4 / 40
化粧品フロア
少々お待ちいただければ、望みのものをご用意いたします
しおりを挟む一階フロアに灯りは灯ったが、香水コーナーだけ色鮮やかで、あとの化粧品売り場や扇子などが売ってある場所はぼんやりとして見えた。
ほんとうに、その人が必要としているものだけがこの百貨店に現れるようだ。
おさげ髪の娘は白い幅広の帽子を手に、楽しそうに香水売り場を眺めている。
遠巻きにそれを見ながら、あげはは言った。
「入ってすぐの、化粧品や香水のフロアが一階にあるのって、百貨店自体が華やいで見えていいですよね」
「実際、そのために一階にあるらしいぞ」
エンはそう答えたあとで、彼女に近づく。
「なにか良い品はございましたか?」
「昔憧れていた物がたくさんあるわ。
……でも、求めている香りは見つからないの」
「少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?
その間にお客さまがお求めになっている品に近いものを取り揃えておきますので」
「ええ、いいわ。
でも―― またここに来られるかしら」
不安そうに娘はクラシカルなランプで飾られた店内を見回す。
「でしたら、当百貨店でお待ちください。
他のフロアなども、お客さまが望まれるのでしたら、ご覧になれますので。
休憩室も二階にございます。
どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとう」
と微笑んだ彼女にエンがちょっとだけ近づいた。
軽く頷いたあと、すぐに離れる。
「どうぞ、ごゆるりと――」
彼女が進む先は、エンが歩き出したときのように、色鮮やかに変わっていった。
ぼんやり見えていたものがクリアになるというか。
まるで、眠っていた百貨店が動き出したかのようだった。
今どき見ないような、装飾の施されたエレベーターが現れ、上の階に向かい、彼女を運んでいく。
「あの人の後を追っていきたいですっ」
思わず、あげはは、そう言っていた。
きっと、彼女の記憶に残っている、レトロで優雅な、めくるめく百貨店フロアが広がっていることだろう。
「いやいや。
お前は俺を手伝え。
紅茶おごってやっただろ」
――いや、紅茶一杯でそこまでっ?
「さっき彼女から微かに漂っている香りを嗅いだんだ」
ああ、彼女が歩き出す前に近づいたとき、とあげはは思い出す。
「彼女の香りの記憶も薄らいでいるようだから、確信は持てないが。
確かにヘリオトロープの香りがしたな」
エンは彼女の服装や言動などから、彼女が求めているものがあった時代を察し、そのとき流行していた香水の名を言ってみただけではなく。
彼女に残るわずかな香りの記憶も嗅いでいたようだ。
――私には全然匂わなかったな。
そんなに鼻がきくのに。
なんで、あんなにいい香りのする紅茶の匂いがわからないんだろう?
あげはは、改めて疑問に思う。
11
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
濃厚接触、したい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
とうとう我が社でもテレワークがはじまったのはいいんだけど。
いつも無表情、きっと表情筋を前世に忘れてきた課長が。
課長がー!!
このギャップ萌え、どうしてくれよう……?
******
2020/04/30 公開
******
表紙画像 Photo by Henry & Co. on Unsplash
社内恋愛~○と□~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。
彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。
別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。
それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。
そんな中、迎えた慰安旅行で……。
『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる