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いっしょに住めと言われました……
こういうのは勢いが大事だ
しおりを挟むその日の夕方、貴弘が訪ねてきた。
「晩飯は食べたか?」
「いえ、まだ」
という会話をしたあと、机を挟んで座ったまま、二人は沈黙した。
のどかは迷っていた。
工事中の住まいの話を切り出すことを。
貴弘は飯塚に、自分と同じ話をされているのではないかと思うのだが、なんとなく言えない。
冷たいお茶を出したまま、沈黙していると、何故か、貴弘も沈黙して前に座っている。
……飯塚さんに私を住まわせろと言われて困っているのだろうかな。
まあ、仮の妻だもんな。
一からちゃんと付き合ってみようとか恐れ多いことを言われたけど。
まだ、お試しで付き合い始めな感じなのに、一緒に住むとかおかしいし。
第一、恥ずかしいしな、と思ったとき、いきなり玄関が開いた。
「のどか、居るかー?」
と八神の声がする。
ホッとして、
「はい、どうぞ」
と言い終わる前に、八神は、ドカドカ入ってきて、貴弘に気づき、
「なんだ、成瀬も居たのか」
と言う。
「いや、今、社長の靴ありましたよね……」
と言ったのだが、
「呪いの靴かと思った」
と言う。
全然違う靴ですよね。
貴方の観察眼はどうなってるんですか、刑事さん……。
この街、実は未解決事件が多かったりしないのだろうか、とのどかが思っていると、八神は立ったまま、こちらを見下ろし、
「どうしたんだ、向かい合って、気まずげに沈黙して。
見合いみたいだな」
とまた深く考えないで発言してくる。
「さっき、連絡くれた工事期間の住まいの話だが、二、三週間なんだろ?
俺は署に泊まったり、誰かの家に泊めてもらったりするから、大丈夫だ。
のどかは成瀬のところに泊まるんだろ?
じゃあ、万事解決だな」
と八神は言う。
いや……、なにも万事解決ではありませんよ、
と思っている間に、よかったよかった、とマイペースな八神は言って、さっさと帰ってしまった。
ガラガラと玄関が閉まる音を聞きながら、そちらを見ていると、
「……のどか」
と貴弘が呼びかけてくる。
はっ、はいっ、とのどかは少し緊張して振り向いた。
「荷物まとめろ」
「は?」
「しばらくうちに住むんだろ?」
「えっ、でも……」
とのどかは、ためらったが、
「うちのマンション、使ってない部屋、いくつかあるから大丈夫だ」
と貴弘は言う。
なんだろうな。
それはそれで、はっ倒したくなるんですが、庶民としては、と思っている間に貴弘は立ち上がり、のどかを急かしてくる。
「すぐに用意しろ。
今から行こう」
「えっ? 今からですか?」
「こういうのは勢いが大事だ」
と何故か切羽詰まったような顔で貴弘は言う。
こういうのはって、どういうのだ、と思いながらも、確かに勢いがなければ実行できない気がして、のどかもまた立ち上がった。
幸い、まだ引越しの荷物はあまり解いていないので、持っていくものもすぐに選別できそうだ。
……てことは、この、開けなかったダンボールの数々は、実はいらないものなのでは、と思ったとき、いつの間にか後ろに立っていた泰親が言った。
「私は?」
えっ? と二人は振り向く。
「お前たちが居なくなったら、私はどうなるんだ」
「そ、そうですよね。
どうしましょう」
と慌てるのどかの後ろから、
「待て」
と貴弘が言ってきた。
「お前、もともと此処でひとりで呪いの部屋を見張ってたんだろうが」
「そうなんだが。
のどかが越して来て、わーっと人が増えて楽しくやっていたのに、いきなり、みんな居なくなったら寂しいじゃないか」
と泰親は言い出す。
「……業者の人がたくさん来るだろ」
と貴弘は言ったが、泰親は沈黙している。
次の瞬間、泰親の姿はかき消え、ふさふさの毛の仔猫が現れた。
淡いブルーとグレーの中間色のまん丸の瞳で、仔猫がのどかを見上げている。
ふるふる震えるような潤んだ瞳。
見つめられたのどかはぎゅっと泰親を抱きしめていた。
「駄目ですっ。
泰親さんひとりを置いてくなんて、できませんっ」
「……お前、完全に術中にはまってるな」
と冷静に貴弘が言う。
「いや、連れてってもいいんだが。
その間、此処の呪いはいいのか」
と言う貴弘に、元に戻った泰親は、ひゃっとのどかに手を離されながら言ってきた。
「大丈夫だろう。
呪いの部屋に靴を置いておけば。
勝手に履いて帰るだろ」
いや、靴だけの問題じゃない気がするんですが……、
とのどかは思っていたが、少しホッとしてもいた。
貴弘とふたりきりで、マンションで暮らすとか、緊張しそうな気がしていたからだ。
あ、もしかして、それで一緒に付いてきてくれるのかな?
と思ったが、泰親は、
「いやあ、どんな風なのだろうな、貴弘の部屋。
マンションとか初めてだ」
と浮かれている。
……単に行きたかっただけなのか?
まあ、ずっとこの家に、だか、この場所に、だかわからないが。
憑いていたのだろうからな、
と思いながら、貴弘と話す泰親を見ていた。
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