32 / 63
第一部 「エルフの禁呪」編
<アンバランサー・ユウの独白>
しおりを挟む
わたしは、アンバランサー・ユウ。
平凡な人間、篠崎裕一郎としてのわたしは、搭乗していた航空機が空中で分解し、地球上から消えた。
(こんなことで、私という存在がこの世から消滅するのか?)
それは、予期せぬ死を強いられるものが等しく感じる理不尽さ。
その理不尽さに、わたしが怒りをおぼえたとき、
ならば、我が召命に応えよ!
そう呼びかける声を聞いたのだ。
そして、次の瞬間、わたしは別の世界にいた。
白い霧に包まれた、前後、上下左右、まったく距離感のつかめない、音のない空間をわたしは漂っていた。
「ここはどこだ?」
あきらかに異常なことがおきていたが、私の感覚はもう麻痺したようで、異常を異常と感じられなくなっていて、ごく冷静に状況を検討していた。
「わたしを呼んだのはだれだ?」
そうつぶやくと、
(見よ)
わたしにとって下と思える方向から、声が返ってきた。
見下ろすと、そこには——
複雑にからみあう巨大な渦の群れがあった。
わたしは、NASAの無人探査機から送られてきた、木星の表面写真を見たことがある。
あのように、いくつもの複雑な渦が、それぞれ関係しながら流動していた。
いつか美術本で見た、「ダロウの書」と呼ばれる、かつてアイルランドで作られた福音書写本を装飾する、魅力的な渦巻き模様にも似ていた。
いくつもの渦がからみあって、さらに大きな渦をつくり、そしてつねに回転している。
(これが『世界』だ……)
声は、そう告げた。
(篠崎裕一郎、わたしが君を召命した)
「だれだ?」
(『世界』を司るものだ)
「なんのために、わたしを?」
(この『世界』を存続させるために)
わたしには、そのものがいう『世界』が、わたしのいた『世界』とはまた別の世界であることが直感できた。
(軋み、死のうとする『世界』を、君は救ってほしい。
そのために、きみを、この『世界』の『アンバランサー』として呼び寄せたのだ)
「『アンバランサー』?」
(完全に均衡した世界は、もはやそれ以上動かない。それは世界の死を意味する。
つねに動き続けるからこそ、そこに生命がある。
『世界』の動きをとめようとする力が、再び生まれている。
アンバランサーとは、均衡を崩すもの。
回転をやめそうな世界に、新たに動きを与えるために、外部からの力が必要なのだ)
「それでは、そのためにわたしは何をすればいい?」
ふふふ、とその存在は笑ったようだった。
(——なんでも。
君の心のおもむくままに。
君が出逢うこの世界にたいして、君がしたいとおもうことをすればよい……)
「なんだか、よくわからないな」
(行けばわかる。
行くか? 篠崎裕一郎。いや、今からは君をユウと呼ぼう。
行くか? ユウ、アンバランサーとして)
「よくわからないが、それも面白そうだ。
それが理不尽にあらがうことになるような気もする。
いいだろう、その提案をうけよう」
(ありがとう。
お礼に、きみにはいくつかのギフトを与えよう。
行け、アンバランサー・ユウ。
心のおもむくままに、行動せよ。
そうすれば、その結果として、ひとつの『世界』が救われるかもしれぬぞ……)
「風の結界! 風の結界!」
気づくと、見知らぬ土地の、森の中に立っていた。
いつのまにか服装は、航空機の中で着ていたスーツではなくて、昔自分が10代のころ好きでよく着ていた、お気に入りのTシャツ、ウインドブレーカーとジーンズの組み合わせに変わっていた。
服装だけでなく、わたし/ぼく自身のからだが、軽くしなやかで、ぜい肉がとれて、活気にあふれた、10代の自分にもどっていることを感じた。
森の匂いが、久しく感じたことがないほどの鮮烈さで、五感自体もあのころに若返っているのがわかる。
(これも、ギフトというやつかな……)
そして、目の前では、一人の少女が男たちの集団に囲まれ、懸命に呪文を唱えている。
その少女のかたわらには、胸を朱に染めたもう一人の少女が倒れていた。
どのような深い事情があるのかはわからないが、今、仲間を守ろうとしている少女の必死のがんばりが、このまま、むなしく終わるようなことを、けっして許してはならない。
ぼく/わたしの全存在をかけても。
心のおもむくままに。
したいことをなせ。
ぼくは、少女たちに向かって、この『世界』に向かって、足を踏み出した。
アンバランサー・ユウとして。
そう、ぼくが、アンバランサー・ユウだ。
平凡な人間、篠崎裕一郎としてのわたしは、搭乗していた航空機が空中で分解し、地球上から消えた。
(こんなことで、私という存在がこの世から消滅するのか?)
