恋愛未満なふたり 0.5

たみやえる

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恋人未満のふたり

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 先輩とそういうコトをしてしまった。



 いや、そもそもは俺の初恋が同期の男だったのが原因なんだけど。

 初恋相手ってのはさ、入学直後に呼ばれた県人会の懇親コンパで初めて会ったやつ。


 ふわふわの茶色の髪縁取られた色白な顔はオレの掌サイズかよってくらいにちっさくて(若干誇張気味)、唇はリップすら塗ってないのにプルンとゼリーを思わせる桜色。

 隣に座られた時はほんともぉ、女の子だと思って心臓バクバクだったんだけどさ。

 喋り出して俺は、多分周囲のみんなも勘違いに気がついた。

 だって普通に声が男だった。

(なんだ、男かよぉ~)
って、囁きが聞こえたからね。そいつの顔をチラ見していた男どもが興味を失って他へ行ってくれたのはありがたかった。

 俺は小中高と男子校育ちだから正直女の子相手だとどうしていいかわからなかったし、その子が男でホント良かったって胸を撫で下ろしていた。

 いきなりガツガツせずに、とにかく友達から。

 距離を縮めて警戒心がゼロになるのをひたすら待った。

「ね、健一(声も男だけど、名前も、もろ男なのだ)、今度二人でデートしない?」

 冗談めいた誘いを仕掛けることができたのは、出会ってから一年たった春だった。

(デート? ギャハ、冗談だろ)
とか笑われたら、(そ—だよ、冗談に決まってんじゃん)って笑い話で流そうと内心身構えた俺に帰ってきたその子の答えは、

「うん、デートだね。いいよ」
という、あっさりしたものだった。

「え……マジ、良いの?」

「何確認してんの。デートだろ。オッケ。いつにする? バイトあけとくから」

 戸惑って見下ろした俺の手をギュッと握られる。ようやく一年越しの片思いに光明が差していると気付かされた。

 やばい。嬉しい。
 これは、ちゃんとした準備しないと。

 気分がぶち上がった俺が真っ先に〈致すコト〉を心配したのは当然のことじゃないだろうか。



 んで。

 生まれてから十九年間、そおゆうコトに疎遠だった俺が頼ったのはバイト先で知り合った同じ大学の先輩。

 名前を津雲忍つくもしのぶという。

 法学部の三年と言っていた。

 出会った頃からウマがあい、かわいがってもらっている。なぜ頼ったのかと言われれば、何せ彼は経験豊富だからだ。

 常時彼女を欠かさない。そして基本二股以上、という節操の無さ。

 ま、モテるのは仕方ないな、とはたから見ても納得できる整った容姿と恵まれた体格。

 ついでに性格も良くてとにかく優しい。

 そしてとにかくお人好し。

 なのに、法学部なんてカッチカチなとこ選んでいるくせに浮気ばかりしているちょっとダメな先輩。



「あのう、相談があるんですけど……」


 バイト帰りダメもとで晩飯に誘うと二つ返事で乗ってくれた。驚いたことに今はフリーだという。奇跡か天変地異の前触れだな。


「いやぁ、女の子たちに他の子とも付き合ってるってバレてさ。呼び出されて行ってみたら、みんなして怖い顔で睨んでくるの。その場で全員に振られたよ。ハハハ……」

「全員って、何人ですか?」

「ん、えぇっとね……ひぃふぅみぃ……。七人だね」

「……一週間……よりどりみどりだぁ」

「軽蔑しない?」

「驚きの方が強いですね……そんな何人も相手してよく干からびないもんだな、と」

「だって、みんなそれぞれ可愛かったから。目の前に綺麗な花がたくさん並んでいたとして、それもそれぞれ個性があって綺麗なのに、どれか一つ選ぶなんてこと、できるか?」

「一択って言われれば、そうしますよ」

「俺は迷うから全部取る」

「七股でフられた割に落ち込んでないですね」

「ん。今はヒロミが相手してくれてるから。寂しくなくていい」

「何、ニコニコしてんですか~」

