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「またね」は魔法の言葉
しおりを挟む栗原葉菜子。
清楚で、可愛くて、誰にでも優しくて。サッカー部のアイドル的存在――いや、部だけに留まらず、最早学校のアイドルだった。
『麻丘くん、今日調子悪そうだけど大丈夫?』
『麻丘くん、これからも一緒に部活頑張ろうね』
清楚で、可愛くて、誰にでも優しい彼女は――モテたいだけでサッカー部に入り実力もなく浮きまくってた俺にも優しかった。
そんな彼女に、こんなタイミングで、こんな場所で再会するなんて。
「まさか麻丘くんに会えるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった。元気だった?」
「あ、ああ。多分元気……栗原も、元気そうでよかった」
「あははっ! 多分って何? うーん、私も元気かな。多分!」
楽しそうに笑う栗原のその笑顔は、中学時代に俺の胸をトゥンクとときめかせた笑顔そのままだった。
ていうかさ、昔好きだった子とここへ来て再会イベント、ギャルゲーだと完全に攻略対象だよな――いやいや! そうじゃなくて、普通にさ、ちょっと運命感じちゃったりして――
「栗原、ジュース買ったか――――麻丘?」
「……た、瀧。久しぶり」
「ふーん……久しぶり。偶然だな」
そうこれはただの偶然だった。運命感じちゃったりしてないよ。ええ。これっぽっちも。
栗原と一緒の高校に進学して、今日も栗原と一緒に図書館へ来たであろうその人物。
瀧秀吉。
こいつも同じ中学校で、同じサッカー部。俺と同じじゃないところといえば、こいつはサッカー部のエースで、イケメンで、モテて……寧ろ中学と部活以外で同じとこなんてある?
そんでもって、“栗原と付き合っている”と噂されていた奴。
――つまり、俺がずっと羨ましいと思っていた憎き男。逆恨みだけど。
今日も一緒にいるってことを知った今、俺は噂が本当だったとここへ来て確信した。高校も同じみたいだし……
一瞬でも、栗原とのラブロマンス期待しちゃった俺の時間返してくれ。
「何だよ無視か麻丘。久しぶりだってのに……」
「あ! い、いや! そういうつもりじゃなくて……栗原だけじゃなくてまさか瀧にまで会うなんて思ってもみなかったから驚きすぎてフリーズしちゃったっていうか」
「フッ。まぁこの瀧も麻丘に会うなんて予想外だった。元気そうで何よりだ。お前は今日一人で来たのか? 寂しい奴。なぁ栗原?」
「えっ……べ、別に一人でも全然いいと私は思うけど……」
この通り、瀧は話し方も態度も鼻につく。自分を選ばれし人間だと自覚していて、常に自分が一番だと思っていて、他人を見下している。
どうして優しい栗原が瀧と付き合ってるのか……結局顔? 栗原がそんなことだけで男を選ぶなんて信じ難いけど、栗原には優しいのか?
「あはは。一人じゃねぇよ。友達に勉強教えてもらって、今休憩中」
わかりやすすぎる愛想笑いをしてそう答えると、瀧は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「友達? どこにいるんだよ?」
「あァ!? 見えてねェのかよさっきからずっといんだろ。おいアサシン、誰だよコイツら」
「どうも! アサオの心の友と書いて心友の二階堂亮です!」
瀧の一言に、待ってました! と言わんばかりに俺の両隣から登場する二階堂と刹那。お前ら今の今まで自販機で喧嘩してたろうが。
変な奴らとつるんでる、とどうせ瀧にまた馬鹿にされ――ん?
俺の考えとは裏腹に、二人を見た瀧は、今まで見たことのないくらい驚いた顔をしていた。
「……こ、これが麻丘の友達!? 地味で目立たないモテなさそうな奴を想像していたのにっ……! 不良とイケメン……!? しかもこのイケメンただものじゃないな……ここまでのイケメンは……しかもこのイケメンは麻丘の心友!?」
「オレ様だってアサシンとはマブだっつーの!」
「ヒィッ!」
刹那の凄みにビビッて後ずさる瀧。
――残念だったな。地味で目立たなくてモテない俺だけど、友達は地味で目立たないどころか派手で目立ちまくりなんだよ! そう、お前よりもな!
