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化粧品フロア

少々お待ちいただければ、望みのものをご用意いたします

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 一階フロアに灯りは灯ったが、香水コーナーだけ色鮮やかで、あとの化粧品売り場や扇子などが売ってある場所はぼんやりとして見えた。

 ほんとうに、その人が必要としているものだけがこの百貨店に現れるようだ。

 おさげ髪の娘は白い幅広の帽子を手に、楽しそうに香水売り場を眺めている。

 遠巻きにそれを見ながら、あげはは言った。

「入ってすぐの、化粧品や香水のフロアが一階にあるのって、百貨店自体が華やいで見えていいですよね」

「実際、そのために一階にあるらしいぞ」

 エンはそう答えたあとで、彼女に近づく。

「なにか良い品はございましたか?」

「昔憧れていた物がたくさんあるわ。
 ……でも、求めている香りは見つからないの」

「少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?
 その間にお客さまがお求めになっている品に近いものを取り揃えておきますので」

「ええ、いいわ。
 でも―― またここに来られるかしら」

 不安そうに娘はクラシカルなランプで飾られた店内を見回す。

「でしたら、当百貨店でお待ちください。
 他のフロアなども、お客さまが望まれるのでしたら、ご覧になれますので。

 休憩室も二階にございます。
 どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとう」
と微笑んだ彼女にエンがちょっとだけ近づいた。

 軽く頷いたあと、すぐに離れる。

「どうぞ、ごゆるりと――」

 彼女が進む先は、エンが歩き出したときのように、色鮮やかに変わっていった。

 ぼんやり見えていたものがクリアになるというか。

 まるで、眠っていた百貨店が動き出したかのようだった。

 今どき見ないような、装飾の施されたエレベーターが現れ、上の階に向かい、彼女を運んでいく。

「あの人の後を追っていきたいですっ」

 思わず、あげはは、そう言っていた。

 きっと、彼女の記憶に残っている、レトロで優雅な、めくるめく百貨店フロアが広がっていることだろう。

「いやいや。
 お前は俺を手伝え。

 紅茶おごってやっただろ」

 ――いや、紅茶一杯でそこまでっ?

「さっき彼女から微かに漂っている香りを嗅いだんだ」

 ああ、彼女が歩き出す前に近づいたとき、とあげはは思い出す。

「彼女の香りの記憶も薄らいでいるようだから、確信は持てないが。
 確かにヘリオトロープの香りがしたな」

 エンは彼女の服装や言動などから、彼女が求めているものがあった時代を察し、そのとき流行していた香水の名を言ってみただけではなく。

 彼女に残るわずかな香りの記憶も嗅いでいたようだ。

 ――私には全然匂わなかったな。

 そんなに鼻がきくのに。

 なんで、あんなにいい香りのする紅茶の匂いがわからないんだろう?

 あげはは、改めて疑問に思う。


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