「一人寂しく食べるよりずっといい。ヒロミが俺のこと責めないでくれるのも嬉しい」

「俺がカノジョさんなら激怒してますよ。他人事だから面白く聞いてますけど」

「そうなの?」

「そうでしょ。恋愛って、一対一でするものでしょうに」

「一対一なのは結婚だけかと思っていたよ」

「先輩、法学部ですよね?」

「聞こえないなぁ」

「呆れた」

「やめてよ。ヒロミんにまで見捨てられるとか、俺すっげえ落ち込むわ」

「見捨てませんよ。俺、先輩のこと好きだし」

「良かったぁ……って。そういえば相談あるんだったっけ」

「忘れられていなくてこっちがホッとしました。実は……」

「それってさ、事前練習できれば、ヒロミんの不安は解消されるってことでしょ。オケ。ひと肌脱いでやる。軽蔑しないでくれたお礼」

「なんなんですか……ヒロミんって」


 さっさと会計に立ち上がったシノブ先輩の背中を追いかけた時、まだ俺は先輩の言葉を半分も理解していなかったんだ。



 *



 その後、先輩の長いストライドにほぼ小走りでナントが引き離されずに行き着いた先は……。

 ラブホだった。



「うわ、天井鏡張り。ってか、風呂全方位ガラス張りでスケスケじゃないですかっ」

 初めて入ったラブホテルという場所に、物珍しさと、一緒に入ったのはまさかのシノブ先輩というイケナイ感から必要以上にはしゃぐふりをしてしまう。

 あくまでも、だ。

 だって、俺の本命は健一。

 華奢で可憐で外見はめっちゃ中性的だけど、性別も性格も声もマジで男の浦添健一。
 
 俺、別にゲイじゃないし。
 
 たまたま健一をそぉゆぅ対象として見てるけど。他の男相手にドキドキする訳……。



「フッ、ヒロミはこういうとこ来たことねぇの?」

 ベッドに腰掛けた俺の隣にボスンッと雑に座った先輩に肩を抱かれる。
 
「なっ、なな……無いです。お付き合いした経験が皆無なので」

 耳たぶを食むように囁かれた俺は、舌をもつれさせてしまった。


 先輩からは全く想像できない、んで持って俺には死んでも真似できなさそうなむせかえるほどの色気っ。

 これもレクチャーのサービスだとするならば、俺はしっかりとこの色っぽさも吸収していかないといけないのか。

 うーん……と目を閉じてイメージしてみる。
 
 果たして。
 
 同じシチュエーションで。
 
 俺が座ってくとこに健一が居てぇ……。

 先輩のとこが俺のポジションでー……。
 
 
 ただ横に座って体を密着させただけで、健一の頬を染めさせてキャッと恥じらわせ、ベッドに押し倒す流れに持っていけるのかっ、俺?


「うーん、うぅー……」

「眉、寄ってるけど?」



 ツンツン、とおでこの眉と眉の間をつつかれパッと目を見開くと、突然両手をひとからげに万歳させられ、そのままベッドに押し倒された。

「……っぶな! いきなり何なんすか、先輩……っ!!」

「こういうことは? 経験ない?」


「言いましたよね? 皆無です。全くもってゼロですよ」


 先輩の質問に、平静を装ってわざと冷静な声で返事をしてみる。本心で言うと、ついさっきまで思い描いていた健一の誘い笑顔(健一がそんな表情をするのは見たことがないので完全に俺の妄想であり願望で、そして捏造なのだが)


「わぉ。初めて! なのに、まずはセックスの心配かよ。精一杯盛ってんの、かっわいーね、お前」

と言った先輩が舌を出し、ちろりと自分の口の端を舐めて俺に微笑む。

 危険な笑顔だ。


 流石、七股男というべきか。

 微笑まれただけで、腰砕けになってしまった。やばい。なんか色々やばい。


 焦った俺は、
「や、やっぱ、お付き合いっていったらまずは手ェ握るとこからですよね。すんません。ど、退いてもらえます?」
と、腰の上にまたがる先輩を見上げた。


 そう。この時まで俺は、「やめる」て言えば、先輩はこの〈レクチャー〉をあっさり止めてくれるものと思い込んでいた。

 大体が、俺からの頼みで始まったんだし?

 先輩からすれば単なるノリで付き合ってみただけだろうから?


