上 下
86 / 114
いつもより多めに懐いています

……成瀬社長となにかあったのだろうか

しおりを挟む
 


 おや? なんの騒ぎだろう。

 その日の昼過ぎ、中原は会社のロビーにある小さなラウンジの近くで、足を止めた。

 見ると、輪の中心に居るのは、のどかだった。

 花束や紙袋をたくさん抱えている。

 今日が最後だったのか。
 なにも用意してなかったな、と思ったが。

 ……まあ、たぶん、こいつとはまた会うよな、と思って、ちょっとホッとする。

「のどか。
 行くよ、古民家カフェ」
という風子の声が聞こえてきた。

 ……雑草カフェだろ。

「開店したら、ぜひ教えてくださいっ、のどかさんっ」
と女子社員に人気の可愛い系、男性新入社員も言っていた。

 お前は来なくていい……。

 みんな、のどかと話したあと、自分の部署に戻っていった。

 花束を手にしたのどかが、こちらに気づいて、あ、という顔をする。

「中原さん」
と近づいてきたので、

「なにも祝いはないぞ」
と言うと、

「そんなの期待してませんよ」
とのどかは笑う。

「俺が気が利かない男だと言うのか」

「いや、そうじゃないですよ……。
 なんで、そうひねくれてるんです」

 社外で会うようになってから、言いたい放題言うようになったな、こいつも、と思って、のどかを見たが、のどかは、

「だって、中原さんには、どうせすぐ会うでしょ?」
と笑って言ってくる。

 ちょっと嬉しかった気がするが、まあ、気のせいだろう。

「そういえば、ついにお店の営業許可が下りてしまったんですよね~」
とのどかが溜息をつくので、

「……下りちゃいけなかったのか」
と言うと、

 いえいえ、そうではなくてですね、とのどかは苦笑いしたあとで、

「いよいよだなー、と思って緊張したり。
 まだなんにも準備が終わってないなーと思って焦ったりなんですよ」
と言う。

 あ、そうだ、とのどかは紙袋の中をゴソゴソやったあとで、
「これ、あまったので、おひとつどうぞ」
となにが入っているのか、みんなに配ったらしい小さな可愛らしい紙袋をくれる。

「中原さんとか綾太とかは、これでお別れというわけでもないので、特に配りには行かなかったんですけど」

 その紙袋にはのどかの店のショップカードがついていた。

「カードできたのか。
 お前が作ったんじゃないだろう。

 センスがいい」
と言いながら、中原はシンプルなデザインのそのカードを袋から外して見る。

「いや~、でもそれ、まだ、こんな雰囲気でっていうのを作ってみただけなので。

 配ったの、親しい人にだけなんですけどね。

 まだ他にもなにか載せないといけないことがある気がして」
とのどかは言うが、

「いや、あまりごちゃごちゃしてない方が見やすくていい」
と中原は言った。

「そうですか。
 じゃあ、そのままにしようかなー」
とのどかは、あっさり自分の案を採用してくれる。

「あ、それと、ポイントカードも作ろうかなーと思ってるんですけどね」
「ポイントカード?」

「そう。
 ほら、よくある、スタンプがたまると、なにかが起こるカードです」

 あのあばら屋敷で、なにがっ? と思いなから、中原は言った。

「普通、割引券とかになるんだろ……」

 あ、そうでしたね、と笑ったあとで、のどかは、

「そうだ。
 これから仕事の合間に、社長と北村さんがうちのサイト作ってくれるんでした。

 そろそろ差し入れ持っていかないと。

 中原さん。
 いろいろお世話になりました。

 じゃあ、また」
と深々お辞儀をしてきた。

 ああ、と中原は小さく言った。

 のどかは笑顔で去っていく。

 これでもう社内でこいつの姿を見ることはないのか。

 会社に居る間に、もうちょっと……

 いやいや。

 のどかは渡り廊下のところで、他の部署のおじさんと出会って、また話し込んでいる。

 その後ろ姿を見ながら、

 気のせいか、ちょっと色気が出てきたような、と中原は思っていた。

 まあ、俺の家の几帳面に掃除された部屋の片隅に、そういえば、あるかなーくらいのチリほどのものだが。

 ……成瀬社長となにかあったのだろうか。

 まあ、夫婦なのに、今までなにもなかったのが、おかしかったわけだからな、と思ったあとで、のどかに背を向ける。

 まあ、これで社内も静かになるな、とのどかとおじさんの笑い声を聞きながら、中原は思っていた。

 去り行く胡桃沢を物陰から、ずっと見ている社長がちょっと怖いが……。

 綾太は仕事もせず、曲がり角のところに立って、ずっとのどかを見ている。

 そこを通る社員たちは、声をかけても悪いと思ってか、みんな見て見ぬフリをして通り過ぎていた。

 ……気の利く社員たちだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

今日から、契約家族はじめます

浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。 大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。 悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに! しかも男には子供が四人いた。 長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。 ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?

処理中です...