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大食堂フロア
お子様ランチ
しおりを挟む「お子様ランチ、はじめて食べたわ。
紅茶も美味しかった」
食事を終えた老婦人は、おまけのオモチャを手に満足そうに言う。
ガチャガチャのカプセルに入った、手足がプラプラと動く青いロボットだ。
ちなみに、源氏物語もケチャップライスに国旗が立ったお子様ランチを食べていた。
実は、奪は違うものを考えていたらしいのだが、婦人が食べているのに気づき、
「あれがよい」
と源氏物語が言い出したので、佃にもうひとつ作ってもらったのだ。
源氏物語は、安っぽいカップに入った小さなプリンに、
「いまいちだな」
と文句を言いながらも嬉しそうだった。
「この紅茶、誰が淹れたのかしら」
そう老婦人が訊いてきたので、
「あ、うちのコンシェルジュが」
とあげはは少し離れた場所に控えていたエンを手で示した。
「ありがとう。
美味しかったわ。
あなたの紅茶の味、私の知っているホテルの味に似てるわね」
と老婦人はエンに向かい、微笑む。
エンが、ハッとした顔をした。
「ありがとう。
いい夢見させてもらったわ」
「……私の方こそ」
とエンは目を伏せる。
「そういえば、先ほどからこの百貨店の周りをぐるぐる回られている紳士がいらっしゃるのですが」
そうエンが言うと、あら、とご婦人は立ち上がる。
彼女が窓のところに立つと、彼女の行った窓だけ、外が暗くなる。
「もう用事、終わってたのね。
古書店に行くと言うから、また時間かかるんだろうと一人で、懐かしいこの場所をウロウロしていたのだけれど」
ふふ、と大事そうに小さなオモチャのカプセルを手に載せて老婦人は笑う。
「ここに灯りがともっているのが見えて、フラフラ入ってしまったから。
私を探しているようね」
彼女は、エンやあげはを振り向き、夢見るような表情で言った。
「これは一夜の夢かしら。
それとも、ここ、ほんとうにまた百貨店になったの?」
そう言いなからも、このご時世に新しい百貨店ができることなどないと知っている口調だった。
「ここはあなた方の夢の場所です。
そして、私の夢でもあります。
私は、あなた方の夢に囚われたものです」
またのお越しをお待ちしております――。
エンは彼女に敬意を払うように、丁寧に頭を下げた。
老婦人を連れて外に出ると、通り過ぎかけていたご主人がビックリしたように戻ってきた。
「お前、なんでこんな廃墟にいるんだ」
「廃墟?」
と老婦人は振り返る。
まだ霊の人たちがいるので、中に入れば輝いているのだが。
外からだと、百貨店に灯りは灯っていないように見えた。
「奥様は喫茶室の方にいらしてたんですよ」
エンが、普段の態度からは想像もつかない、人当たりの良い笑顔で、ご主人に言う。
喫茶室? とご主人は廃墟の左側を見た。
「ああ……ここは営業しているのかね。
ああ、いい雰囲気の店だね。
今度寄らせてもらうよ」
「ありがとうございますっ」
とあげはが頭を下げると、
何故、お前の方が喜ぶ、という目でエンが見た。
「いやいや、だって、これで朝だけじゃなく、お客様が来るかもしれないではないですか」
百貨店に戻りながら、あげははエンにそう言った。
「……あのご婦人、この百貨店で働く予定だった方なんですね」
『楽しみにしていたの。
ここで働くのを。
でも、開店前に潰れてしまって。
あのままお嫁に行ってしまったけれど。
ここで働きたかった思いがずっと残っていたの』
そう言って彼女は百貨店の制服を着たあげはを眩しげに見た。
『選び取れなかった私のもうひとつの未来がそこにあるようだわ』
ありがとう、と彼女は目を伏せ、微笑んだ。
「あの人たちの思いが、俺をこの幻の百貨店に呼び込んだんだ。
俺の話を聞いたスイーツ店のマダムが、この土地と建物の今の持ち主に話したら、解体予定だが、喫茶室だけでもやってみるかね、と言ってきて」
……なんだかんだで、今、こうしている、とエンは言う。
「妙な霊ばかりが来る百貨店になりそうなんだが……」
「でも、知念さんも今の方も生きてらっしゃったじゃないですか」
「まあ、なにかの思いがある人間が引きずられてくるんだろうな。
この百貨店に溜まった希望と後悔の念の塊に――」
俺もそのひとりだ、とエンは言う。
「この建物を買われた方も、もしかしたら、そうなのかもしれないですね」
百貨店が完成したら、お呼びしてはどうでしょう、あげはは言ってみる。
中に戻ると、奪が慌ててやってきた。
「パフェはどうしたっ。
早く持ってこないと、あの将校に撃ち殺されるぞ」
俺がっ、と騒いでいる。
「あと、今、佃さんがオムライス持ってきたぞっ」
「じゃあ、冷める前に課長が出したんでよかったんだが」
とエンが言うと、
「俺に接客とかできるわけないだろうっ」
と課長は言う。
この人、営業部に回されたらどうするんだろうな……。
そう思いながら、おじいさんにオムライスを持っていくと、追加で、クリームソーダを頼まれた。
「すみません。
佃さんに、クリームソーダをお願いしてくださいっ」
「待て、その前にパフェだっ」
佃さんっ、と二人で叫ぶ。
「佃さん、大忙しだな」
とエンが呟いた。
いやいやいやっ。
あなたが作ればいいんではないですかっ、と客の目がない場所で店員たち(?)は駆け回る。
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