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第三章 のっぺらぼう
周五郎
しおりを挟む「今日もいらっしゃったんですか」
珍しく日を置かずに周五郎がからくり部屋を訪ねてきたので、咲夜は思わず、そう言ってしまった。
「来ちゃ悪かった?」
いえいえ、とんでもない、と咲夜は笑ってみせる。
「お待ちしておりました」
と咲夜は手をつき、頭を下げたあとで、思わず、本音をもらしていた。
「暇なので」
言っておいて、それもまた失礼な話だ、と自分で思う。
左衛門に頼まれたからとはいえ、大金を払って自分を囲ってくれている人間に対して、暇なので来てくれて嬉しいなどと。
「……すみません」
悪戯をして反省する子どものように、咲夜がまた両手をついて頭を下げると、可笑しそうに周五郎は笑っていた。
なので、つい、咲夜も反省を忘れ、身を乗り出す。
「いや、暇だって言いましたけどね。
実は最近は、いろいろと面白いこともあるんですよ。
覗き女の話を聞いたり、のっぺらぼうの話を聞いたり」
話を聞いただけで、なにが面白かったんだいと言われそうだが。
ほとんどの時間を此処に閉じ込められている自分にとっては、人から外の話を聞くことが一番の楽しみだった。
「覗き女?」
咲夜は周五郎にざっくりと覗き女の説明をする。
「此処に素人の女性が紛れ込んで、ウロウロしてたらしいんです。
でも、そのあと続いて出た『覗き女』は霊みたいなんですけど」
「途中で霊になったの?
じゃあ、死んだんだね、その女」
「……周五郎さん、笑顔で恐ろしいこと言いますね」
こういう人が実は一番怖いのかもしれない、と咲夜は思った。
「そういえば、周五郎さんは、なんで、周五郎なんですか?」
「え」
「だって、長男なのに」
「ああ、五代目だから」
と周五郎は言う。
すごい大店でも、結構大雑把な名付け方なんだな。
店は五代前からか。
元吉原の時代からの上客なのかな?
それで、あんなにご隠居は大事に扱われていたのか、と咲夜は気がついた。
そのあとも周五郎はいつものようにニコニコと話を聞いてくれ。
いつものように満足したような顔で立ち上がった。
「ありがとう。
いい気分転換になったよ」
本当だろうかな、と咲夜は不安になる。
気分転換になってるのは私だけのような気がするんだが……。
お客様になにも満足してもらえない遊女、どうなんだろうな、と自分で思いながら、出ていく周五郎を見送った。
外には出られないので、部屋からだけだが。
「いつもすまないね」
咲夜の部屋を出た周五郎が、見送りに出てくれた長太郎に言葉をかけると、彼はいつものようにただ黙って頭を下げた。
妓楼の外に出、二人で桜並木を歩く。
赤い提灯の周りを散りはじめの桜が舞っていて奇麗だった。
「美しいところだね、此処は。
すべてが嘘だから美しいのだろうね」
ただ後ろをついてくるだけだった長太郎が珍しく口を開いた。
「吉原は嘘の町ですが、咲夜に嘘はありません」
そうだろうね、と言いながら、周五郎は振り返らずに夜空を見上げる。
江戸の町は暗いが、此処は明るい。
偽物の光の向こうに、本物の月がひっそりと見えた。
「でも、貴方には嘘があるーー」
「吉原だからね」
今日の長太郎は珍しく饒舌だった。
「咲夜は心配しています。
自分を囲っていることで、貴方のご家庭に問題が生じていないかと」
周五郎は笑い、答える。
「咲夜が居なくても、最初から生じているよ。
ただ、家と家とが結びつくための結婚だったからね。
私は咲夜をただ囲っているだけだが、女房は手代と浮気しているよ」
「それでいいんですか?」
「いいんだよ。
私なんかに添ってくれているだけでありがたい」
「本気でそう思ってるんですか」
「そうだね。
此処は吉原だからね」
そう言い、周五郎は笑った。
「でも、今のは本当だよ。
咲夜には何も心配いらないと伝えておくれ。
……それから、店のことも」
あそこに閉じ込められている咲夜が知っているのか知らないが。
このところ、店の経営が思わしくない。
新しい遣り方を取り入れた新興の店がどんどん売り上げを伸ばしているからだ。
もしも、店が傾けば、左衛門は平気で自分を切り捨て、咲夜を遊女として店に出してしまうことだろう。
「奇麗な桜だね。
でも、もう終わりだ」
そのとき、何故だろう。
此処でこれを見るのは、今年が最後のような気がしていたーー。
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