碓氷雅

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変な癖

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宮部綾斗の恋人、川崎龍太には変わった癖がある。
宮部はそれに、出逢って5年してようやく気付いた。同棲を始めて、1年目の初夏のことだった。
些細なことで、恋人が拗ねてしまったのだ。
拗ねるという行為は、相手に気を許している証拠であるし、きっと折れてくれるという信頼と甘えの上に成り立つものだ。だからそれ自体は可愛くて仕方がない、と宮部は緩む頬を必死に我慢する。
川崎の変わった癖は拗ねたあとに出た。
最初は宮部の腕時計だった。翌日になくなっていたのだ。どこに置いたか知らないか、と聞けば、ふいっとあからさまにそっぽを向く。その姿は、幼い子供さながらに愛らしい。だが、川崎も宮部も立派な大人である。いくら恋人のものとはいえ、腕時計をどこかにやられてはさすがにやりすぎだと思う。
「返してくれないか?」いたって低姿勢で頼む。
朝食の準備をする川崎は「必要、です?」と言う。
「必要だ」と即座に答えた。
「そうですか」と返事はなんともそっけない。
人のものを盗り、あろうことかそれを隠したのだから、宮部が怒ったとしても、それは道理と言うものだろう。だが、そうできないのは惚れた弱みというものか。拗ねてそっぽ向くその顔には、僅かに罪悪感を滲ませているのだ。それに気づけない宮部ではない。
1番大事な物なんだ。そう言いそうになったが、ぐっと堪える。いくら鈍い感性をしているとはいえ、宮部もそこまでわからずやではない。
そんなことを言ってしまえば、言葉を何よりも大切にする川崎はまた拗ねて、そしてそれを、宮部は憎めなくなる。川崎のそれが愛情の裏返しであると、知っているから。
「比べるものでもないけれど、」そう言って、川崎を背後から抱き締める。「何よりも大事で、1番大切なのは、龍太。お前だ」
「……」
抱き締める力を強くする。「この先何があってもそれが覆ることはないよ。…だから、返してくれるな?」
顔を真っ赤にしているであろう川崎は一度だけ、頷く。宮部の腕を自ら解き、自分の寝室へと入って行った。
時計を片手に宮部の前に立つ川崎は、「ごめんなさい」とそれを差し出した。
「ありがと」前髪を上げて、露になった額にキスをひとつ。
驚いたのか、川崎は飛び退く。「毎度のことながら、よく胡散臭い気障な言葉を言えますね。そろそろ胸やけしそうです」
小声なのが可愛らしい、と内心で悶える。
一日中ずっと抱き締めていたいのをぐっと堪え、朝食の席につく。他愛もない話をしながら、朝食を口にはこんだ。
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