上 下
10 / 13
あやしい人に会いました

事件を引き寄せますよね

しおりを挟む
 

 観光に来たということは、この方は津和野の方ではない?

 じゃあ、事件と関係ないじゃないかとなんの事件なんだか知らないが思う。

 この、その辺りから赤い手毬でも転がってきそうな千本鳥居とかすごく似合いそうな人なのに……。

 いやいやいや。
 待て待て待て。

 もしかしたら、津和野の名家の息子で、よそで育てられ、今、津和野に引き取られてきたばかりなのかもしれない。

 夏巳はそんな妄想にはまっていたが、彼は、にこやかに微笑み言ってきた。

「私、山口市で呉服屋をやっております、水戸みとと申します」

 全ハズシかっ。

 津和野の人でもなければ、今、引き取られて観光に来たわけでもなかったようだ。

 だが、桂は何故か、

「ほう。
 山口市で呉服屋ですか」
と興味を示す。

 確かに、水戸さんのこの落ち着き、大店おおだなの若旦那っぽいが。

 先生、今度は山口市で事件を起こす気ですか、と夏巳は思う。

 いや、桂が起こしているわけではないのだが、桂の妄想が現実の事件を引き寄せている気がしていた。

 掘り返さなくてもいいものを掘り返しているというか。

 今までの事件もしょぼそうに見えて、よく考えたら、結構な大事件では?
と夏巳は気づいた。

 傷害に強盗に、浮気に殺人未遂。

 いや、浮気は個人的な大事件だが……。

 でも、今回もまた大事件に発展するかも。

 なんせ、『死、ハート』もあるもんな、と夏巳は身構える。

 小京都、山口の呉服屋は微笑み、
「いや、お二人とも和装も似合いそうですよね。
 今度ぜひ、遊びにいらしてください」
と名刺と呉服屋のチラシを差し出してきた。

 ……ただの宣伝だったのか? と拍子抜けした夏巳の前で、桂も水戸に名刺を渡していた。

 すると、水戸は、
「へえ、探偵さん……」
と意味深に笑う。

 美しい顔なので、妙な凄みがあった。

 その後ろで風に揺れる千本鳥居の周りの木々。

 やはり、この男、なにかが……っ!
と思ったとき、水戸が言った。

「うち、インバネスコートもいいの扱ってますよ」

 シャーロック・ホームズや金田一も着ている、レトロで格好いいあれだ。

「ほう」
とまた桂が興味を示した。

 水戸は巾着からスマホを取り出し、店のホームページに載っているインバネスコートを見せていた。

 ほうほう、と桂は真剣に吟味している。

「では、山口においでの際は、ぜひ、お立ち寄りください」

 『おいでませ山口へ』という山口県のキャッチフレーズ(?)をなんとなく思い出している間に水戸は千本鳥居の方に去っていった。

 やはり、ただの宣伝だったのか?
と思ったが、桂は晴れやかな表情で、

「よし、なんか満足したから駅の方に行ってみよう。
 SLが居るかもしれん」
と言い出す。

 ええっ?
 まだ、なにも起きてませんけどっ?

 なにに満足したんですかっ?

 津和野の雰囲気ある名所で、なんかあやしい感じの人にあったことっ?

 和装にも洋装にも似合いそうな素敵なインバネスコートを見つけたことっ?

 萩でそんなもの着て歩いたら、浮きますよっ、祭りのとき以外っ、
と思う夏巳の方が桂に毒されていた。

 夏巳の意識は、まだ白壁の塀の中にある陰惨な雰囲気の屋敷の中にあったからだ。

 だが、桂の頭はすでに切り替わってしまっているようで、

「お前も煙だけじゃなくて、本体も見たいだろ?」
と言ってくる。

「いやいやいやっ。
 あれは撮った瞬間、SLが消えてただけで、本体も居たんですってばっ」
と言いながら、夏巳は桂について階段を下り、駐車場に戻った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憑代の柩

菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」  教会での爆破事件に巻き込まれ。  目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。 「何もかもお前のせいだ」  そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。  周りは怪しい人間と霊ばかり――。  ホラー&ミステリー

先生、それ、事件じゃありません2

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。 2話目。

仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ
ミステリー
「雨でもないのに、傘を差した男がタクシーに乗ってくるんです……」  ※すみません(^^;   ラストシーンで名前間違えてました。

ここは猫町3番地の5 ~不穏な習い事~

菱沼あゆ
ミステリー
「雨宮……。  俺は静かに本を読みたいんだっ。  此処は職場かっ?  なんで、来るたび、お前の推理を聞かされるっ?」 監察医と黙ってれば美人な店主の謎解きカフェ。 5話目です。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

処理中です...