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大食堂フロア

依頼内容が増えました

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「源氏物語はなにを頼む気なんですかね?」

「そもそも、メニュー表は読めるのか?
 今あるメニューはあの老人が思い浮かべた現代のものなんだろう?」
と奪が言ったとき、

「俺が書こうか。
 あの人が読めるように」
とエンが言う。

 なんかサラサラと書きそうだな、とあげははエンを振り返る。

「意外に多才だよな。
 だからコンシェルジュに選ばれたのか?」
と奪が訊いていた。

 ていうか誰に選ばれたんだ。
 この百貨店か――
とあげはが思ったとき、

「聞こえておるぞ」
と声がした。

 おじいさんより源氏物語の方が遠いのに、向こうから返事があったのだ。

 おじいさんは、こちらの会話も聞こえていないようで、ニコニコしながら、まだメニューを見ている。

 仕方がないので、源氏物語の近くに行ってみると、メニューを見たまま、彼女は言った。

「別に気を使わずともよい。
 私はつい最近まで生きていたから、このような文字も読める」

「えっ?
 平安時代からですかっ?」

「莫迦か、お前は。
 つい最近まで普通にその辺で生きていたのだ。

 だが、死んでから、前世を幾つか思い出して。

 そういえば、こういう格好でも生きていたな、と思っていたら、こうなったのだ」

 なんだ、メニューに目を近づけて見ていたのは、ただの現代の近眼か。

 っていうか、死んでも近眼なのか? と思ったが。

 単に生きていたときの癖が出たのかもしれない。

「ところで、この格好になったせいか。

 頭の中が平安寄りになっていて。

 ここにあるのではないようなメニューが食べたいのよ」

「ははあ。
 平安時代みたいな、味のない料理、てんこ盛りみたいなのですか?」

 莫迦め、とメニューを置いた源氏物語は、コツコツとテーブルを指で叩く。

 なるほど、こういう仕草だけ見ていると、現代人っぽいな、と思った。

 そういえば、顔も、平安美人風な引き目鉤鼻かぎばなではなく。

 今風のぱっちり目の可愛い顔だった。

「今更、そんなもの食べたいわけないであろう。
 なにかはわからぬが、華やかなものが食べたいのだ」

「は……華やかなものですか」

 ざっくり過ぎてわからない、と思ったとき、顔を上げて、彼女はこちらを見た。

「なんでも良い。
 お前に任す。

 我らには時間は幾らでもあるからな。

 ゆっくり考えよ」

 ええええ~っ、と思いながら、左右の男たちを見たが、二人とも視線をそらしてしまう。

 ああっ、ひどいっ、と訴えてみたが、

「女性の思う華やかなものなら、お前の方が考えつくんじゃないか」
とエンはあげはに丸投げしてきた。



「なにがいいですかね~?
 由緒ありそうな華やかなもの」

 次の日。
 地下倉庫である職場で、雑誌を広げ、あげはは、うんうん唸っていた。

「……由緒ありそうななんて言ってたか?」

 デスクの向こうから、顔を上げ、奪が訊いてくる。

「いえ、なにかこう、由緒ありそうな人だったので」

 いろいろ迷ったあげはは、もう一度、話を訊いてみよう、と思い、夜、まだ大食堂にはなっていない、食堂を訪ねてみた。

 すると、また座席が増えていた。

 厳しい顔をした、若い将校さんみたいな人が難しい顔でメニューを眺めている。

「あ、あの方も前世を思い出した人なんでしょうか」

「いや、軍人さんなら、つい最近まで生きててもおかしくないだろ」

 お前の中では、平安時代も戦時中も一緒か、と言われる。

 教科書に載っている、という点で一緒ですが、と思いながら、あげははエンに押され、メニューを伺いに行く。

「い、いらっしゃいませ」




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