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化粧品フロア

よし、お前、行ってこい

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「来たな」
とエンが言う。

「まあとりあえず、お前が行って話してこい。
 女同士、通じるものがあるだろう」
とあげはを彼女のもとに押し出した。

 えーと、緊張するな、と思いながら、あげはは、おずおずと近づいていった。

 彼女はまだ小首を傾げながら、いろんな香水の香りを嗅いでみている。

 その中には、エンが買い揃えたものもあるようだった。

 彼女は振り返らずに言う。

「あの香水に出会えないのは、私の心が未練がましいからかしら」

「未練?」

「昔好きだった人がくれたものなの。
 もうそんな過去は追うなと言うことなのね、きっと」

「いいえ、違うと思います」
とあげはが言うと、彼女は振り向く。

「あなたが欲しい香りはこれではないですか」

 あげはは迷い、あの蒸留したヘリオトロープウォーターをとりあえず出してみた

 一応、可愛い容れ物にでも入れてみようと思い、百均で小瓶を買ってきて入れていた。

 その小瓶の蓋を開け、彼女の前に差し出す。

「あっ」
と一瞬、彼女の顔が輝いたが、すぐにその輝きはしぼんでしまう。

 匂いが薄すぎるからだろう。

「……やっぱり、あれは幻の香りなんだわ。
 あの人もきっと幻の人」

 そう呟くように彼女は言う。

「これではどうですか?」

 あげはは、後ろに隠していたコモンヘリオトロープの鉢植えを出す。

「あっ、これが一番近いわ」

「……蒸留した意味とは」
と後ろで奪が呟いていた。

「普通のヘリオトロープとは違う、匂いの強いものです。
 香水を作るときに昔、使われていたみたいで。

 あなたが求めている香りは、たぶん、天然のヘリオトープからとった香水の香りなんです。

 幻のような思い出だから、その香りに出会えないんじゃないくて、リアル少ないんです、天然のヘリオトロープの香水って。

 花から匂いを抽出するのが難しいみたいで。

 今回は蒸留してみたんですけど。
 全然でしたし。

 手間暇かかる抽出方法でも、あまり採れないみたいで」

 当時、ヘリオトロープの香水は確かに流行っていたが。

 それはすべて人工的に作られた香りだった。

 合成の香料で作れるようになって初めて、多くの人の手に入るようになり、爆発的に流行ったのだ。

 彼女は鉢の花の香りを嗅ぎ、

「ありがとう……。
 なんだか思い出せたわ、あの人のこと」
と花のように微笑んだ。

「もういない人だけど。
 あのときの思い出だけはきらめいているわ」

「そうですか、よかったです」

「私、もう死んでいるのよね。
 今度生まれ変わったら、私、今度こそ、幸せになるわ」

「ああ、そのヘリオトロープの香水の方と――」

「あの人はもうごめんよ」

 素敵な笑顔で彼女は言った。

 ――!?

 エンの表情は変わらなかったが、あげはと奪は驚愕した。



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