13 / 75
4-1
しおりを挟む
皆様ごきげんよう。私は今日も真面目に働いております。
ただし、いつもとは違うオフィスで。
新人ッ、と私のこと呼んだのはここを実質取り仕切っている田中さんだった。駆け寄った私を彼女の猛禽類に似た視線が射抜いてくる。迫力がある。
「これ、郵便局に出してきて」
って、さほど大きさはないのにやけに重い紙筒みを渡された。表面に貼られた貴重品在中の赤いシールと水濡れ厳禁の青いシールが目に鮮やか。宛名はローマ字だった。多分だけど、イタリア宛。宛名は虫が身をくねらせているような線の構成物が描かれている。ここにきてから知った千賀氏の字だ。
「なんですか、これ」
「よその研究機関から借りていた資料」
田中さんはもう話は終わったという風に私からデスクのパソコンの方へ体を反転させた。座面が回るタイプの事務椅子が、キヒと軋む。背中を丸めて画面に眼鏡のレンズがくっつきそうな前傾姿勢は彼女独特の集中しているときの癖みたい。キーボードを叩く音が、私に早く行けと催促している。私は薄手のカーディガンを羽織り、包みをよいこらしょと抱え直した。両手がふさがって日傘は使えないのがげんなりだった。今日の最高気温三十四度って朝テレビで言ってた気がする。
ドアに向かって歩きかけた私は若干の恨めしさを込めてちらりと田中さんを見た。顔も体も肉付きよくどっしりしている。エレベーターの点検で階段しか使えなかった時、田中さんが手すりにすがりついて大変そうだった。ボンレスハムみたいな足で数段上がるだけでもふうふうしてたもの。
ちょっとくらい運動したほうが良いじゃないのかしらん。
「あのー、田中さんずうっと座りっぱなしですから、散歩がてら郵便局に行かれたらどうですか」
……あくまでも真心。外が暑いから行きたくないわけじゃないから、って心の中で舌を出した。そしたら、
「あんたにこの書類の打ち込み頼みたくないから。この間、データの桁、間違って入力したでしょ」
って、すかさず撃沈された。
「……すみません……」
「一生懸命やっているんですけど、とでも言いたげな顔をしてるね」
ぎし、と椅子の軋む音。田中さんが再び私を見た。
「あんたは、口ばっかり頭ばっかりだよ。もっと身体、動かしな」
「……」
ギャフン。その上、はっとため息をつかれて、
「これだから大学出は」
……って、結構これがイタイ。反論できないから。
しょんぼり廊下を歩いていると、
「伊豆川さん、私、行きましょうか?」
って、ちょうど私と同じに部屋を出て後ろから歩いてきた石井さんが私に声をかけてきた。彼女、入社は私と一緒だけど、高校出てすぐの就職だから私より歳が下。それで私のことさん付けしてくれる。腰が低くて言葉遣いが丁寧。仕事中、田中さんがカリカリしてると、いつの間にか給湯室へ行ってサッとお茶をデスクに置いてくれる。これが文句なく美味しい。若いのに気が利くんだ。商業出だから入力も早いし正確だし。
私とは大違いなんだよね。
彼女の申し出に私は、
「いいの? いや、でも……」
と、ためらった。そしたら彼女、
「気にしないでください。同期の伊豆川さんが入ってくれて私うれしいんですから」
って、ニコっとした。私は曖昧な笑顔を顔に張り付かせ、
「ありがと。でも、私がいかないと余計怒られちゃう」
と断った。
いい子だなって思う。それなのに、石井さんに対してモヤモヤっと言葉にできない嫌な気持ちが湧いてしまうんだ。
私、性格悪いのかな。
じゃあ、と小さく手を振った彼女に手を振りかえして会社を出た。
そもそも。部署の移動ができないはずの私がなぜ研究企画課にいるかといえば……。
食堂で丸山さんと話して、柳課長に粗相してしまった二週間前。レンのパシリのどイケメンが持ってきてくれたブランド物のスーツに着替えて、一時ギリギリに課に戻った。
二人は何か難しい顔で話していた様子だったけれど私に気づくと、思わず……って感じで腰を上げたんだ。二人して。
「いやあ、すごく似合ってますね」
って、課長。私はもじもじしながら小声でありがとうございますってお礼を言った。
戻ってくる途中、ウチの男性社員たちがすれ違うたびはっとした顔で私の顔を見てくるから恥ずかしくて仕方なかった。パシリのどイケメン……聞く暇も与えずレンが追い返してしまったから名前がわからないのだ……がくれたのはこれまできたことのないパンツスーツだったから似合っているかどうか心配だったんだ。紙袋を開けて取り出した時、「なんでこれ買ってくるのよ」って呆れ顔してたレンも私が着替えたら表情を緩めて「やだ、イイじゃない。馬子にも衣装だわね」って言ったけどさ。
ただし、いつもとは違うオフィスで。
新人ッ、と私のこと呼んだのはここを実質取り仕切っている田中さんだった。駆け寄った私を彼女の猛禽類に似た視線が射抜いてくる。迫力がある。
「これ、郵便局に出してきて」
って、さほど大きさはないのにやけに重い紙筒みを渡された。表面に貼られた貴重品在中の赤いシールと水濡れ厳禁の青いシールが目に鮮やか。宛名はローマ字だった。多分だけど、イタリア宛。宛名は虫が身をくねらせているような線の構成物が描かれている。ここにきてから知った千賀氏の字だ。
「なんですか、これ」
「よその研究機関から借りていた資料」
田中さんはもう話は終わったという風に私からデスクのパソコンの方へ体を反転させた。座面が回るタイプの事務椅子が、キヒと軋む。背中を丸めて画面に眼鏡のレンズがくっつきそうな前傾姿勢は彼女独特の集中しているときの癖みたい。キーボードを叩く音が、私に早く行けと催促している。私は薄手のカーディガンを羽織り、包みをよいこらしょと抱え直した。両手がふさがって日傘は使えないのがげんなりだった。今日の最高気温三十四度って朝テレビで言ってた気がする。
ドアに向かって歩きかけた私は若干の恨めしさを込めてちらりと田中さんを見た。顔も体も肉付きよくどっしりしている。エレベーターの点検で階段しか使えなかった時、田中さんが手すりにすがりついて大変そうだった。ボンレスハムみたいな足で数段上がるだけでもふうふうしてたもの。
ちょっとくらい運動したほうが良いじゃないのかしらん。
「あのー、田中さんずうっと座りっぱなしですから、散歩がてら郵便局に行かれたらどうですか」
