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一年生・夏の章

黒魔術と心変わり②

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 小瓶にリヒトの髪の毛を入れ、それが反応する方向に箒を飛ばすローザ。最初のステップである夢での会話はクリアしていたが、次のステップに進むにはリヒトの髪の毛が居場所を示す必要があった。
 しばらく日にちが経ったある日、唐突にその時は訪れる。

 小瓶は少し黒く光り、とある方向にカタカタと動き出したのであった。



「よかった、夢のステップで上手くいって無かったのかと思ったわ。髪の毛が反応しているうちに会いに行かなきゃならないわね」


 ローザは小瓶を愛おしそうに握りしめると、箒を準備し真昼の空を飛び立つ。




---------------------------------



 ある地点で反応が強くなったため、ローザは森の中に降り立ってあたりを見回す。




「私の髪の毛を大魔法師様に直接触って貰うのって、結構難易度高いわよね。ここまで来たのはいいけど、そう易々と上手くいくのかしら」



 ローザはぶつぶつと呟きながらリヒトの姿を探し、反応が強い方向に足を進めると、聞き覚えのある低く冷淡な声が聞こえ、思わず息を潜めた。




「おい、そんな炎でエスペランスで勝てると思っているのか。私が浮かせている紙を燃やさなければ、次の段階に行けない。もっと本気でかかってくるがいい」



 ローザは木の影に隠れながら、誰かと話をするリヒトを目で確認すると、胸を高鳴らせた。


「(美しい大魔法師様。一体何をしているの……?)」


 ローザはちらちらと辺りを見ると、燃やされた地面や木々達が目に入り、その中心にリヒトが立っていることに気付く。
 リヒトは凛とした表情でただ立っており、四方から襲い掛かる火の魔法を華麗に相殺して無傷の状態。



「(何か気配がするな)」



 ローザから漏れる微かな魔力の気配を察知したリヒトは、ピクッと顔を動かし目線をローザがいる方向へ動かす。
 ローザはそれに気付くと、これまで生きてきた中で最大限の緊張感と戦いながら、必死に魔力を抑え込んだ。
 伯爵家の家で生まれ、小さい頃から魔力の量には自信があり器用に魔法を使ってきたが、自身の魔力を抑え込むのは得意ではないことを激しく悔やむローザ。

