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呪いの(?)雛人形
優秀すぎる探偵
しおりを挟む「これから地上げ屋による脅しがはじまるところだった。
ところが、その前に、此処は雛人形の呪いがかかった土地だという噂が広まってしまった。
マンションの売れ行きは悪くなるかもしれないな」
「人形の呪いがかかった土地とかって、ちょっと怖いですもんね」
ヒトガタのモノの怪談が一番怖い気がする、と思いながら、乃ノ子は言った。
「娘さんの居るお宅は引っ越してこないかもしれませんね。
雛人形が片付けられなくて、マンションに住んでいる娘さん全員が行き遅れかけるとかなるかもしれないし」
そんな莫迦な……とイチが苦笑いする。
「ともかく、このままこの話が立ち消えたら、町の人たちは何も知らないまま、すべて解決するってことか」
「まるで、優秀すぎてドラマにならない探偵みたいですね」
そう乃ノ子は言った。
探偵があまり優秀すぎると困る。
事件が起こる前に止めてしまったり、起こってすぐ犯人がわかってしまったりしたら、二時間サスペンスも、ミステリー小説も成り立たないからだ。
「何度か偵察に来た地上げ屋の人たちはまさか雛人形が話を聞いているとは思わないから。
店の人がいない隙に雛人形たちの前で高層マンションの話をしてたのかもしれませんね」
大事にされたモノには命が宿る。
そしてその命は、今のその環境と自分たちを大事にしてくれた人たちを守ろうとするのだろう。
「雛人形たちは自分たちが処分されるかもしれないのに、住民たちが地上げ屋に脅かされないよう先手を打ったわけか」
「愛情深いですね。
じゃあ、住民の方には申し訳ないですが、しばらく呪われててもらいましょうか」
呪われててもらうってなんだ……と言ったあとで、イチは言う。
「だがまあ、そうだな。
会長にはとりあえず、真実をそのまま報告しとくよ。
呪いは解けないわけだから、報酬はもらえないかもしれないが」
イチさんって、なんだかんだで人がいいよな、と乃ノ子は思った。
でも、報酬って、いつもあんまりもらってなさそうなんだけど。
どうやって暮らしてるのかな?
浮気調査とかはしそうにないし。
第一、人の色恋沙汰に変に首突っ込んだりしたら。
奥さんがイチさんの方がいいとか言い出して、かえってややこしくなりそうだ。
……口は悪いけど、ビックリするくらいのイケメンだからな。
じゃあ、やっぱ、猫探しとかで儲けてるのかな?
でも、それだけで?
ああ、そういえば、実家、すごい豪邸だったな、と気づいた乃ノ子は思わず言っていた。
「……『すねこすりのイチ』改め、『すねかじりのイチ』にしてみたらどうでしょう」
「待て。
すねかじってないし。
そもそも、俺が名乗ってるんじゃないからな、『すねこすりのイチ』」
と怒られる。
ですよね~。
あの~、『すねこすりのイチ』って呼び名が可愛いから嫉妬して言ってみたわけではありませんよ、
と『暗黒の乃ノ子』で『鮮血の乃ノ子』で、『セグロの乃ノ子』は思いながら、ははは、と笑って誤魔化した。
「まあ、『雛人形の呪い』は広めないといけないが。
だがそれが永久に残ってもらっても困るな。
悪い噂が流れるのは、地上げ屋があそこに目をつけてる間だけでいいんだからな」
どうするかな、とイチは言う。
「ジュンペイさんにラジオとかで話してもらったらどうですか?」
「まあ、ネットにあげるよりはマシかな。
だがそれも、誰かがネットに書いたりしたら、結局残ってしまうが……」
「でも、どうやっても残っちゃいますよ」
そう乃ノ子が言うと、そうだな、とイチは言う。
「例えば俺が突然消えても。
突然、誰にも見えなくなっても。
都市伝説アプリや、あのアプリで有名になった話が残っていくように――」
なんでそういきなり、そんなどきりとするような話をはじめるんですか、と思いながら、乃ノ子は、
「自分の生きた証を残すために始めたんですか? 都市伝説アプリ」
としんみり訊いてみた。
だが、
「お前は莫迦か」
とイチに一蹴される。
「何処の世界に、自分の生きた証を残すために都市伝説を集める奴が居る」
「だって、それは永遠に残っていくものだから――」
都市伝説はなくならない。
いつの時代も、人が心惹かれるものだから。
それはきっと、人は、見えずとも、人知及ばぬなにかが、すぐそこの闇に潜んでいることを知っているから。
「俺が今生で、金にもならないのに都市伝説を集めているのは」
――シズが楽しそうだったからだ。
イチはそう言った。
「え?」
「前の時代で、都市伝説を怪しいカルト雑誌に売る仕事をしていた俺を手伝ってるとき、シズが楽しそうだったからだ」
でも、そうだな、と気づいたようにイチは言う。
「都市伝説はなくならなくても。
都市伝説アプリはなくなるかもな。
俺が消えたら、さっさと消しそうだからな、ジュンペイ」
「都市伝説アプリを管理してるの、ジュンペイさんなんですか?」
「あいつのアプリとかチャットボット作ってるのも本人だぞ。
あいつ、ああいいうの作るの趣味なんだ」
そうだ。
そういえば、もともとジュンペイさんのアプリから飛んだんだもんな、都市伝説アプリ。
あっちのアプリに仕掛けがしてあったに違いない。
でもそうか。
そこは霊現象とかじゃなくて、デジタルなんだ……と意外に思う乃ノ子は、今の話のなにかが引っ掛かっていた。
風呂上がり、ベッドに腰掛けた乃ノ子は、可愛いキツネのゲームを開けてみる。
最近忙しくて忘れていたのだ。
ああ、ログインボーナスが……と思いながら、画面を見た。
キツネの部屋がちょっと汚れている。
お掃除コマンドを使っていなかったからだ。
ヤバイ。
お掃除しようっ、と母親に、
「いやまず、現実の部屋を掃除してっ」
と言われそうなことを思ったとき、とことこ可愛らしく現れた子ギツネが挨拶してきた。
「こんばんは、ののこちゃん」
うう。長らくログインしなくてごめんね、と心の中で謝った乃ノ子に、子ギツネが愛くるしい笑顔で訊いてきた。
「ののこちゃん
新しい復活の呪文は見つかった?」
――えっ?
暗い夜の街に彩也子が立っていた。
いつもの弁当屋のガードレールの前ではなく、裏の細い路地のところだ。
店の明かりが落ち、僅かに届く街灯の光だけに照らし出されたそこに、今は、なにもない。
ふ……
ふっかつの
……
ふっかつのじゅもんが
ちがいます――。
『呪いの(?)雛人形』完
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