 ……?マークばっかりだ……。

 笑い話で済ませられるなら今のうちじゃん。

 なのに、この先輩はぁっ。


 あっという間もなくベルトのバックルを外され、下に履いていたもの全てを脱がされてしまった。
 
 驚きすぎて前を隠すこともできない。

「自慰は? 一週間にどれくらい? 一日何回する?」

 触られて、ようやく自分の分身がバッキバキなことに気付かされる。

 先輩の指が俺のモノに絡みつく。

 サワサワとくすぐるように撫で上げられるだけで、先っぽから出しちゃいけない汁がっ。


 涙目になっている自分が恥ずかしくて献杯の顔から目をそらし、そっぽを向いているうちに突かれ擦り上げられると、俺はあっけなく先輩の手のひらを汚してしまった。

 開放後の気だるさよ。


「うぅ……っ。そんなの恥ずかしいから答えませんよ……」


 うめきながら声をしばり出した俺の頬を聖液まみれの先輩の手がはさむ。

 無理やり顔を正面に向かされる。


「セックスはさぁ、事前練習とイメージトレーニングが大事なんだよ。相手も男ならどこをどうすれば気持ちいいか知ってるからむしろ女相手よりハードルが低いかもなー」

「俺はそうは思いません」

「なんで」

「突っ込む方は想像しやすいです。男って本来そういう生き物でしょ。男と女は子供をなし種をつなげ繁栄させていく為のツインズ。行為の役割は太古から決まりきっているわけですよね。でもその男が突っ込まれるって……どうなんですか。想像するだけで痛そうじゃないですか。相手に苦痛を与えて嫌われたら……かなり怖いです」

「うわ、真剣だね。んでもって話長っ」


 おどけた表情の先輩がチュッとキスをしてくる。


 ファーストキスなのに。健一とのためにとって置かせてくれないのかよ、とムッとした。

「茶化さないで。一年越しで実りかけてる恋なんです。壊したくない」

「……フゥン。ちょぉっとジェラシーかも」


 またキスされた。
 流石に腹が立ってきて思い切り口を拭って睨んでやる。


「ジェ? 何言って……ん、ンぅ?!」

 今度は噛みつくように貪られ、口の中を先輩の舌でいいように荒らし回る、そんなキスをされた。

 唇が離れるなり、
「ナニすんですかぁ!」
と抗議すると、唾液まみれの口の周りを手の甲で拭った先輩がニヤリとする。

「何ってナニをだよ。ここラブホ。スることは一つだけ。くくく……。ザ・シンプルイズベストって感じ?」

「……あ?」

 体にのしかかっていた重みがなくなり体を起こすと、先輩がスッポンポンになっていた。

(F1レースのピットクルー並みの早技だな、この人……)

 唖然としているうちに上だけは着ていた俺の服も、この人は脱がせてしまい……。




「お前のナニを突っ込まれて痛いだけかどうか。確かめてやる。ほら、ヤれよ」
 って、色気の源泉掛け流しって感じで迫られて。気がつけば、さっきまでは押し倒されていたはずが、俺が先輩をベッドに縫い付けていた。


 興奮しきっていた頭でも、なるたけ丁寧に愛撫したのは、先輩があんまり綺麗で可愛く見えてしまったからで。



「イジるばっかじゃなくて。お前にとっての本番は何だよ。早くッ。シろって!」

 限界まで足を広げてねだって見せてくれるとか。

 後輩相手に恥ずかしいだろうに。

 こんなことできちゃうなんて、先輩の絆されやすさが危険だ。

 だからどこか冷静さを残せたのかもしれない。

 この人を傷つけたくない。
 とにかく、俺なりに気持ち良くしてあげたい。
 そう心から思ったんだ……。



「先輩、痛くない? 本当に……」


「バカ」


「い、痛いの? じゃぁ……」


「ここで止めたら、意味ないだろうが」


「……ッ」


「ン、ふ……焦らしてんじゃ、ねぇぞ」



 と。はっきりとした記憶が残っているのはそこまでで。




 先輩の色気MAXな乱れ姿に発情してしまった俺は……多分、というか確実に、結局のところ容赦無く自分の欲望を打ち付けてしまい……。




 *




 何回出したかよく覚えていない……。

 事後、シャワーを済ませて戻ると先輩はまだうつ伏せで長い手足をベッドに預けていた。

 近づいて先輩の背中を触っていると、
「夜の作法の実地練習はこれで終わりな」
と言われ、夢のような時間はもう終わりなのだな、と理解する。

 ラブホを出たら、元通りの先輩後輩に戻るのかと思うと、
(残念だな……)
と寂しがっている自分に苦笑いが込み上げかけた。



 おいおい、ちょっと待てよ、自分。

 これって、事前練習だろ?





 ……事前練習のはず、だったんだけど。





 *






 この日から、俺の好きな人が浦添健一ではなく別の誰かさんに変わったことは、先輩には内緒にしている……。







〈了〉
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