上 下
20 / 30

閑話 兄の話

しおりを挟む
 一緒に育ってきた妹が幸せならそれでいいと思った。それが一番いいと思った。だからよそ者の王なる男に愛する妹を嫁がせたのだ。

 手紙が届いたのは最初の一ヵ月だけだった。それからは何度送っても返事がなかった。送りすぎてしまったのかもしれない。約束は一ヵ月に一回だったから。だが確か、一ヵ月に一回ではなかっただろうか。何かあったのではないか。

 様子を見に行きたかった。行けなかったのは父親である長が病に伏したからである。もしものことがあれば引き継がなければならない。長い間勤め上げたその雄姿を称え、ふさわしい葬儀にしなければならない。

 これを終わらせれば、もう一つこれを終わらせれば、オーレリアに会いに行こう。そのもう一つがどんどん増えていった。三か月ほどたったころ、山の外の国の使節がやってきた。ちょうど長が代替わりした時であった。

 武力を貸して欲しい。パルテン王国が隣国パールライトに攻め込んでいる。武人なあなたたちの力を貸してはくれないか。もちろん、勝利の暁にはなんでも望みをかなえる。

 どうやらいくつもあるこの山の村にすべて回って、すべて断られて最後にたどり着いたのがこの村だったらしい。もちろん、他の村の長同様、是と答えるつもりはなかった。だが、パルテン王国とは妹の嫁いだ国ではなかったか。戦争のさなかで手紙が届かなかったのか。妹は無事なのか。

 長の補佐である男とも相談し、オーレリアの安全の保障と戦いが終われば速やかにパールライトなる国に連れてくることを条件に武力の提供に応じた。

 それから一週間も経たずに戦争は終息した。

「オーレリアが…死んだ? なぜ?」
「パルテン国王曰く、戦死したと」
「戯言を。戦場にいたとでもいうのか!」
「はい…どうやら王の為に戦いたいと自ら戦場に立ったようです。遺体は公国にすでに運ばれております。どうぞ弔いを」

 そんなはずがない。山の中に住む部族は男女にかかわらず、小さなころから身体を鍛える。それは戦うためではなく、険しい自然の中で生き残るための先人の知恵だ。今回こそ、武力の提供などに応じたが、元来我らは戦いを嫌う。オーレリアは食の為に獣を狩るのもためらうほどだった。そんな妹が戦場に? 愛とは、恋とはそれほどに人を変えるものなのか。

 運ばれてきたオーレリアの棺は、一国の王の妃としては寂しく、そこらの平民のものと変わらないほどだった。棺が開けられ変わり果てた姿の妹を前に、涙を我慢することなどできなかった。こんなことなら外に嫁がせるのではなかった。たった数か月前の自分の判断をひどく後悔した。

「長殿。約束を守れず、誠に申し訳なく思っている。…すまなかった」
「…妹を殺した兵士は?」
「そのことだが、どうしてもわからないんだ」
「なんだと?」

 山の反対側の国の、協力を要請しに来た使節だった男は顔を青ざめていた。

「妹さんはこの国でもパルテン王国でも目立つ。肌の色も、身体の大きさも全く違うからな。だから、そういう女性をみかけたら…いや、女性とわからなくてもそういう人を見かけたら攻撃せず、君の名前を出して保護をとわが軍には通達していた。もっとも、軍のほとんどは君の村の民だろう。戦場にいたなら、すぐにわかるはずだ」
「なら…」
「まずは深呼吸してくれ。…それから妹さんの首元を見てもらえるか」

 これでもかと胸を膨らませて深呼吸をし、気持ちを落ち着けてから再度妹を見る。よくよく見れば、花が不自然なほどに首元に集まっていた。外の国の習慣化と思っていたが目の前の男の表情を見る限りそうではないらしい。丁寧にその花を取り除き、死化粧を施された首に触れる。指先から伝わる冷たさが、もうそこに魂がないことを物語っていた。

「これはっ…」
「ああ。わたくしどもの国では策条痕さくじょうこんという。これは首を絞められて亡くなった証拠だ。さらにその角度から、妹さんはおそらく…自殺だ」
「そんなわけがない!」

 男は淡々と事実を話した。妹は第六王妃であったこと、パルテン国では不遇に扱われたこと。すべてに絶望して自殺したこと。話だけなら信じられなかった。男は妹の手紙を持っていた。

「潜らせていたスパイがこの三か月間のものをひそかに集めていた。すべて焼却処分になるところだったらしい」

 筆跡は紛れもなく妹のもので、それらはどんどん胸を締め付けていった。

「王は殺せるか」
無理だ」
「いつまで待てばいい?」
「何とも言えない。だが、必ず機会はやってくる。それまで待っていてくれるか。今度こそ約束しよう。その時はパルテン王の身柄は君の自由にしていい。帝国の名に懸けて誓う。だからどうか…!」

 村の仲間も疲弊し、パルテン王国に攻め入れるほどの力は残っていなかった。今戦っても犠牲が増えるだけ。戦いが嫌いだった妹がそんなことを望むはずもなかった。それでも殺してしまいたい衝動は収まらない。

何時間もの仲間の説得でようやく兄としての気持ちを押し殺し、長として仲間と妹とともに山へと帰った。復讐義を胸に誓って。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...