神は気まぐれ

碓氷雅

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閑話 神殿の話

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 最高司祭の男は、儀式のためのローブに身を包み、杖の音を響かせて回廊を歩いていた。付き人はなく、起きるには早すぎる夜明け前であった。神殿の中心部にある教会堂を横切り、北の端にある塔へと入る。

 普通に扉を開けば下へと続く階段が現れ、その先には宝物が保管されている。しかしこの司祭は仕掛けのレバーをいったん横にずらしてから下げた。鈍い音が続き、開いた扉の向こうには上へとつながる階段がある。

 杖を頼りに男は登った。

「神よ。我らが崇める女神よ。どうか我らに先見の明を与えたまえ」

 きれいに切り出された石が敷き詰められた空間は、外からではない光でことのほか明るい。古代から残る、女神の力が宿っているとされる石のおかげであった。

 淡く光を放つ石の前に跪き、頭を垂れて司祭は儀式を始めた。呪文をぼそぼそと繰り返し、何度も何度も額を床にこすりつける。

やがて声が嗄れ、床に血がにじみ出す。

石は眩い閃光を放った。

 司祭の頭に声が響く。朦朧とした意識の中で聞いた言葉を何とか紙に書き留めた。興奮状態から冷めやらぬ身体のまま、自分の書いた文字を見てあわてて階段を駆け下りていく。

 伝えねばならぬ。一刻も早く。

この塔で聞いたお告げに間違いはなかった。ならば今回も予言通りのことが起こるだろう。国王に助けを。助力を求めねば…。

 急ぐあまり、勢い余って司祭の身体は宙に浮く。落ちた先の石段は、運の悪いことに鋭く欠けていた。側頭部を強く打ち、血が止めどなく流れていく。それでもなお、司祭は使命感に突き動かされ、歩いた。

 男はそれから数時間後、塔の扉の前、血だまりの中で見つかった。その手には書き留めた予言をしかと握りしめて。
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