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第三章 のっぺらぼう
予感
しおりを挟むからくり扉の外で、少し調子っぱずれな上草履の音がした。
桂だ。
桧山からきつく言われているので、彼女は滅多に此処を訪れないのに、と咲夜は不審に思う。
「咲夜姉さん」
そう呼びかけてきた彼女に、内側から扉を回転させて開けて、咲夜は外に出る。
「はい、お土産だんすー」
奇麗な季節の菓子がその手にあった。
包みも意匠を凝らしてある。
上品なそれを見ながら、桂ではなく、桧山が選んだかな、と咲夜は思った。
「ありがとう」
と礼を言うと、桂は声をひそめ、
「花見に行ってきたんだんすけど、大変だったんだんすよ」
と騒動の一部始終を語ってきた。
「調子に乗ってるのはあの女の方だんす。
最近、何処ぞの有力な大名があの女を贔屓にしてるらしくて。
今とばかりに桧山姉さんを責め立てるんだんすからっ」
桧山贔屓の桂が熱くなったとき、ゆっくりと左衛門が歩いてくるのが見えた。
慌てて桂は頭を下げ、その場を後にする。
左衛門は手にある菓子を見て、
「お前も花見に行きたかったろうに、すまないね」
と優しい声をかけてくる。
その様子にわかった。
言われなくとも、思っていた。
そうしよう。
そうするべきだ、と。
恐らく、私はそのために、長い間、此処に飼われていたのだから。
「周五郎様に手紙を書きます。
届けるのに、長太郎を寄越してください」
自分から周五郎を呼ぶのは、今までにないことだった。
なのに、何故とも訊かずに、左衛門は、
「そうかい。
ありがとう」
と微笑んだ。
店の軒先を烏が飛んで、隆次は眩しげにそちらを振り返る。
そろそろ夕暮れどきだ。
吉原が本格的に花開く時間。
男が店の前に現れた。
ひょろりとしているが隙のないその男が、ひとりで此処へ来るのは珍しい。
「どうした。
咲夜は居ないぞ」
那津にかけたのと同じ言葉をかけた隆次だったが、相手が長太郎だったので、もう一言、付け加える。
「また逃げたのか?」
冗談めかして言ってみたが、長太郎はいつものように笑いもせず言ってくる。
「桜も終わるので、吉原に来い、と咲夜が言っている。
あの坊主も連れて」
うん? と思った。
長太郎はいつものように無表情だ。
だが、その目元が、唇の端が、僅かばかり強張っているように見えた。
なにか……厭な予感がする。
さっきの烏が群れになり、赤くなりはじめた空を吉原の方角に向かい飛んでいった。
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