 リヒトがローザの方へ杖を向けた瞬間、ローザは熱風が迫ってくるのを感じ、咄嗟に防御魔法をかけるも、襲いくる炎の柱に耐えきれず身体がリヒトの方へ飛んでいった。


「きゃぁ!」


 ローザは防御魔法を防ぎ切れず、炎に飲まれそうになるが、舌打ちしたリヒトがローザを片手で受け止めるとその炎を相殺させた。


「(あれ?私の髪、大魔法師様の手に触れてる……?)」


 思わぬ形で成功したため、ローザは目を見開き口元が緩むのを必死に我慢する。


「……」


 リヒトは炎を相殺し終えると、ローザを薙ぎ払うように離して口を開く。



「ルイ、一旦中断だ。変なネズミがいる」



 修行の相手はルイだったため、ローザは目を見開く。



「(ルイ?ルイってあの南の大貴族、リシャール侯爵家の嫡子!?)」



 リヒトまでとはいかないが、王都にも名前が通っているルイの名前を聞いたローザは驚きの表情を浮かべた。



「モリス家の令嬢がここで何をしている。ここは魔物が多い西の森、一人で用もなく立ち入る場所ではない」



 リヒトはローザを見下ろし、不可解だと言いたげな顔で口を開く。
 しかしローザは、持ち前の華やかさを振りまきながら自信満々の表情を作って見せた。


「大魔法師様、奇遇ですね。私はこの先のレーランシーの町に用があるのです。上を通りかかったらたまたま見えたので、ご挨拶しようと思ったらこうなってしまって」


 修行していたルイが遠くから箒に乗って飛んでくると、首を傾げその様子を見た。



「……ん?大魔法師様、知り合いですか?」



 リヒトの近くで可憐に微笑むローザに、ルイは首を傾げる。


「……別に。モリス伯爵家の令嬢だ」

「へぇ、こんな森に王都の令嬢が一人で……」



 ルイは興味なさそうな表情でローザを見る。少し服が焦げているのに気付くと、慌てて口を開いた。


「もしかして火に巻き込まれたか?すまなかったな、怪我はないか」


 ルイは修行に夢中になり、ローザの魔力を察知できていなかったことに申し訳なさそうな声色で謝罪する。


「いえ、いいんです」


 ローザはにこりと愛想を振り撒き、なんとかこの場をやり過ごそうと頭を働かせた。逃げるように飛んでしまっても怪しいし格好が付かない。

 リヒトは先程髪を触れたときに何か違和感を覚えたため、怪訝な表情でローザを見下ろしていた。



「……妙な魔法の匂いがするが。貴様、アカシックレコードが効かないことをいいことに何か良からぬ事を考えているのであれば容赦しない」



 リヒトは怪しむようにそう言い放つと、ローザは冷や汗をかきながらも平成を装い目を細めて笑った。
 大人しくニコニコと笑みを浮かべていれば美しい二人の姿だが、リヒトはローザに心底興味がない事はルイの目から見ても明らかだった。


「(ん?あの女……嫌な匂いがする気が。なんか変な魔法を使ったんじゃないか?)」



 ルイもリヒト同様ハイエルフ。普通のエルフよりもそういった違和感に気付きやすく、訝しげにローザを睨んでいる。



「まあ、わたくしをそんな物騒な令嬢だと思ってらっしゃるのですね。大魔法師様ほどではないですが、この王都でも名前が通っている身です。いくら学生だからと言って、そこまで愚かでは御座いません」



 ローザは杖を箒に変化させ、ここから離れる準備をする。



「でも、レーランシーに一人で何の用だ。付き人もいないお嬢様が、お忍びで行く理由があるのか?」


 ルイはふわっと欠伸をしながら問いかける。立場は侯爵家であるルイの方が上。ローザに対し容赦なく物を言える立場だった。



「言わなければなりませんか……?内緒にしてくれます?」

「言ってみろ」


 リヒトはローザを睨み付けながら口を開く。


「レーランシーにあるハート型の鐘を鳴らしに行きたいんです。あれを鳴らせば恋が叶うという噂なので。そんなことに従者を連れて行って父上にバレたら怒られますの。お前には相応しい婚約者を探している!ってね。……そんなの必要無いのに」



 ローザは艶っぽい表情を浮かべ、少女から大人の女性へと雰囲気を変え切なげにそう語るが、鐘が存在する事以外は嘘だ。
 魔性の女。彼女を例えるならそれが最も適していた。並のエルフならコロッと騙されそうな色香を放つが、フィン一直線のリヒトは表情ひとつ変えない。
 ルイは頭を掻きながら呆れたように口を開く。


「……もう良いんじゃないですか大魔法師様。放っておきましょう」


 ルイは他者の恋路を邪魔したくないのと、修行に戻りたい一心でそう言い放つ。リヒトは「ふん」と鼻を鳴らしローザに背を向けた。

 ローザは「失礼します」と一言告げると、そのままレーランシーの方角へ飛び立っていった。



「(黒魔法は何とかなったけど、ハイエルフ二人を切り抜けるのは大変ね)」



 ローザは火を出していたルイに心の中でお礼を言って、ほっとした表情を浮かべるとそのまま怪しまれないようにレーランシーへと飛んでいった。

 ルイは飛び立つローザを見上げると、鼻を擦り眉を顰める。



「なんか、アイツ変なにおいが」


 リヒトはそれに同意するように同じく鼻を擦って不快そうに顔を歪めた。


「気にするな。続きをやるぞ(……嗅いだことのある”黒“の香りか。何を考えてるあの女)」



 リヒトは横目でローザを見上げ不快感を感じながらも、ルイへの稽古を再開した。
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