それは、予期せぬ死を強いられるものが等しく感じる理不尽さ。
その理不尽さに、わたしが怒りをおぼえたとき、
ならば、我が召命に応えよ!
そう呼びかける声を聞いたのだ。
そして、次の瞬間、わたしは別の世界にいた。
白い霧に包まれた、前後、上下左右、まったく距離感のつかめない、音のない空間をわたしは漂っていた。
「ここはどこだ?」
あきらかに異常なことがおきていたが、私の感覚はもう麻痺したようで、異常を異常と感じられなくなっていて、ごく冷静に状況を検討していた。
「わたしを呼んだのはだれだ?」
そうつぶやくと、
(見よ)
わたしにとって下と思える方向から、声が返ってきた。
見下ろすと、そこには——
複雑にからみあう巨大な渦の群れがあった。
わたしは、NASAの無人探査機から送られてきた、木星の表面写真を見たことがある。
あのように、いくつもの複雑な渦が、それぞれ関係しながら流動していた。
いつか美術本で見た、「ダロウの書」と呼ばれる、かつてアイルランドで作られた福音書写本を装飾する、魅力的な渦巻き模様にも似ていた。
いくつもの渦がからみあって、さらに大きな渦をつくり、そしてつねに回転している。
(これが『世界』だ……)
声は、そう告げた。
(篠崎裕一郎、わたしが君を召命した)
「だれだ?」
(『世界』を司るものだ)
「なんのために、わたしを?」
(この『世界』を存続させるために)
わたしには、そのものがいう『世界』が、わたしのいた『世界』とはまた別の世界であることが直感できた。
(軋み、死のうとする『世界』を、君は救ってほしい。
そのために、きみを、この『世界』の『アンバランサー』として呼び寄せたのだ)
「『アンバランサー』?」
(完全に均衡した世界は、もはやそれ以上動かない。それは世界の死を意味する。
つねに動き続けるからこそ、そこに生命がある。
『世界』の動きをとめようとする力が、再び生まれている。
アンバランサーとは、均衡を崩すもの。
回転をやめそうな世界に、新たに動きを与えるために、外部からの力が必要なのだ)
「それでは、そのためにわたしは何をすればいい?」
ふふふ、とその存在は笑ったようだった。
(——なんでも。
君の心のおもむくままに。
君が出逢うこの世界にたいして、君がしたいとおもうことをすればよい……)
「なんだか、よくわからないな」
(行けばわかる。
行くか? 篠崎裕一郎。いや、今からは君をユウと呼ぼう。
行くか? ユウ、アンバランサーとして)
「よくわからないが、それも面白そうだ。
それが理不尽にあらがうことになるような気もする。
いいだろう、その提案をうけよう」
(ありがとう。
お礼に、きみにはいくつかのギフトを与えよう。
行け、アンバランサー・ユウ。
心のおもむくままに、行動せよ。
そうすれば、その結果として、ひとつの『世界』が救われるかもしれぬぞ……)
「風の結界! 風の結界!」
気づくと、見知らぬ土地の、森の中に立っていた。
いつのまにか服装は、航空機の中で着ていたスーツではなくて、昔自分が10代のころ好きでよく着ていた、お気に入りのTシャツ、ウインドブレーカーとジーンズの組み合わせに変わっていた。
服装だけでなく、わたし/ぼく自身のからだが、軽くしなやかで、ぜい肉がとれて、活気にあふれた、10代の自分にもどっていることを感じた。
森の匂いが、久しく感じたことがないほどの鮮烈さで、五感自体もあのころに若返っているのがわかる。
(これも、ギフトというやつかな……)
そして、目の前では、一人の少女が男たちの集団に囲まれ、懸命に呪文を唱えている。
その少女のかたわらには、胸を朱に染めたもう一人の少女が倒れていた。
どのような深い事情があるのかはわからないが、今、仲間を守ろうとしている少女の必死のがんばりが、このまま、むなしく終わるようなことを、けっして許してはならない。
ぼく/わたしの全存在をかけても。
心のおもむくままに。
したいことをなせ。
ぼくは、少女たちに向かって、この『世界』に向かって、足を踏み出した。
アンバランサー・ユウとして。
そう、ぼくが、アンバランサー・ユウだ。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる