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#10-②

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「復讐義は、達成できて?」
「ええ。もちろんです。すべてが終わりました。思い残すことはもうありません」

 王だった男の首を見下ろしていたヒパラテムは、苦しそうに笑い再びアーシェンの前に膝をついた。

「…天秤は私の方に傾いてしまっています」
「なんのことかしら」
「妹を虐めた人間に報復を、という私の望みに、王城の陥落と催眠の使用という許可をくださいました。それに満足しなかった私に、パルテンという忌々しい名前をも王の処刑によって消し去ろうとしてくださった。これでは私の荷が軽すぎませんか」
「そんなことはないと思うのだけど…」

 顎に手をあてアーシェンは首を傾げた。十二分に目的は達成できたし、カーン鉱石もケルア地域の特産物も手中にあるも同然。正当な継承者のカミールを婚約者としているのだからこの新たに生まれたエレイナ公国はアーシェンのものとするのは簡単だ。

「お嬢、」

 シュートがそっと耳打ちする。「彼らの復讐義の最後はその主導者の死と決まっています。いかがいたしましょう」

 なるほど、とアーシェンは頷く。目の前のヒパラテムは故郷の慣習よりも、アーシェンの指示を重んじているのだ。それは最大の恩返しに他ならない。ヒパラテムの故郷、ヒラリオンは何にも属さず、服従もしないとする部族の集まりであるにもかかわらずだ。

 シュートはどうやら歴戦の勝者にも匹敵する戦力を逃したくないらしい。アーシェンは幾通りものパターンを頭の中でシミュレーションし、一番ましなものを選んだ。

「ひとつ聞きましょう。…ヒパラテム、あなたの持つ何をもってしてその天秤は釣り合うと思いますか」
「…僭越ながら、私のこの命をもって釣り合いをとらせていただきたく思います」

 即答だった。まるで用意していた回答のようで、アーシェンは少しばかり面白くないとため息をつく。シーアに目配せして紅茶を頼み、再びヒパラテムに目を落とした。

「あなた一人の命で釣り合いが。…ふふ、かなりの自信ですね。嫌いじゃないですわ」
「…」
「いいでしょう。この時をもってあなたの命はわたくしのものです」

 掌をシュートに出し、アーシェンはその手に剣を握った。

 刃をヒパラテムの首に当て、静かに立ち上がる。

「…ですから勝手に生を終わらせるなど、許しませんよ」
「はっ!」
「有事の際はフクロウを飛ばします。何を置いても最優先にしなさい」
「御意」

 民衆の熱を下げるほどの冷たい風が強く吹く。咄嗟に身震いしたアーシェンを気遣い、シュートは自らのジャケットをアーシェンの肩にかける。ヒパラテムは跪き、うつむいたまま微動だにしなかった。

「冬は近そうですね」
「…そのようです。民にはわからぬよう、皆で引き揚げます。帰還の許可を」
「ええ。くれぐれも気を付けて」

 おもてを上げたヒパラテムは、新しい焔をその瞳の奥に宿しながら美しくその口角を上げた。

「おおせのままに」
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