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31.好き、だから…?

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 不眠になったかのように、眠ることができなかった。ホットミルクを用意させても、ベッドに横になり、どんなに目を瞑っていても眠気を一向に感じられない。去り際に見せた、リリー嬢の悲しそうな顔が、今にも泣きそうな顔が脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 そうこうしているうちに夜は明けて、身支度を済ませれば、息をつく間もなくノアが書類を抱えてやってきた。今日の夕方には帝国の馬鹿皇子が着く。その打ち合わせの時間もあり、作業はいつもよりも急ピッチで進められた。

「おい、何度目だ」

 目の下の大層な隈がノアの目力を増長しているような気がする。ノアはその手を止めて何があった、と聞いてきた。

「昨日は散歩してきたんじゃないのか」

「え?」

「リリー嬢のことだろ。何度目のため息だと思ってるんだ。鬱陶しいことこの上ない。…何があったんだ?」

「ノアはいつも鋭いよね…。実は、ね…」

 ぽつぽつと俺は昨夜のことを話した。話があると言われ、俺は誘拐の件もあって嫌われてしまったかと気が気でなかった。リリー嬢は普通の令嬢とは違う。その知識量も洞察力も、一国の王と比べても遜色ないほどに高い。きっと今回の誘拐も、俺とノアの計画であったことに気づいているだろう。言い訳になろうとも、きちんと理由は言っておきたかった。

『嫌いにはなりません。…好きにもなりません。ご安心ください』

 何を安心しろというのだ。不器用な笑顔を浮かべて本音を隠すようなその姿は、本当にリリー嬢かと疑ってしまうほどに、幼く見えた。去っていく彼女を追いかけてやるのが正解だったかもしれない。しかし、「好きにはなりません」の一言が思いのほか衝撃的で、追いかけても何を言うべきか頭が回らなかった。

 一通り話終えても、どこが悪かったのかわからない。どうするべきだったのか。そう言うと、ノアはこれ見よがしに大きくため息をついた。

「それは…どちらにも非があるな」

「え、」

「ひとつ聞く。お前は何を伝えたかったんだ」

「え…っと、不妊がわかってからそれを利として婚約を申し込んだことと、反逆者のあぶり出しにリリー嬢を誘拐させるように仕向けたこと、かな」

「違う。それを言うことでお前は何が言いたかったんだ」

「…?」

 意味が分からない。事実を伝えることに理由がいるとでもいうのだろうか。なぜ、それらを伝えたいと…。ああ、なんだ。簡単じゃないか。

「嫌われたくなかったからだね」

「だね…って。自分のことだろうが」

「うん。淡々と利用したと非情には思われたくなかったんだ。だから、説明したかった」

「なんで嫌われたくなかったんだ?」

「え? それは…」

 嫌われたくない理由? ノアのなぜなぜ攻めに、しばらく逡巡する。執事が持ってきてくれたコーヒーで喉を潤し、もしかしてと思い至るところを言った。

「リリー嬢が、好き、だから…?」

「なんで疑問形なんだ。はぁ…」

 あからさまに頭を抱えられ、俺は苦笑するしかない。

「そこを言わないと意味がないだろうが」

「そう、だね」

「レオナルド。これはいわゆる政略結婚だ。およそ貴族の義務ともいわれるそれだ。これから何十年と連れ添うんだぞ? 気持ちはきちんと伝えておかないと、後悔しても遅いんだからな?」

「なんだかノアが老人に見える…」

 ぴくりとノアの眉が片方だけ上がる。堪忍袋が切れる前におとなしく話を聞く方が利口な選択だと第六感が言う。

「それとな、昨日の晩餐会でリリー嬢も言っていたんじゃないのか。獣人と人間の歳の取り方は違うと。俺たちは24歳。リリー嬢は20歳。単純な計算では4年でも精神的な年齢は全く違うんだよ。子ども扱いされないように、どんなに知識を詰め込んで場数を踏んで、修羅場を抜けてきたとしても、まだ未熟なところはある。そこはわかってやれ。どうしようもないところだ」

「俺…リリー嬢に説明してくる」

「待て」

 今までの話はもう一度、きちんと説明して来いということではなかったのか。片手を出して俺を止めるノアは、今までの幼馴染の顔ではなく、ストラテ王国の大宰相の顔をしていた。

「陛下は一国の王であらせられます。では、リリー嬢はいかがでしょうか」

「…次期王妃だね」

「王と王妃ならば立場は同じ。しかしながら、次期王妃と王であれば話は別でございます。ここで陛下に謁見を願い出れないほどの令嬢であれば、幽閉なさった方が後々面倒が起きないでしょう」

 そう言って、ノアは恭しく頭を下げる。その諫言かんげんはひどく深く俺の心を穿った。

 直後、戸が鳴り俺の許可で執事のひとりが入ってきた。

「リリー様が陛下にお話があるといらっしゃっております。いかがなさいますか?」

 行ってこい。身を引いたノアの目はそう言っているようだった。
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