで、そのときわたしたちが過去にとばされて、幼いルシア先生に会い、そしてもどってきた今はまだ、四の刻より前なのだ。
でも、そうすると、ひょっとして今、この瞬間にも、あの草原に向かって歩いているわたしとジーナがいるのだろうか?
いそいで追いかけたら、わたしたちは、自分自身と顔をあわせるのだろうか?
もしそこで、わたしがわたしを引き留めたら、わたしたちは過去には行かず、そうすると過去でルシア先生には会わないことになって、ええと、それだと結局、なにがどうなるんだっけ?
ああ、とてもややこしい。
なにがなんだかもうわからない。
でも、時が乱れるとは、つまり、こういうことが起こるという、まさにそんな事態なのかも知れなかった。
「いったい、なにがあったの?」
ルシア先生がきいてくる。
「先生、ぴいちゃんて覚えてますか?」
ジーナが、先生に聞き返す。
「ぴいちゃん……?」
「先生が、ちいさいときに助けた、トキワタリのこどもです」
「トキワタリ……あっ!」
ルシア先生が目を丸くした。
「先生、わたしたち、時を遡って、ずっとずっと昔の、小さなころの先生に会いました。先生が、密猟者に捕まったぴいちゃんを助けようとするのを、手伝いました。おぼえていますか、わたしたちのことを」
「小さなルシア先生、かわいかったよ。なんか、感覚がずれてたけど……」
と、ジーナが失礼なことを言う。
ルシア先生の中で、九百年前の記憶が、いっしゅんで結晶のように形作られて
「あの……あのときの、二人のお姉さん……?」
わたしとジーナをまじまじとみる。
「そうです、先生、わたしとジーナです」
「先生、あたしら、ちゃんと名乗ったんだけどなあ……小さかったから、忘れちゃったのかな」
「ああ……あああっ……!」
「先生、あのとき、先生はユウさんのことも感じとって、そのひとはだれかって、どこにいるのかって、いっしょうけんめいわたしに聞きましたね……ちゃんと、わたしたち、わたしとジーナと、それからユウさんと、みんな出会いましたね。わたしは、とてもうれしいです」
先生の目が潤んだ。
それはまるで、あのときの小ルシアのよう。
ルシア先生は、何も言えなくなって、わたしとジーナを両腕でつよくだきしめた。
ぽたり、ぽたりとルシア先生の涙が、わたしたちをぬらした。
「先生、ユウさんとちゃんと出会えて、よかったですね」
「うん、あんなに会いたがっていたもんね」
わたしたちがそういうと、ルシア先生はとうとうこらえきれず、嗚咽をもらし、ユウがその肩に、やさしく触れるのだった。
わたしたちの、過去での冒険の話をぜんぶ聞き終わって、ユウが、しみじみといった。
「なるほどね、未来の記憶か……ライラは、なかなかの詩人だね」
へへへ。それほどでも……。
そんなふうに言われて、わたしは照れた。
ユウが続ける。
「でも、君たちが過去に戻り、幼いルシアとあって、そして再会の約束をして……、こうしてそのことを今、ルシアが思い出すこと、ぼくらがみんなでその記憶を共有することは、ひょっとして、乱れて揺れる『時』を、確かなものにするんじゃないのかな……まるで航海の座標軸のように」
「まことに、ユウさまのおっしゃるとおりです」
と、また、どこからともなく現れたゴッセンがいう。
「あなたたちの存在は、時という壮麗な大伽藍の、かなめの一柱なのですよ。
乱れる時間に抗して、かわらぬ確かなものが、あなたたちのつながりです。
時の魔獣と戦うための、それが資格です」
「うわっ、びっくりするなあ、ゴッセンさん! いつもいきなり出るねえ」
ジーナがぼやき、ゴッセンは静かに笑みをうかべるのだった。
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