上 下
35 / 40
大食堂フロア

依頼内容が増えました

しおりを挟む
 
「源氏物語はなにを頼む気なんですかね?」

「そもそも、メニュー表は読めるのか?
 今あるメニューはあの老人が思い浮かべた現代のものなんだろう?」
と奪が言ったとき、

「俺が書こうか。
 あの人が読めるように」
とエンが言う。

 なんかサラサラと書きそうだな、とあげははエンを振り返る。

「意外に多才だよな。
 だからコンシェルジュに選ばれたのか?」
と奪が訊いていた。

 ていうか誰に選ばれたんだ。
 この百貨店か――
とあげはが思ったとき、

「聞こえておるぞ」
と声がした。

 おじいさんより源氏物語の方が遠いのに、向こうから返事があったのだ。

 おじいさんは、こちらの会話も聞こえていないようで、ニコニコしながら、まだメニューを見ている。

 仕方がないので、源氏物語の近くに行ってみると、メニューを見たまま、彼女は言った。

「別に気を使わずともよい。
 私はつい最近まで生きていたから、このような文字も読める」

「えっ?
 平安時代からですかっ?」

「莫迦か、お前は。
 つい最近まで普通にその辺で生きていたのだ。

 だが、死んでから、前世を幾つか思い出して。

 そういえば、こういう格好でも生きていたな、と思っていたら、こうなったのだ」

 なんだ、メニューに目を近づけて見ていたのは、ただの現代の近眼か。

 っていうか、死んでも近眼なのか? と思ったが。

 単に生きていたときの癖が出たのかもしれない。

「ところで、この格好になったせいか。

 頭の中が平安寄りになっていて。

 ここにあるのではないようなメニューが食べたいのよ」

「ははあ。
 平安時代みたいな、味のない料理、てんこ盛りみたいなのですか?」

 莫迦め、とメニューを置いた源氏物語は、コツコツとテーブルを指で叩く。

 なるほど、こういう仕草だけ見ていると、現代人っぽいな、と思った。

 そういえば、顔も、平安美人風な引き目鉤鼻かぎばなではなく。

 今風のぱっちり目の可愛い顔だった。

「今更、そんなもの食べたいわけないであろう。
 なにかはわからぬが、華やかなものが食べたいのだ」

「は……華やかなものですか」

 ざっくり過ぎてわからない、と思ったとき、顔を上げて、彼女はこちらを見た。

「なんでも良い。
 お前に任す。

 我らには時間は幾らでもあるからな。

 ゆっくり考えよ」

 ええええ~っ、と思いながら、左右の男たちを見たが、二人とも視線をそらしてしまう。

 ああっ、ひどいっ、と訴えてみたが、

「女性の思う華やかなものなら、お前の方が考えつくんじゃないか」
とエンはあげはに丸投げしてきた。



「なにがいいですかね~?
 由緒ありそうな華やかなもの」

 次の日。
 地下倉庫である職場で、雑誌を広げ、あげはは、うんうん唸っていた。

「……由緒ありそうななんて言ってたか?」

 デスクの向こうから、顔を上げ、奪が訊いてくる。

「いえ、なにかこう、由緒ありそうな人だったので」

 いろいろ迷ったあげはは、もう一度、話を訊いてみよう、と思い、夜、まだ大食堂にはなっていない、食堂を訪ねてみた。

 すると、また座席が増えていた。

 厳しい顔をした、若い将校さんみたいな人が難しい顔でメニューを眺めている。

「あ、あの方も前世を思い出した人なんでしょうか」

「いや、軍人さんなら、つい最近まで生きててもおかしくないだろ」

 お前の中では、平安時代も戦時中も一緒か、と言われる。

 教科書に載っている、という点で一緒ですが、と思いながら、あげははエンに押され、メニューを伺いに行く。

「い、いらっしゃいませ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

濃厚接触、したい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
とうとう我が社でもテレワークがはじまったのはいいんだけど。 いつも無表情、きっと表情筋を前世に忘れてきた課長が。 課長がー!! このギャップ萌え、どうしてくれよう……? ****** 2020/04/30 公開 ****** 表紙画像 Photo by Henry & Co. on Unsplash

社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。 彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。 別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。 それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。 そんな中、迎えた慰安旅行で……。 『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...