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一年生・秋の章

お楽しみキャンディ “入れ替わり味”⑤

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 動揺する主人の姿に、キースはテーブルの下で剣のグリップに手をかける。


「シュヴァリエ公爵は常に冷静沈着でポーカーフェイス、過度な馴れ合いをせずこんな風にお茶に誘うことなど無かった」


 訝しげな表情でそう語るキースに、フィンは目を見開いた。


「(そうなんだ……!僕余計なことしちゃったんだなぁーっ……)」


 フィンは困り顔でたらーっと冷や汗をかく。


「でも、偽物……あるいは何者かに乗っ取られているにしては無防備ですし、シュヴァリエ公爵がそんなヘマをするとも思いませんが……」


 ミルは眉を顰め目の前で動揺する主君をじっと観察する。自分がシュヴァリエ公爵を騙るなら、もっとまともに出来るだろうな、と思いながら首を傾げた。
 まず、こうしてお茶に誘うメリットだってあっただろうかと思い、キースに視線を送るミル。

 するとそこに、慌てて入室する小柄なエルフが現れ、三人は一斉にその方向を見る。ミスティルティンの制服を纏った可愛らしい出立ちのエルフに、二人は首を傾げた。


「ど、どちら様で……?ミスティルティンで働くどこかのお嬢様かな?」


 キースは突然の来訪者に首を傾げる。


「俺は男だ。見て分からないのか」


 フィンの中のリヒトは、キースに対していつものような口調でそう言い放つ。


「そ、それは失礼しました(あれ?この感じ、シュヴァリエ公爵に似てるぞ)」


 キースはキョトン顔を浮かべる。


「……フィン、これはどういう状況か説明しなさい」


 リヒトはフィンに近付きムスッとした表情で詰め寄ると、フィンは涙目で慌てた表情を浮かべた。騎士団の二人から見れば、可愛い少年に詰められる弱々しいリヒトの図だったため、二人は混乱しながら二人のやり取りを眺める。


「ドーナツもらったから、よかったら一緒にって思って……」


「書類を受け取ったら、すぐ別邸に戻る約束だっただろう?俺は騎士団の者をお茶に誘ったことはないから怪しまれる。現に、そこのキースは怪しんで剣に手をかけていたぞ」


 フィンが良かれと思ってやったことを責めるのにも中々が勇気がいるが、リヒトはキースを横目に見ながら仁王立ちする。
 キースはビクッと体を震わせながらもしや、という表情を浮かべた。


「約束やぶってごめんね……たくさんあったから一緒に食べたかったの」


 フィンは俯き加減で人差し指同士を合わせ、しょぼんとした顔でリヒトを見る。
 リヒトはテーブルにあるドーナツを見ると、フィンの好きそうなお菓子だ、と思いながら溜息を吐いた。


「……仕方ない」


 リヒトは騎士団の二人を見て眉を顰めると、堂々たる態度で口を開く。


「で、状況に気付いたか?」


 リヒトの問いかけに、二人は大きく頷く。


「お二人は入れ替わってるのですね……」


 キースがおそるおそる問いかけると、リヒトは小さく頷く。フィンは申し訳なさそうに二人を見て頬を掻いた。


「ごめんなさい……やっぱ変でしたよね?僕お二人に合うのも初めてだったし……」


 フィンは優しい声色で二人にそう声をかける。


「僕にとってリヒトはすごく優しいから、リヒトならこうするかな?って思っちゃって……」


 フィンは眉を下げ小さく笑うと、二人はあまりの健気な可愛さに雷が打たれた気分になった。


「(入れ替わってるから見た目がシュヴァリエ公爵だけど、中身はすごく可愛い子なのね……!というか、シュヴァリエ公爵が入ってるこっちの可愛い男の子が本体ってことなら、もう天使!天使すぎる!」


 ミルは鼻血が出そうになりながら悶える。


「フィン、気にしなくていいよ。この二人は俺でないと気付いて途中から警戒していたから、単なる剣を持った腑抜けでは無い事が気付けて良かった。そうだろうキース、ミル」


 リヒトはフィンの横に座りポンポンと頭を撫でながら、二人に向かってふんっと口角を上げる。


「もももちろんで御座います!副団長である私の目は誤魔化せません!」


 キースはガタッと立ち上がり敬礼しながらそう答える。


「それにしてもシュヴァリエ公爵、なぜ入れ替わってるのですか?」


 ミルがそう問いかけると、リヒトはフィンが淹れた紅茶を啜りながら事情を話し説明する。フィンはその横で呑気にカラフルなチョコレートドーナツを頬張っていた。



「というわけだ。だがそろそろ戻るだろうな。昨晩のうちに解毒剤を飲んでいるから」

「そうなの?」


 フィンはキョトンとした顔でリヒトを見る。


「入れ替わりの原因は、悪戯草ロキという魔草だ。あれは草によって様々な変化をもたらすが、ラグナという対となる魔草を煎じて飲めば簡単に治る。昨晩の食事に混ぜた」

「スープに入ってた草かなあ?ちょっと苦かった!」


 フィンが楽しそうに笑うと、自分の顔にチョコレートがついているのが恥ずかしいのか、リヒトは口についたチョコレートをナプキンで拭ってあげた。
 フィンは「んー」と言いながら大人しく拭かれる。


「あのねフィン、俺の顔でそんなにチョコレートを付けないの。目の前の二人が目のやり場に困っている。そもそも俺はスイーツを食べないが」


 リヒトはそう言いつつもフィンの世話を焼くのが嬉しいのか、顔を綻ばせている。



「(いや、それもそうだけど……二人を包むこの甘い雰囲気が……)」


 キースは横目でミルに視線を送る。


「(この二人……やっぱり)」


 ミルもキースに視線を送って頷いた。


「(恋人同士では……!?)」


 恋人がいるという噂はあったが、実際に見たことが無かった二人は興奮した面持ちでフィンとリヒトを見る。
 堅物な主君の心を開いた相手が、この少年かと二人は涙ながらに心の中でガッツポーズを取った。

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