俺が少し満足げな気分でいると、視界に入った栗原の表情はどうしたらいいかわからずオロオロしている。
いけね。栗原のこと置いてけぼりだった。それに彼氏のこんな姿見たくないだろうし、瀧にとっても栗原にとっても、これ以上俺たちといる時間にメリットはない。
「……二階堂、刹那、そろそろ行くか」
「あ~? だからァ、誰なンだよ!」
「中学の同級生ってだけ! ほら、行くぞ! 二階堂も!」
「僕はいつでもアサオが行きたいところへ行くよ!」
不服そうな刹那と能天気な二階堂の肩をぐいぐいと押して、その場から去ろうと歩き出す。
せっかくの栗原との再会だったけと、楽しむ暇もなかったな……
「――麻丘くん!」
少し残念な気分でいると、背後から栗原が俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると同時に、袖をくいっと引っ張られる感覚。
思ったよりすぐそこに、栗原がいた。
「……また、ね?」
「……あ、ああ」
栗原はそれだけ言うと、瀧の方へと戻って行く。
あまりにも一瞬の出来事に、俺はぎこちなく返事をすることしか出来なかった。
“またね”って……
またがあるってこと?
お互い、連絡先も知らないのに?
こういうの何て言うんだっけ――
「あ、社交辞令だ!」
「おわッ! いきなり大きな声出すんじゃねェよ!」
「アサオ、どこ行く? 貴様はもう帰れ中野刹那」
その後、俺と二階堂は刹那にゲーセンに連れて行かれ、今日って勉強会じゃなかったっけ? と疑問に思いながらもなんやかんや遅くまで楽しんでしまったのは言うまでもない――
****
家に帰ってシャワーだけ浴びて、濡れた髪のままベッドに寝転びながら、明日から本気出すと強く誓いソシャゲでもやろうと携帯に手を伸ばすと同時に着信音鳴り響いた。
反動で番号確認もせずに通話ボタンを押してしまい、どうせ二階堂あたりだろと思いながら適当に「もしもーし」と言うと、聞こえて来たのはこれまた予想外な人物。
〈……麻丘くん? 栗原です〉
「えっ!? く、栗原っ!? え、なな、何で」
〈急にゴメンね。中学の同級生の子に聞いて、番号教えてもらっちゃった……嫌だった?〉
「あ、ああっ、そうなんだ! 嫌なワケないだろ! 寧ろ大歓迎!」
〈ホント? よかったぁ~~……〉
まさかの! 栗原から着信!?
あの栗原葉菜子が、俺の番号に!? わざわざ人に番号を聞いて!?
俺がサッカー部を辞めてから、全くと言っていい程関わりがなかった栗原と電話してるなんて……今日再会したことで、栗原も俺のことを懐かしく思ってくれたのだろうか。
それにしてもいきなり電話とか、栗原以外と積極的というか度胸あるもいうか――俺だったら絶対メールにする。電話とか無理。俺お店とかに電話するのも緊張しちゃうようなタイプだし。
「えーっと、栗原、俺に何か用事でもあった?」
〈え? 用事っていうか、今日久しぶりに会えたのにあんまり話せなかったから……あの、今週の日曜とかって麻丘くん空いてないかな?〉
「へっっ!?」
待て。今何が起きているかを説明してくれ。
栗原、誰に何を聞いてるんだ?
麻丘くんに? 今週の日曜空いてるか聞いてる?