……あくまでも真心。外が暑いから行きたくないわけじゃないから、って心の中で舌を出した。そしたら、
「あんたにこの書類の打ち込み頼みたくないから。この間、データの桁、間違って入力したでしょ」
って、すかさず撃沈された。
「……すみません……」
「一生懸命やっているんですけど、とでも言いたげな顔をしてるね」
ぎし、と椅子の軋む音。田中さんが再び私を見た。
「あんたは、口ばっかり頭ばっかりだよ。もっと身体、動かしな」
「……」
ギャフン。その上、はっとため息をつかれて、
「これだから大学出は」
……って、結構これがイタイ。反論できないから。
しょんぼり廊下を歩いていると、
「伊豆川さん、私、行きましょうか?」
って、ちょうど私と同じに部屋を出て後ろから歩いてきた石井さんが私に声をかけてきた。彼女、入社は私と一緒だけど、高校出てすぐの就職だから私より歳が下。それで私のことさん付けしてくれる。腰が低くて言葉遣いが丁寧。仕事中、田中さんがカリカリしてると、いつの間にか給湯室へ行ってサッとお茶をデスクに置いてくれる。これが文句なく美味しい。若いのに気が利くんだ。商業出だから入力も早いし正確だし。
私とは大違いなんだよね。
彼女の申し出に私は、
「いいの? いや、でも……」
と、ためらった。そしたら彼女、
「気にしないでください。同期の伊豆川さんが入ってくれて私うれしいんですから」
って、ニコっとした。私は曖昧な笑顔を顔に張り付かせ、
「ありがと。でも、私がいかないと余計怒られちゃう」
と断った。
いい子だなって思う。それなのに、石井さんに対してモヤモヤっと言葉にできない嫌な気持ちが湧いてしまうんだ。
私、性格悪いのかな。
じゃあ、と小さく手を振った彼女に手を振りかえして会社を出た。
そもそも。部署の移動ができないはずの私がなぜ研究企画課にいるかといえば……。
食堂で丸山さんと話して、柳課長に粗相してしまった二週間前。レンのパシリのどイケメンが持ってきてくれたブランド物のスーツに着替えて、一時ギリギリに課に戻った。
二人は何か難しい顔で話していた様子だったけれど私に気づくと、思わず……って感じで腰を上げたんだ。二人して。
「いやあ、すごく似合ってますね」
って、課長。私はもじもじしながら小声でありがとうございますってお礼を言った。
戻ってくる途中、ウチの男性社員たちがすれ違うたびはっとした顔で私の顔を見てくるから恥ずかしくて仕方なかった。パシリのどイケメン……聞く暇も与えずレンが追い返してしまったから名前がわからないのだ……がくれたのはこれまできたことのないパンツスーツだったから似合っているかどうか心配だったんだ。紙袋を開けて取り出した時、「なんでこれ買ってくるのよ」って呆れ顔してたレンも私が着替えたら表情を緩めて「やだ、イイじゃない。馬子にも衣装だわね」って言ったけどさ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
徒然短編集
後醍醐(2代目)
ライト文芸
主に人からもらったお題で、基本40分以内でなるべく400字は超える事を目安に短編を書きます。毎日投稿を目標にしているので、良ければ見てやってください。
一応文章力は成長してると思うので、是非とも一話目だけを読んで判断せずになるべく先の方まで読んでみて欲しいです。なお、現在最も自信があるのは『新薬のバイト』です。
【追記】条件によって章分けし直したので、最新話=一番下という事では無いです。紛らわしくてすみません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
仮初家族
ゴールデンフィッシュメダル
ライト文芸
エリカは高校2年生。
親が失踪してからなんとか一人で踏ん張って生きている。
当たり前を当たり前に与えられなかった少女がそれでも頑張ってなんとか光を見つけるまでの物語。
パパLOVE
卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。
小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。
香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。
香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。
パパがいなくなってからずっとパパを探していた。
9年間ずっとパパを探していた。
そんな香澄の前に、突然現れる父親。
そして香澄の生活は一変する。
全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。
☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。
この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。
最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。
1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。
よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
黒き翼と、つなげる命(みらい)
和泉ユウキ
ライト文芸
月が煌々と輝く闇の中。
黒い艶やかな髪をなびかせたその女性は、無感動に言い放った。
「あなた、――死ぬのは、恐い?」
それは、愛を知らずに育った青年と、死ぬことを知らずに生きた女性の、静かに始まる物語。
*カクヨムにも掲載しています
悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない
はるきたる
ライト文芸
不慮の事故により天にのぼった主人公。たどり着いたのは見習い女神達の学生寮??ワガママで嫉妬深いお姉さまとイチャイチャ(?)しながら、色んな女神達と出会い、自分にも目を向けてゆく、モラトリアム百合ラブコメディ。
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる