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しおりを挟む翌日。
私は煤影サンと共にある外国企業を訪れていた。日本進出が決まって、今はあちこちから人材をかき集めていると煤影サンは教えてくれた。
「まだ設備が充分整っているわけではないのですが……」
私たちの対応をしてくれた女性が申し訳なさそうに言いつつ社内を見せて回ってくれたんだけどさ。
とにかく、広い。デカい。そしてピカピカ。ウチの会社も敷地だけは広いって思ってたんだけど、比較にならない。だって、敷地を案内するのにカートで移動するって、どゆこと?
途中、なんか簡単な宇宙服みたいなの着せられて、ガラスの向こうに居並ぶ産業ロボットが何やらせっせと動いてた、あと、いかにも研究者って感じの白衣の人が何人かいる部屋を覗いて……。
またカートに乗せてもらった。運転する女性の後部座席。物珍しそうにしたくないけど、ついキョロキョロしながら、
「こんなに広いのに、人が少ないですね」
って、煤影サンに耳打ちすると、
「まぁ、ここは研究と生産がメインですから。営業拠点は別にあります」
と言う返事が返ってきて、のけぞりそうになってしまった。
どれだけ規模がデカいの、この会社……目を白黒させている私に、煤影サンが耳打ちしてくる。
「千賀さんには、ここではなく米国にある本社研究施設に入ってもらう予定なのですが……」
(え、千賀氏、アメリカに行っちゃうのっ?)
てっきり此処が千賀氏の新天地だと思っていたのに。驚いて煤影サンを見ると、彼が体を寄せてきて私たちはすっかり密着してしまった。(へ? 近い。近いよ。これは!)と、オタオタしていると、
「伊豆川さん。貴女もこの会社に入りませんか」
って……。カートを運転している案内役の女の人には絶対聞こえない距離で囁いてきたんんだ。
「本気ですよ」って……。
正直、その後の五日間、お盆休みをどう過ごしたかあまり覚えていない。とりあえず実家に顔出して。借金の返済日に残高不足にならないか、念のため、銀行いって記帳して。コンビニ行って食べるもの買って、お風呂はシャワーで済ませて、テレビ見て、寝て。
あ、氷雨先輩の夢をみた。
夢の中の先輩は私のこと、すーっごく甘やかしてくれて。でもすごく心配そうな不安そうな表情して私の顔を覗き込んでくるんだ。
(どうしたんですか)って聞きたいのに、瞼は重くて仕方ないし、舌がもつれて喋れなくて、結局私は聞くのを諦めて目を閉じた。
先輩の指が私の前髪を梳いて撫でつける。それが心地よくて。
氷雨先輩、早く私のところに帰ってきてくれたらいいのに、って思った……多分。
休み明け、出勤すると、北社屋、入ってすぐの場所に人だかりができていた。人の輪をかいくぐっていくと、作業着姿のおっちゃんたちとスーツ着ている一団がキリキリと睨み合っていた。おっちゃんたちん方は、以前、うちを買収にかかってるリチャード社長が来たときに「帰れ」とか、「雇用を守れ」ってシュプレヒコールしてた人たちだ。
「お前らは、この北条工業の名前がなくなってもいいのかっ」
「アンタらこそ、考え、古過ぎじゃないっすか? 大事なのは社名じゃなくて仕事だろ」
おっちゃんとスーツの男性が互いの胸ぐら掴み合って拳を振り上げた。そこに、
「やめてください。あぁ、ヤマさん、金木クンも……」
と、両手を頭の上で交差させながら人の垣根の間から転がり出てきたのは、
「か……課長!?」
素っ頓狂な声を上げたら、おっちゃん、スーツ姿、課長の三人が私のこと同時に見た。一瞬だけ、無言で。言い合いがこれで止むかって思う間もなく、すぐ課長を間に挟んだまま、
「いい気になるなよ、若造が」
「だいたい守らなきゃいけないような社名っすかぁ!」
「なんだとぉ!」
と、言い合いはさらに加熱するばかり。かわいそうに、サンドイッチになった課長は息も絶え絶えだ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
周りの外野は「もっと言ってやれ」「負けるな」とか、いい加減に盛り上げ、そのうち外野同士で突き飛ばしたり突き飛ばされたり……収拾がつかない感じになってきた。(ヤバいよ、やばいよ……殴り合いになっちゃうよ……)私は咄嗟にいつもは受付嬢の子が座る場所に転がり込んだ。
フロントっていうの? ここならカウンターが仕切りになって、騒ぎに巻き込まれずに済むって思ったから。一人しか入れないようなこのスペースに入れたのは受付の子まで、ヤジを飛ばす側に参戦していたからだった。こわい。
世も末な気がするよ~と震え上がっていたその時。
「いい加減にしろ」
と、制止する声がピン、と響き渡った。
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