麻丘くんって、俺? そんでもって、今週の日曜の予定は――
「あ、空いてる! めっちゃくちゃ空いてる!」
〈よかった! それなら、私と勉強しに行かないかな? ほら、多分お互いこの時期はもうすぐテストだろうし……〉
「行く行く! 俺今回マジでヤバイから、栗原と一緒に勉強出来るなんて最高すぎるよその提案!」
〈ふふふっ! 私じゃ役不足かもだけどいいかな?〉
「どこが! 役不足どころか役余りだって!」
〈役余りって、聞いたことないよ〉
電話の向こうで栗原がクスクスと笑っている声が聞こえて、俺は何とも言えない幸福感に満ちていた。
しかも、栗原からのお誘い――あの“またね”はこういう意味だったのか――
〈じゃあ、詳しいことはトークのやり取りでもいいかな?〉
「もちろん! じゃあショートメールで俺のトークのID送っとくよ」
〈うん。待ってる。楽しみにしてるね〉
「俺も楽しみにしてる! じゃ、じゃあ……」
〈うん。また日曜にね。おやすみなさい〉
「おっ、おやすみ!」
電話を切り、栗原の声が聞こえなくなってからも俺はしばらく通話終了の画面を眺めていた。
夢か? いや、夢じゃない。俺は確かに今の今まで栗原と電話をして、しかも日曜に会う約束までした。
勉強って名目だけど男女二人きりでのお出かけ。これって――
「デート……になんのかな!? いやデートだろ! 二人きりだぞ!」
一人で自問自答しながら枕を抱きしめてベッドの上で跳ねまくるくらい俺のテンションは上がりまくり。最早MAX。今なら人にどんな言葉で罵られようが笑顔で「ありがとうございまぁーす!」と言える。
――ん? でも、栗原って瀧と付き合ってんだよな。それなら俺と二人で出かけるってマズイんじゃ……
「……うっっわ。何浮かれてたんだろ俺」
手から大きな枕がすり抜ける。
栗原には瀧という彼氏がいるってことすっかり忘れて、俺は完全に舞い上がっていた。
じゃあ、栗原がわざわざ俺を誘う理由って何なんだ?
本当に勉強したいだけなら、俺を誘わないで同じ学校の友達を誘った方が絶対に効率いいし。
もしかして、俺じゃないとダメな理由があるんだろうか?
中学の時の他の同級生でも、同じ学校の同級生でも、瀧でもなく、俺を栗原が呼ぶ理由――
「まさか、瀧のことで悩みでもあんのかな?」
あんなのが彼氏だといくら優しい栗原でも相当なストレスが溜まっていることだろう。
顔をしかめながらあらゆる推測をしていると、ピコンと俺の携帯が鳴り、教えたばかりの俺のトークに栗原から
“今日はありがとう。また連絡するね”
というメッセージが届いていた。
アイコンを拡大すると、そこには自分の家で飼っているのだろうか、愛犬を抱いて笑顔の栗原の写真。
「――やっぱ、可愛いよなぁ。アイドル栗原葉菜子」
そう、手の届かないアイドルと同じ様な存在だった栗原。
そんな子と、卒業してからこんな急接近出来ただけでも元々有り得ないんだし、もうごちゃごちゃ考えないでいいや。
日曜、思いっきり楽しんでやるからな!
気持ちを入れ替え、まだ少し興奮気味だけど布団に潜り込む。
するとそのタイミングでまた着信。何だ、栗原言い忘れたことでもあったのか?
「どうした? 日曜のことでまだ何かある?」
〈…………〉
「あれ? もしもし栗原? おーい」
〈アサオ、僕は二階堂なんだけど〉
「――え」
に、二階堂!?
焦って着信画面の名前を見ると、そこにはバッチリと二階堂の名前が表示されていて、俺は全身が一瞬で冷めていくのを肌で感じる。
しまった……! 確認もしないで、完全に栗原と思い込んでた!
「あー? いや、そんなのわかってるって。何の用だよ」
〈完全に栗原って言ったよね?〉
「は、はぁ? 言ってねーよ! 聞き間違いだろ」
〈いや完全に言ったよね。どういうこと? 説明してもらっていいかな?〉
何だよこいつめんどくせぇ! 彼女か!
〈――それとさ〉
「な、何だよ?」
〈日曜、何があるの?〉
「…………」
そう言う二階堂の声色は、いつもと少しだけ違って、俺は嫌な予感しかしなかった。
――ゴメン栗原。もしかしたら日曜、変なのが一人増えるかもしれません。
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